第3話 死後の叫び【一部実話注意】

 看護師だった義理の母(以下、母)が言うには、病院で起こる不可思議な現象。いわゆる心霊現象に属する類いの出来事は、割とよく起こることなのだそうだ。


 僕が長年共にしてきた持病の腎臓病で検査入院をしていたときのこと。暇潰しにと病院内のコンビニで買った有名なホラー映画の小説版を読んでいたら、見舞いに来てくれた母が「よく病院でそんな本読めるわね」と言って、勝手に話を始めたのだ。


 病院での心霊現象といえば、亡くなったはずの入院患者の部屋からナースコールが鳴るとか、深夜の病棟で謎の黒い影を見るとか、その辺りが定番だろうと思うが、それはごく当たり前に起こることらしい。母曰く、「安定してたはずの患者さんの容態が急変して亡くなってしまうくらい」起こるらしいが、なんとも不謹慎な例えの上、それがどのくらいの頻度で起こることなのかさっぱりわからなかったので、「ふーん」と相槌を打つだけにとどめておいた。


 他にも母が経験(遭遇?)した心霊現象として、亡くなった患者さんの病室を通ったときにお経が聞こえたけど、もちろんドアを開けた先には誰もいなかったとか、深夜、誰もいないはずなのに洗面所の蛇口が勢いよく開かれて水が流れたとか、なぜか線香の臭いが漂う部屋の患者さんが数日後には亡くなっていたとか、いろんな現象を紹介してくれた。


 どれも遭遇したら忘れようにも一生忘れられなそうな背筋が凍りつくようなエピソードだったが、それを淡々と話す母の様子にやっぱり人の生死と向き合うような看護師をやっていた度胸のようなものと同時に、若干の怖さを感じてもいた。


「その中でも飛びきり怖い出来事があったのよ」──と、母は急に小声でそのエピソードを話し始めた。





 あれは、救急車で搬送されてきた高齢の男性だったわ。そろそろ根雪が積もるかというくらいの冬の始め頃。そう言えばとても寒かった日なのよね。ほら、雪が積もる前って逆に寒いなあって感じるじゃない。風が冷たくて、体が凍えるような。


 ああ、そうそう。それでウチの市立病院に男性が運ばれてきたのよ。脳梗塞で手の施しようがなくて間もなく亡くなってしまったんだけど。


 それで、救急車に乗り合わせた息子さんがすぐに家族へ連絡を取って、息子さんの奥さん、お孫さんが駆け付けて、霊安室へエレベーターで向かったのね。私ともう一人の看護師と、あとご家族と亡くなった男性の何人かしらね。……えっと、6人かしら。エレベーターに乗り込んで、霊安室のある地下2階のボタンを押したの。


 そしたらすぐにドアが開いて。誰かが乗り込もうとして開けたのかなと思ったんだけど、外には誰もいなくて、まあ、狭いエレベーターだから、ご家族かあるいはベッドの端とかが開くボタンを押ささったのかなって思って、もう一度閉めるボタンを押したの。


 そしたらまたすぐに開いてね。みんなでボタンに触れていないか確かめたわ。で、もう一度閉めるボタンを押したんだけど、また開いて。重量オーバー? エレベーターの故障? とかいろいろ考えてたら、ドアが閉まって、今度はようやく動き始めたの。


 ご家族の方はお互いに目を合わせて「何か変だったよな」「お祖父ちゃんかしらね」なんて話をしてたんだけど、私は体の震えや冷や汗を隠すのに必死だったわ。


 後から同乗した看護師にも聞いたけど、何にも聞こえなかったって。だけど、私、確かに聞いたのよ。


「おい、おれはまだいきてるぞ」──って。





 この話は、実際の体験を元に脚色しています。ここから先は、その体験をそのまま書いているので、まあ自己責任で読んでいただければと思うのですが。悪霊とかじゃないのでたぶん、大丈夫だろうと思います。


 何年も前に僕の義理の祖母が急に倒れ、病院へ搬送されてそのまま亡くなったことがあったのですが、駆けつけたときにはもう息を引き取っていました。そして、この話と同じように地下にある霊安室までエレベーターで向かったのですが、看護師さんがドアの開閉の閉じるボタンを押すと、なぜか開いてしまいました。僕らはボタンを押していないかどうか確かめてもう一度、閉じるのボタンを押してもらったのですが、閉じたと思ったらまた開く。


 2、3度繰り返されたところでドアは閉まり、そのあとは無事に霊安室まで行けたのですが、僕はもう不謹慎ながら冷や汗でいっぱいでした。義理のお父さんとお母さんの顔を見ても明らかに動揺していて、きっと同じことを思ったのだろうなと。


 さすがに声までは聞こえませんでしたが、義理の両親の家系は霊感が強い人が多いので、もしかしたら──なんて今でも思います。


 そういうわけで(?)結婚する前は、ほとんど遭遇しなかった怪異でしたが、結婚後は割と体験するようになったので、このシリーズのどこかで話ができればと思います。

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