天満は現世の真実を知り、アッシュはソレを肯定した。

 青い目の少女の前で殴り倒され、膝をつかされるは混血児。

 まぁ殴っている方から見れば、女を侍らしている弱い雄を分からせている程度の感覚。

「おお、流石は若君だ。哀れなる存在に序列を示す優しさ。」

「ほら優しい、優しい天満君は自分の正しさを示すために人が嫌がる事をしちゃ駄目だよね。殴り返したりしないよね。プププ馬鹿でーい!」

 この場における格付けは終了したと言わんばかりに、頭の上へと足が置かれる。

 古今東西、勝者が敗者に行うモノは、美しくまばゆく輝き……性別を超越し魅了する。

「君は他国の地が入っているとは言え名家のお嬢様だ。仲良くする相手は考えた方がいいよ。うん?あぁ、男の混血と女の混血では価値が全然違うからね。まぁ僕がきになったならいつでも来なさい。女性を相手取るんだ優しくしてあげるよ。」

 その時には同じ悩みを抱える者同士が持つシンパシー……その産まれ持った呪いがもたらした繋がりは

(そっか、弱くて情けないコイツの何が良いと思っていたんだろう?本当にカッコ悪いし……何の役にも立たなそう。)

 いや、もう気まぐれで始まった関係は終わっていたのかもしれない。

 弱い雄を愛せ等と、女に向かっていう存在は現実を知らず……生物の本能すら分からない無能揃い。


 事実、今天満が見ている光景は全て。

 どこまでも美しく清らかな人の業……否生物の業。

 これを否定したければ、天満は醜く老いて貧乏で浅ましい血の女を愛さねばならない!配偶者として己の男としての本懐全てを注がねばならない!

 そうでなければ、どこまでも浅ましく口だけな……働くと言って働かない無職と何も変わらず。

 人の本質は言葉で無く行動に宿るのだから。

 ここは五摂家の人間が集う場所。

 名家の後継ぎが気まぐれにも、幾度も変わるであろう隣にたつ女を発表する場。

 高貴な場に護衛者の孫が何故か呼ばれた意味。

 それすらも考えつかないマヌケはただ立ち尽くす。

 今目の前にある現実が醜いと思うのは、彼が紛れもなく男としても、雄としても言い訳の余地なき敗者だからであろう。

 

 勝者が受ける祝福とその隣にたつ誇らしげに異性。

 初恋の人が自分を踏んづけた少年と結ばれる。

 折り目がついてしまった脳と、ひん曲がった性根を矯正できなかったアスモデウスの姓を持つ軍人は、努力をしようと実績をあげようと他者を雑にし傲慢に振る舞おうと……今でもこの景色を夢に見てしまう。

 それはどこまでも色褪せる事のない敗北の記憶。

 それはどれだけ努力しようと変える事ができない聖域たる過去。

 だが、それは以外にも復讐の始まりにあらず。

 弱き存在はこの程度でも、怒りの沸点たる怒髪天に届かないから人生で負けるのだ。


 そんな東亜皇国の要人が集う祝の場に敵襲。

 人が集まる以上派閥ができ、一枚岩であることなど不可能だから裏切り者がいようとおかしくはない。

 恋い焦がれた相手の声響く燃え盛る炎の中ですら後の復讐鬼は迷う。

 もしここで助ければ、もう一度自分の隣に立ってくれるかもしれない……とあさましきは性欲。

 ぬいぐるみから男性器が生えている悍ましさは、低脳な雄には残念ながら理解できないようであった。

 何よりも、無能が頑張ったところで……努力を積み重ねなかった弱者がここ一番の勝負どころで力を発揮できるわけも無く!

