脳破壊済みの童貞が輝きを放つは戦場

 戦争法によって決められた期間はあっという間に過ぎた。

 宣戦布告からの一週間はイビルディア、ガザール双方が準備を整え、現状の己を最高の状態までそれぞれの方法で持っていく。

 帝国の軍勢が非戦闘地域の最北から、疾風の如く打って出た。

 彼らが見すえる先には、北の小国や途上国の人間達。

 へー、思ってるより栄えてるじゃん。は見下しきっているからこそ出る言葉。

「全ての人間が平等で公平なシャングリラを作りたい。」

「見よ、我らが思想は赤く燃えている。」

「貨幣制度があるから欲という概念が産まれた。それなら皆が原始時代の様に農業をすれば平和じゃん。」

 敵の敵は味方と言わんばかりに、ヤバイ思想に汚染された北の革命家達は頭を下げ、南の悪魔達に道を開ける。

 そんなプライドの欠片も無いことをするな。と口にしていいのは、誰でもよかった。と言いながら自分より明らかに強そうな存在に喧嘩を売った通り魔だけであろう。

 大抵の生物は自分より強い存在に対して、目を伏せ媚びへつらうのは当然。

 まぁ、今回に関しては敵の敵は味方理論が適用され、頼れはしないが後ろから攻撃もしてこないであろう間柄。

 そんなこんなは、物語にいらないのでとばされる。


 おお、ガッツリ出てきたな。という誰かの言葉に皆が頷く。

 へえ、結構エキストラ雇ったな。という馬鹿な発言には皆から黙れ。と一言

 防衛線の要たるメイショ平原だけあって、ガザールの人間はわりかし……いやかやり多い。

 どうせ、軍人……ましてや将校クラスは禄にいねーよ。という大将の言葉に、イビルディアの将校連中は、バイキングレストランに来たみたいだ。と大喜び。

 彼等程の階級になると雑兵の首級をどれだけあげようと報酬に関係ないためである。

 だからこそ、近い階級の人間とマッチングする事を望む。

 異性なら互いにハイレベルを求め、大抵の人間が現実を知り打ちのめされるが、同性だからこそ同レベル帯で……婚活と闘争は同列にするもでないな。

 とりあえず南の悪魔達が喉を震わし出す音に、祖国を守る衛兵達も咆哮で応えた。

 これより戦いが始まる。

 双方が栄えあるは一番槍……まぁ、乱世の戦いは素手限定なのだが言葉の綾。

 互いの陣営から先陣をきる誉れ高き部隊が前へ。

「さぁ戦果を持って帰ろうか。我らが受けた悪意をヤツらに見せてやるぞ。」

「「「男は殺す!女は犯す!!!子供は奴隷!我らは乱世の被害者也。」」」

 先陣を務めるはアスモデウス隊。

(じいちゃんいってくるよ。さーて痛快娯楽復讐劇をおっ始めようかな。)

 そのトップを走るはこの物語の主人公たる神の血を引く混血児。


 先頭の銀プレを狙え。という声が聞こえるや否や、騒音の発生原に奮われるはアッシュの暴と武、そして命がけで付き従う死に急ぐ者達。

 真実をまといし清流は、ガザールの先陣を掻き乱し、押し流そうとする。

 しっかりと通っている神経回路の妙か、はたまた他者より優れた五体がそれを成すのか、それとも脳がきっかりと身体を動かすからか……とにかく片っ端から敵軍の戦意を散らさせる。

 事実、関節をバネの様に用いた裏拳一撃で顎を砕かれた弱者達は、うっう。と情けない声をあげて平伏した。

 降伏、もしくは張り倒した連中から階級章と認識票が奪われた場合は、戦争法にならい五年間休職をするために祖国へトボトボ帰っていくかその場に座り込み観戦を始める。

 殺せ?弱者は奴隷もとい労働力となるために、できるだけ殺さず、世間体によって去勢へ追い込むが乱世のならい。


 優秀な雄が少数いれば、大多数の雌が満足するは動物の世界……人間も含まれますが何か?文句があるなら劣等な雄と子作りしてください。行動で示し証明をしてください。

「星四中佐までなら乱戦でも余裕をもってはり倒せるな。」

 金プレ、すなわち将官にもなっていない少年の口から出た発言はとんでもなく傲慢。

 だが、それを口にだせる程の膨大な戦果。

 アッシュは両腕の打撃しか使わないという縛りプレイ……否戦場ではただの慢心と評すべきモノであった。

 その時、双方の本陣から日没を告げる音。

 バカみたいな爆音と、音程が外れた汚いモノがメイショ平原に響き渡る。

 双方夜勤手当が出る訳でも無いので、当然闘争は一時的に終わる。

 この時代の風習を知らない者が、夜襲を気にしろよ。と言いたげな程に緩みきった空気の中で全裸踊りをする者が一人。


 思いっきりアルコールを入れるのは、油断か慢心かはたまた余裕かは議論の余地あり。

「ガハハ!他家の連中は見ているか?本日の戦果を知っているか?今夜の主役たる武功第一位は我らがトップアッシュ様也。」

 よくもまぁ、他人の手柄でそこまで一喜一憂できるな。と馬鹿にした様な顔で見るは、他の名家や上司部下問わず……何なら一番ゴミを見るような目を向けるはアスモデウス隊の連中。

(あのくそ混血児がいきりやがって……きぃぃ悔しいよ。)

(ハイハイ、小物をいっぱい倒せて良かったね。その程度で少将になれるわけ無いだろうが、さっさと死んでくれないかな?)

