三章 一緒にお散歩を
3-1
私がこのお
そのあとはマーガス様に
取って、それを分別してマーガス様に
それ以外は、することがない。馬の世話でも手伝いましょうか、とラクティスに言ったら「これは私一人で作業したいので」とすげなく断られてしまうし、ミューティは食堂の仕事を明け渡してはくれない。マーガス様のいらっしゃる
いるけれど、それも集中力が長くは続かない。
何か仕事を、と思っても「奥様はごゆっくりなさってください」と気を
「仕事がない……
テラスの
思い返せば、今まで何もすることがない、という
《きょう》はほとんどなかった。だから今、余計に困っているし、
ポルカの所にでも行こうかな、と目線を庭に向けると、マーガス様がポルカに乗っているのが見えた。
乗り運動をしている!
思わぬ出来事に、体を起こす。
マーガス様の表情は
けれど、きっと彼は
――あ、こっちを見た。
「日光浴かな」
「ええ、はい。そんなところです。ポルカに乗り運動をさせていたのですね」
「構ってやらないと、すぐ
「まあ、そんなことは……」
ありませんよ、と返事をしようと顔を上げると、目が合った。急にこの前の書斎での出来事が思い起こされて、思わず目を
――
別に悪いことをしたつもりはないけれど、地位のある男性にとっては、悪夢を見てうなされているところを他人が
「……先ほど、ポルカに話をしているのが聞こえたか?」
「いいえ」
ゆっくりと首を横に
「そうか」
ちらりと視線を
せっかくのお散歩を中断されて
「ポルカも走り回りたいでしょうし、私、
「……。君は、騎竜に乗れるか?」
背中を向けると、まるで引き留めるように声をかけられた。
「い、いいえ」
「そうか」
優しいけれど、
「では、私はこれで……」
マーガス様はポルカに
「……っ」
初日に
私を本当に妻にしようと思って呼び寄せたのなら――それは、私を使用人ではなくて、異性として
マーガス様は私にレッスンを付けてくれるつもりなのだ。騎竜には乗りたい。乗りたいけれど、その手を取っていいものか。だって、つまりそれは相乗りをしよう、の意味だから。何しろこのお屋敷には騎竜が一頭しかいないのだもの。もちろん、
「こちらをじっと見つめていたから、乗りたいのかと……」
「乗りたくないわけでは、ありませんが……お手間をかけさせては、と……」
どうしようかともじもじしていると、ポルカが再び焦れたように足踏みをする。彼女に
「ポルカが早く乗ってくれと言っている」
「ぎーっ」
一対二で
「……ぎっ」
ポルカは首を曲げて、じろり、と私を見た。
マーガス様の
「
「いえ。
「筋がよさそうだ」
怖くないのには訳がある。実は、私は何回か騎竜に乗ったことがある。もちろんこっそりで、騎乗
だから、私はけして筋がいいわけではないのだけれど、預ける側の貴族であるマーガス様にそのようなことを言うのははばかられて、
それにポルカはさすがに人を乗せるのに慣れていて、不承不承ながらも、私に気を遣って歩いてくれているのがわかる。
なんだかんだ、お世話係としては受け入れられているのよね。
「騎竜に
「私は落ち着くと言うより、心がうきうきします。ああ、なんて
私とマーガス様の共通点は人間であること、あとは騎竜が好きということ。騎竜の話ならいくらでもできる。
「人間相手では、心が落ち着かないか?」
「……このお屋敷の人は、好きです。
「……そうか。俺もあの二人を見習うことにしよう」
「い、いえ。マーガス様はそのままでいてください。ラクティスみたいな
「洒落にならない冗談とは?」
失言だった。気持ちが
「申し訳ありません、それは何とも……」
「
もごもごと言い訳をすると、マーガス様は許してくださった。会話が途
と
「もう少し、ポルカが嫌になるまではこのままでいいでしょうか」
何しろ、こんな立派な騎竜に乗れるなんて、人生でそう何回もないだろう。
「君が同じ気持ちでいてくれて
マーガス様が足で小さく合図をすると、ポルカは方向
「子どもの
マーガス様の言葉に静かに耳を