 鼻が詰まっているのか?と疑い無くる程に野生の嗅覚が鈍い天満は……自分を可愛がってくれた祖父の邪魔をしてしまった。

 己が敬愛する人の死因になるまで弱さを優しさとはき違えた故に……憎悪が復讐鬼を型どり始める。


 自分を愛してくれた祖父の葬式が終わった瞬間に、天満の居場所は東亜皇国から無くなった。

 誘拐された姉と従者を探していた叔母が後ろ盾となりイビルディア帝国に籍を移したアッシュ。

 彼を待っていた環境は、逃げ出した先だからか何も変わらない。

 弱い雄を愛し、導こうと思う物好きは同性でもかなり希少なのだから……無論異性とならばいないとは言わんが少数派であろう。

「宰相の関係者だからって調子にのってんじゃねぇぞ。所詮は戦場に出たこともない障害者の文官に、殴り合いがものをいう武の世界なんて分かるわけないしな。」

「感謝しろよ。俺達だって本当はこんな事したくないんだ。言っても分からない猿のためにこうして身体に教えてやってるんだ。」

「悔しかったら階級上げてみせろ。この世界は実力が全てだからな。」

 殴られ、蹴られ、壁に背を預ける幼き復讐鬼は……なるほどなぁ。と国を跨いでも変わらない真理に触れた事もあり得心。

 どうして自分を愛してくれないんだ。と初恋の人を心中でなじった事。

 それをアッシュは猛烈に恥じた。

 ありのまま受け入れて欲しい。と弱者の分際で思い上がった自分が許せなかった。

 絶望の中、彼は克己し弱さを否定する道を歩む。

 

 殴られる際に目をつむらなくなるまで、どれだけの日々があっただろう。

 相手を殴る反動その忌避感を克服するまで、どれだけ人を叩いただろう。

 受け身がうまくなるまで、何度痛みで呼吸を忘れただろう。

 関節技に対する策と基本を身につけるまで、幾度痛みに顔を歪めただろう。

 多くのだろう。と苦痛に耐え、歯を食いしばりアッシュは敬愛する祖父と、呪われた世に産み落とした嫌悪する父が見ていた武の領域。

 そのホンのホンの入り口、早い話が序の口にたどり着いた。

 武の道は遠く、極める事は永遠に無い苦痛に満ち溢れた修羅道。

 だが何もせず屈服した過去よりも、苦戦と激痛の日々が彼には愛しかった。

 もし次の恋があるのなら……そのひとが誇れる自分で有りたい故。


 見慣れない天上……それは中央の安宿。

 細切れな悪夢から覚めたアッシュは歯を磨き、顔を洗うと己の白い軍服を眺める。

 それは自分が成したモノにあらず、どこまでもどこまでも先祖の七光が証明たる物。

 もっと早く真理に気づいていれば違ったのかな。と口にする先には銀色の階級章。

 その色もまた先祖が用意したモノにすぎないが……星の数と線の本数は紛れもなくアッシュが実力で積み上げた物。

 将官を目前にしたソレが自分の努力をしめし、だがそこから先は努力するのが当たり前と言わんばかりに、否皮肉な結果たる現実が知ら示すは才能と適正がモノをいう傑物が住まう領域。

 アッシュにとっては復讐のために我を通すための手段であったはずのソレが愛しく

「違うだろ。コレは目的にあらず。あの連中が無様に死ぬ様を見る事が全てだろ?そうだよな!」

 思えてしまった事が恨めしかったせいか頭を振るった。

 志や目標が歪な復讐であろうと、己が流した汗と費やした膨大な時は嘘でないのだから。

 そして手段が目的になる事など、わりかし普通にありえること故に、恥じる事では無い。

 

 そんな思考の時、ドアにノックが三回される。

 構わないよ。とアッシュが口にした時、アスモデウス大佐失礼します。の声。

 その者は部屋の主より年長者であり、中佐への昇格段階で何度も足踏みをしていた。

 先程まで夢で会っていた事もありマジマジと、件の存在を主人公は見てしまう。

「な、何か?某は大佐殿に失礼をしたでしょうか?」

 加害者はすぐ忘れる。否そもそも己がやった事を認識できないと評するのが正しいか?

 そんな些細な事を考えながらの、昔ね。という言葉はあえて音にならず。

 アンタらの階級を超えたらどうしてやろうか?と思い鍛錬した日々は、もはやアッシュにとって小事。

 超えてしまった踏み台に対して、人はどう思うのであろうか?