(くそー、こっちは敵のバカでかいガキに荒らされて、半分は帰国かあの世って感じなのに。)

 俺は何も自慢してないのに皆内心でボロクソ言っているんだろうな。と、すこぶる優越感に浸りし話題の中心は破顔。

 無論相反する被害者意識を添えることは忘れず。

 その時、アスモデウス大佐!ベルフェゴール大将が呼んでますよ。と空気をよまない発言。

 こんなの碌な事は起きない。と誰もが分かる。

 酒飲んでる時の呼び出しでマトモな事はあるのだろうか?


 簡素な天幕の中でバカみたいな量を食うは巨漢。

 不味いんだけどの声に、戦場で上手いモン食えるわけないだろ。と書かれたプラカード。

 間違いなく防衛戦にしか使えないであろう特異体質の彼を、他国侵攻に使うなど暴挙としかいいようが無い。

 逆に言えばそんな彼を攻め込む戦いに出すメドが立った事の証左でもある。

 都合さえつけば、やりたい手等人間の脳裏には常に複数浮かび上がるのだから。

 そんな食事という娯楽を邪魔する様に、アスモデウス大佐入ります。という声が一つ。

 アッシュだなヨシ入れ。という叔父の言葉が、名前の主に私的な話である事を伝える。

「叔父上、こっちも部下との親睦を……」

「オレより頭一つデカイ奴が敵陣の後方にいるそうだ。」

 マークが話を遮ったにも関わらず、人の話を最後まで聞け。と言いたげな甥の表情が変わる。

 それはもう悪意と表現するには、あまりにも正義をまとっていた。

 復讐鬼の脳裏にチラつくは祖父が死んだ日。

「まぁ、お前が追っている仇とはかぎら……」

「運動神経抜群の二メートル二十センチ以上がそうそういてたまるか!そうかそうかガザールの巨人は死にたくて仕方ないみたいだな。」

 人の話を最後まで聞け。と言いたげな叔父の話を遮り笑うはアッシュ。

 彼は完全に自分の実力を過信していた。


 まぁ、やる気がマックスになったならいいか。と頭をかいた巨漢は

「アスモデウス大佐、明日は反対の陣に入ってもらう。そしてあっちのイキリ散らしている若手を叩き潰して来い。その戦果次第でオレも前線に出て……あぁ愛する妻に早く会いたいからさっさと終わらすぞ。こんな下らない出来レース。」

 公的な立場で軍命を部下にくだす。

 若手同士で戦わせ、勝った方が相手を踏み台にし高みへ上る。

 経験値の差で負ける。という事が無いこともあり、育成として見ても効率的。

 事実、敵陣でも父から子へ同じ軍命がくだされていた。

 つまり、双方は再び反対の配属になるが……つぶすべき敵に向かって進み激突する。

 まぁ、無論明日のおはなしだが。

 ベルフェゴール大将、某におまかせを。と気合満タンで口にした物語の主人公は、フワフワとした足取りで部下達の元へ戻っていく。


 言いたい事は他にもあったが、マークが優先したのは男の意地。

 どれだけ出陣前に惚れた女に懇願されようと、どれだけいつもは嫌がるような事をしてくれようと……ソレを邪魔する事は、一度でも引いたらもう光あたる場所に……強さをモトメル修羅道に、雄としての正道へは帰れない。

 生来の強者で無いが故に、巨漢はソレを理解していた。

(アッシュは死にたがっているから、もし無茶をするようなら貴方が止めて。)

 もう一度刻む、最高の女たる妻に頼まれていたにも関わらずである。

 何の責任も取れないヤツ程御託をほざくのが現世。

 最愛の妻でないのなら幽世に送ってやるレベルの綺麗事。

 どれだけ言葉を尽くそうと、心からつたえようと……残念ながら男の意地やプライド等という概念は、女から見れば下らなくて無駄なものにしかうつらない。


 だが、それを投げ捨てて生きる雄には何の魅力も男女共通で感じないのだから不思議である。

 残酷な結末だけは共感できるという皮肉。

 死だけ平等に与える様な神様が、作り上げた生物だけあって、どこまでも露悪と建前の世界を作り上げるは人。

「ったく、女を抱いたことも無い童貞がここまで優秀なのは間違っ……まさか精神だけなら師匠と義父の領域にいるのか?そんなレベルなのかアッシュは?いやいやそこまでの器量ではないな。」

 下らない独り言は終わりを告げ、闘争の初日たる今宵はおしまい。

 最愛の妻しか抱かない。というどこまでも女にとって都合がいい存在たる巨漢は目を閉じた。

 どれだけ経験をつもうと……死ぬ時は突然だ。という事をマークは知る。

 日を跨げば、灼熱が始まる等と知らずに。

 メイショ平原の戦いは、文句のつけようが無い勝利という史実等……乱世を生きる人間が知る由もなく。


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