「祖父は軍人だったから、物心ついた時から騎竜がそばにいて――それこそ仕事や社交で
「騎竜便って、騎竜に乗って物を配達するのですよね。街では見かけませんけれど……」
「ああ、そうだ。市街地で走行するには危険があるが、
マーガス様の言葉に、ポルカは嬉しそうに声を上げた。
「ある程度大きくなってからは、訓練と称して祖父に色々な場所へ連れて行かれた。その頃にはもう自分は騎竜便の配達員になれないと理解していたが――寒い所では犬ぞり、暑い所ではラクダ。色々な動物を
彼の話を聞くたび、私は自分の世界の小ささを感じて、
「騎竜に乗れると、いろんな仕事があると聞きます。……楽しそうです」
「今からでも十分だ。体幹がしっかりしているから、すぐに人並み以上になるだろう」
「そ、そんなことは……」
私は、少しばかりズルをしているから、褒め言葉に素直になれない。……でも、マーガス様になら、あの立派で
「騎竜の
騎竜に乗るためには、専門的な訓練が必要になる。もちろん設備や場所、時間。
「もしできるなら、私も――」
「きゅっ!」
ぜひ騎竜の騎乗訓練をしたいのですけれど、と言う前に、ポルカが予備動作もなく高く
「――っ!」
マーガス様の腕が私を引き寄せた。思わず体重を預ける形になってしまうが、さすがと言うべきか、がっしりとした腕に
「ポルカ!」
マーガス様が
「――ポルカっ!」
マーガス様が今度は少しきつめに指示を出したけれど、ポルカは聞き入れない。本気を出せば人間を
私が平気な顔をしているのが気に食わないのか、あるいは
「わぁ……」
目の前が一気に開けて、庭木の向こうに市街地が見えた。色とりどりの屋根が、まるで花畑のようだ。
「……は、はは、あはははっ」
なんだか楽しくなって、とうとう声を上げて笑ってしまった。
「怖くないのか?」
耳元で、マーガス様の意外そうな声がした。
「全然、怖くありません。……ポルカには、期待外れでしょうかね」
「そうか。助かる。このまま、遠乗りにでも……」
と、マーガス様が言いかけた
「本当に、お前は……戦場では、こんなことはなかったんだが」
マーガス様は
国一番の
「今日は
「も……申し訳ありません。楽しくなってしまって……」
「楽しいのはいいことだ。この数年、俺は人を笑わせるということがとんとできなくなっていた。そんなはずもないのに、俺の前では笑ってはいけないとか、
その点ではポルカはわがままに見えて、マーガス様の素の表情を引き出して、心を解きほぐすのに一役買っているのかもしれない。……前向きな物の見方をすれば、だけれど。
「ありがとうございました。とても、楽しかったです。また乗りたいですけれど、ポルカは嫌そうですね」
「そうか? ……そうでもない。信用できないかもしれないけどな。君が騎竜に乗りたいなら、もう少し、のっそりとした動きの騎竜を連れてこようか。もうすぐ
マーガス様はそう言って、ふわりと、
自分だけの騎竜。もう少しおとなしい性質の
「考えただけで、胸がどきどきしてきます」
……顔が真っ赤な気がして、思わず頰を押さえると、マーガス様は目を逸らした。
「?」
「なんでもない。
ポルカは私たちを降ろすと、悪びれもせず、いつもより激しくおねだりの仕草をした。二人乗せたから、二倍おやつを
「はいはい、
「君は本当に、楽しそうに騎竜の世話をするな」
「最初は怖かったです。騎竜がその気になれば人間なんて、弱いものですからね。でも、言葉は通じなくても、
ポルカは自分が
「……元々騎竜に
マーガス様の問いはもっともだった。私も、クラレンス家も、元
「……私は
「それで、親の言われたままに老人の後妻になることを
「……わかりません。たとえ自分が生きるためだったり、面倒事を押しつけられただけだったとしても、
「では、俺が必要とする限り、ずっとここにいてくれるな?」
マーガス様が私を必要とする理由が、私にはまだわからない。けれど、
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