中央での引き伸ばし

 かつてイビルディアの植民地だった小国は、連合軍によって解放された。

 これだけ聞けば、最高じゃん。と何も知らない連中は口にするだろう。

 何なら解放された人々ですら、最初だけはそう思っていた。

 だが、もし君がいきなり労働から解放されて良かったね。と、何の責任も飯の世話もしない連中によって職場を破壊されたらどう思う?

 明日からどう生きればいいのか?と身の振り方を考えるはず。

 自由とは強者の特権であり、弱者は重荷や責任を背負っている方が安心できてしまう。

 事実、二十年も立たぬうちに解放された土地は、イビルディアに媚びへつらい重税を受け入れてまで、支配される道を選んだ。

 聖帝によって、と表向きはされていた治水法度守護……治世でいう灌漑事業司法警察国防は、もう二度と離れたくないと。支配を受け入れさせる程度には絶大な効果。


 事実、コイツら重税を課せられて、酷い労役させられているのに、どうしてそんなにキレイな目をしているんだ?あぁ我らが帝のカリスマか。と従軍書記官が残している。

「うおー!兄君様。これらを兵糧として使って下され。イビルディア万歳!帝国の未来に栄あれ!!!」

「某には娘がおります。貴方様の遺伝子で屈強な孫を作って下され。子がいないと聞いております。優秀な雄が子孫を残さないなどまさしく世界の損失。あっ、スイマセン……ホゲ!」

「あぁ、聖帝の加護が我らに!!!イビルディア帝国に幸あれ。現世の統一がされるまで、それを見るまで長生きせねば。あぁもっと全てを貢ぐんだ。さすれば前以上のご褒美が!!!ヨシもっとゾウゼイだ、我らのスベテをササゲるべきナリ。」

 最強の国家にダメージを与える戦略は、弱者の習性によって思いの外早く修復されていた。

 まぁ、ここまで植民地との関係が良好な理由は聖帝モードレッドの持つ馬鹿げた異能によってなのは言うまでも無い。

 魔性の魅力、愛嬌のカリスマ……乱世の主人公は治世でも幸せに生きられたであろう。

 実際に人の領域でもっとも優れた才をもって産まれたのだから。

 ここから先の道中は、似たような映像なので当然カット。


 全知王ソロモンに対する各国の敬意の現れとして、非戦闘地域指定を受けるは、中央と呼ばれし場所。

 お役所仕事ばっかりする国連は乱世でも変わらずここにあった。

 帝から神になったソロモンの象を囲むは七十二の柱。

 すなわちココはイビルディアの神話における約束の地

 その南端に末裔たる帝国軍が到着。

「へへへ、兵糧に関してはいつもどおりハルファスの姓を持つ某におまかせを。」

 とりあえずこの姓を出しとけば、ヘイタンガーポリス。という五月蝿い連中を黙らせれる便利な存在がいつも通り出現。

 何ならイビルディア帝国がメインの歴史モノはとりあえずこの一族がでてくる。

 何ならハルファスの姓を出さないと、上の連中やスポンサーから、これは不味いだろ。と言われるレベル。


 他国の兵糧事情?勿論略奪前提ですが何か?

 植民地からの搾取かつ人権無視労働のツーコンボで、兵站を成り立たせるイビルディアがおかしいだけです。

 あれ?と前の確認をしていた演者が見るのは、子役が持つ問題大アリなサッカーボール。

 歴史的に存在してはいけないモノ。

 まぁ、旧文明のヤツがたまたま有ったで適合性はあるでしょ。と撮影再会。

「さて、一週間は戦争法の都合上ここで待機だ。前金で飲む打つ買うのバックスクリーン三連発をかますなり好きにしていいぞ。」

 同名の全知王がおさめた地域にて、筋肉ダルマの大根役者は時代考証なんてくそくらえの爆弾発言。

 ざわめく演者達には、そんな事気にしてたら何も出来無い。という裏からの指示。

 どうせ共通言語が存在する世界、気にするだけ無駄である。

 やり直す事より面倒なモノはこの世に存在しない。

 あぁ、もうこれは駄目だ。お終いだ。という声が物語の主役から漏れたが脇役は全員無視した。


「オオオ、アッシュ様見てください。我らが宿泊するのはここでよろしいのでは?どっかの誰かさんが東亜皇国に送金しているせいで!素寒貧貴族にお似合いのこんなくそ物件。……イライラが止まりませんよ!ってエエこんなにもらっていいんですか!」

