第4話

家から出るために服を探していた、ただそれだけだった。

床に落ちる無数の長い髪の毛を見つけてしまった。もちろん自分のものではない。

気持ちが悪いと思いながらも髪の毛を纏めてつかみ取りゴミ箱に投げ捨て、時間に追われ慌てて自宅を出る。

家に帰り、冷蔵庫から冷えたお茶のペットボトルを取り口に運んでいると、また髪の毛が落ちていた。細く長くハリのない穢らしい髪。それも束で落ちている。

普段からこまめに掃除をして綺麗にしている部屋の真ん中に、我が物顔で横たわっている。

その髪に対して物凄い怒りが湧いてきた。何なんだ。人を馬鹿にするのも大概にしろ。

髪の束を鷲掴み、引きちぎる。ハリのない貧弱な毛は小虫のようにすぐに千切られバラバラになる。

それでも怒りは収まらず、髪を口に入れ、歯でしっかりと噛みながら更に引き千切る。

怒りをぶつけるように咀嚼し、喉を鳴らしお茶と共に胃の中へ運んだ。

苛つき、怒りに任せて幾度となく無我夢中で髪を口に入れていくが、髪は部屋から消えることなく、しれっと落ちている。


気がつくと、部屋の中は自分の胃から出てきたであろう吐瀉物で満たされていた。

吐瀉物に塗れた髪の毛が蠢いている。その姿は死にかけた芋虫のように見えた。

ふと顔を上げると女性がいた。

顔は部屋に広がる吐瀉物のように滲んでよく見えない。

顔は見えないのだが、女性は美しく煌びやかに思えた。その女性からは憐れみのような、同情にも似た感情を向けられている気がした。力が抜けていき、自分の身体が解けていくような、バラけていくような感覚を覚える。女性を見上げながら、自分がちっぽけで非力な芋虫のようだなと思った。

気がつくと女性の姿は消えており、手に持っていたペットボトルから零したであろうお茶が部屋に撒き散らかされていた。髪など何処にも見当たらない。

幻であったのかと思いつつ、床に目をやる。

ちっぽけな芋虫が溺れ死んでいた。

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日常に紛れる話 猫科狸 @nekokatanuki

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