 まぁ、大体の人間が月並みかつ予想通りであろう。

「あぁ、貴殿には感謝しているよ。どうしようも無く、下らなくて小さい事に囚われてたらしまいそうだった。自分の本質を見失うのはもうご遠慮願いたいからね。」

「な、何をおっしゃっているのですか?」

 それ以上の大望を願うモノにとっては、先に産まれただけの無能等罵倒する価値すら無かった。

 事実、復讐鬼の心には一辺の曇りすら無く。

 その頭から、目の前に存在するモノの名前は完全に忘却されていた。

 


 乱世で至強たるはイビルディア帝国。

 そこで行われるは戦力の逐次投入と多方面展開という、他の時代を生きる人間が見たら絶句間違い無しの暴挙。

 逆に言えばそんな愚行を出来る程に他国との力量差が広がっているという証明。

「うう、頭が物凄く痛い……という訳だから僕の執事よ。凄く体調が悪いみたいだからしばらく屋敷で休むよ。」

 仮病を見破っている従兄弟の前で、戯言を口にしながら演技するのは異形。

 先程中央からもたらされた情報筋が、あまりにも国の中枢に近いため彼は己の影を切り離したくて仕方ない。

 そうでもしないとマズイ。という確信があるため。

 まぁ、それを説明しろと言われたら聖帝は直感と答えるが。

 もっと理由をつければ、何なら兵を募集し、動かすには時間が足りなさすぎる。

「あぁ後、アイザックさんを北の方に動かしたいから伯父上とチェンジ、僕の代わりに伝えといてね。」

「いやいや、父上はモードレッドを守るのが第一使命何だからな。そもそもガザールの方は現状戦力で充分だろ。動かすにしても妹に会いに行くとかほざいて消えた元帥だろう?」

 できればあの三人が死んでくれたらサタンを処分する上で色々と助かるし……とイカレタ思想を隠し持つは眼鏡執事。


 また滅茶苦茶な事を言い出したモードレッドに対して、内ゲバ丸出しな思想を隠す従兄弟は何とか意見を変えさせようとする。

「勅命って言わなきゃ……駄目?」

 公の立場をきられたら、神でない限り勝ち目が無い事もあり執事は、思うがままに我が帝。とモードレッドに返す。

「手伝えー、手伝えー。手伝え!ってコレは本来帝たる君の仕事だからね。そもそも高貴な身の女に労役をさせるなんて!男として恥ずかしいと思わないの?」

 それを傍らで聞いていた帝妃の目は、押し付けられた書類仕事で寝てない事もあり血走っていた。

「愛する妻に対して代わりに戦って来い!前線で兵達を鼓舞しろなんて!そんな男の風上にもおけない言葉は僕の口から出せない。戦事を女性にさせるくらいなら潔く戦死する!」

 執事と親族衆を引き連れ東の前線で下の不満を取り除いた……どころか前線を押し上げる程に暴と武を奮っていた事実を知っている上で、愛する夫にこうも言われたら……ごめんなさい。と口からでるのは無理もない事。

 女を戦場に立たせない努力を否定したら、とんでもないしっぺ返しを食らう。

 じゃあお前らが兵役しろ。と口にする男がゴミクズならば、言わせた女は鬼畜であろう。

 そんな当たり前は口に出さなくても分かる事なのだから。

「僕の方こそ君の才覚に期待してすまない。……いつも助かっているよ。」

 太陽の笑顔一つで、疲労でヒステリックを起こした女が、ウン!頑張る。と心変わりするのだから産まれつきの強者とは恐ろしいモノである。


──執事も帝妃も、大抵の歴史モノなら名前が出てくる存在。が、今作の主人公たる復讐鬼と深い関係があったという資料は無かった故、名無しの配役。

 察しのいい方は聖帝の名が出ている時点で分かっているだろうが、彼は後半部分に出番があってしまう。

 それはもう歴史に刻まれた事実故に──

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