 開き直った演者もとい、アスモデウス隊に所属する部下が指をさす方向にある三つ子の建物は三階建て。

「あぁ、お前らは好きにギャンブルして、いい飯くって、いいホテルで女抱いて来い……ボイコットされたら敵わんしな」

 嫌味に対して、大金を渡しヘラヘラ笑って勝ち誇る名前の主が前には、誤魔化さずに言えばオンボロな安宿。

「そうだな。泊まる場所も見つかったし、何をするよりも先に御柱を磨きに行くぞ。」

 軌道修正ができた事を願いながら、役割のある演者達が目指すは次の場所……ハイ!という元気な叫びは現金そのもの。

 劇中劇の評価はめさくそだが、今を生きる彼らが気にすべき事では無い。

 先を気にしたところで、人生は面白くなんてならないのだから。


 ピカピカに磨かれた御柱の下で汗を拭う軍人達。

 それを見ながら話すは二つの影。

 彼らは貴族産まれの星一少佐というどうしようもないポンコツと、神の血を引く星五大佐の混血児兼若手のホープ。

「ウチの柱まで磨いていただいて、何か申し訳ないですね。」

「いえいえお気になさらずに、イビルディア帝国に来たばかりの時に、バジェットさんには可愛がってもらったので……あっ、稽古的な意味じゃないですよ。」

 圧倒的な才能の不足。

 天に嫌われたせいで両親の仲すら引き裂き、妹二人が行き遅れる原因となった無能たる名前の主が、年下の混血児に対して敬語を使うのは、軍属というのを差し引いて尚もはや気持ち良さすら感じていた。

 それ程までに厳しいのが乱世、腕っ節が全てを決める世界に年齢等どれだけ生きたかを表す導でしか無い。


 そんな中でも、無駄に長く生きているだけの実績皆無な存在を、年長者というだけで崇めるアッシュは闘争に向いてない弱者。

 相手の弱みにつけこみ食い物にする強靭な悪意!

 それが欠落しているモノが歴史に名を刻むのは、少数派の最たる例であろう。

「そういってもらえると嬉しいですよ。父から武才というよりも運動神経はおろか、純粋な足の速さという身体能力すら受け継げなかった負け犬のから……」

 バティン書記官を見ていると昔の自分はこうだったのかと呆れてしまうよ。と自分より下の階級が口から漏らす、努力をしない理由に対して公私をチェンジしながら遮るはアッシュ。

「そんな極限状態にいながらも、どんな理由を並べようと物珍しいだけである東の猿に優しくしていただいた恩は……バジェットさんが手を差し伸べてくれたあの時は本当に嬉しかった。そもそもここにいる敵前逃亡した連中と比べればは失礼か」

 そうですか。と弱者に優しい等という概念は当てはまらない事を知るバジェットの顔は悲嘆。

 弱者の優しさは……弱さに理由をつけて誤魔化しているにすぎない。


「ったくアニキの野郎は……色々言いたい事があるのは分かるがお前の父は優しい人だよ。だって忌み子たるオレの事を可愛がってくれたんだから。」

 彼が強者の弱さだけが優しさである。事を知ったのは、兄弟子との関係悪化に悩む筋肉ダルマの巨漢が、不出来な自分に手を上げ、母の腹に問題があると罵倒する存在……即ち最強の男という称号に固執し狂った父を優しい。と表現したからであった。


 先祖の供養は充分でしょうアスモデウス大佐?という言葉は、現世の摂理に叩きつぶされた存在の本音。

 弱者側がそれを正しい。と口にした以上

「そうだなバティン書記官。俺が間違っているんだもんな。」

 恩恵を受ける強者は素直に認めるしか許されない。

 もし、負け犬の素直さを受け取らない。という暴挙を許せば……この世界は革命と反乱とストライキに満ち溢れるであろう。

(アッシュ君は馬鹿だよ。努力をしても時間だけが過ぎていく感覚……あれから目をそらすために猿の世話を買ってだけだというのに、ただの逃避行動だというのにね。)

 現実に打ちのめされた無能の認知は歪み、過去を捏造し今の己を肯定しようとする。

 これは古今東西どこにでもあるそんなメルヘン。


 そんな空想に興味無いアッシュが手を合わせるは異形の象。

 イビルディア帝国以外では、それが全知王を模した物だと勘違いし崇める。

(ご先祖様。アナタが神になってくれたおかげで俺は生きてるし、セレナ従姉妹ねえちゃんは女神様として幸せに……かは諸説あるけどとりあえず生きてるよ。)

 それは子孫に時代を超えた圧倒的な恩恵をもたらす先祖に対する感謝。

 権威というモノを作り出した存在が子孫に、敬われるのは当然。

 七光の欠片もない虐待親ですら、敬え感謝しろ。とほざくのだから……

「バティン書記官はベルフェゴール大将から何か聞いているかい?何か隠している事だけは分かるのだが……」

「いえ何も聞いておりませぬ。アスモデウス大佐にすら情報が漏れていないという事実に某は恐怖を感じるであります。あの方は口が軽いですから……黙っている程に何か裏があるかと。」

 帝から神になったソロモンを囲む七十二本の柱が、軍人達の前ではピカピカと光輝いていた。



 この図体でこういう仕事は無理があるだろう。と口にするは筋肉ダルマの巨漢。

 かと言って他の人間に頼み、裏切りがあってはイビルディアの危機……には国力差で大丈夫だろうから多少の心配。

 種違いの弟からの依頼があった事もありマークは、公園のベンチで読む気の欠片も無い……四つ端が二つ折りされた新聞を手に大欠伸。

 彼は三行の文字列を長文と評す……即ち典型的活字嫌いな脳筋であった。

 殴り合いが弱かったら、淘汰されるべき存在は再び退屈を欠伸に変える。

「やべーよ。やべーよ。怪物フェノーメノじゃんサインもらおうかな?」

「お前は馬鹿か!機嫌次第じゃ中央ここから離れた場所に連れ込まれて、素手で解体されちまうぞ。」

「ヒョエー。ヨープリン、グルトゼリ両防衛線で相手の顎に両手を入れて、真っ二つに裂けさせた噂は、あの太ってぇー腕だし本当なんだろうな。」

 早く来てくれないかな。腹減って来たんだけど。と噂話をするモブの前で地団太を踏み始めるはイビルディア帝国大将。


 そんな中一人のグレテン人、王妃の座を己より遥かに劣る下々の娘に奪われた事もあり……当然の権利と言わんばかりに嫉妬深い女が、裏切った祖国を転覆させるという目的を果たすために巨漢を認識。

 その手には、四つ端が二つ折りされた新聞。

 分かりやすい細工と、持ち歩いても違和感が無いを両立できる逸品。

 おっ、やっと来たな。と約束の品が近づいた事を確認したマークは、己が持つブツをベンチに置く。

 そしてわざとらしく立ち上がると、背伸びをしたり、体操をしたりと時間を潰す。

 件の女はベンチに座ると、流れる様に慣れた動きを刊行。

 マークが置いた新聞の上に、女が持ってきた全く同じ新聞が載せられるという不思議。

 そして、巨漢はわざとらしくその場を去ろうとした。

「新聞をお忘れですよ。雨が降ったら火で乾かさないといけませんし……ね」

 炙り出しを伝える女の声にマークは、助かるよ。と礼を返し、上の新聞を取りその場をさる。

 そのブツを名前の主は確認せずに、中央からイビルディア帝国に帰る予定……という体裁をとる貴族に渡す。

 西を知るには火を使え。と種違いの弟に対する伝言と共に。


──征服王の禁じ手はこの時点で見破られていたという見解が、治世いまでは通説となっている。

 無論その原因は、人外たる聖帝の誰でも真似できる人としての才にあるが……というより全面的にモードレッドがしでかしてるよね。と後世で叩かれるが……何なら乱世の後半時点でボロクソに叩かれる。──

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