第2話 他言無用

「いいですか。これは他言無用ですよ」


 Oさんは恐る恐る話をし始めた。


「私の家は代々呪われているんです──」


 Oさんはプライバシーのために記すことはできないが、日本で数十人しかいない珍しい苗字の持ち主で、それは由緒正しい身の上を証明もしている。そのOさんの家はある不吉な呪いが掛けられているというのだ。


 それは、成人になると同時に起こるらしい。一体何が起こると言うのか。


「女がね、現れるんですよ」


「女……?」


「女と言っても姿は見えないし、声も聞こえないんです。ただずっと、張り付くような視線を感じるんです」


 Oさんが成人を迎えた日。家族は、いや屋敷全体が異様な緊張に包まれていた。Oさんは現当主である実の祖父に起こされ、白装束に着替えると寺院へと向かった。


 待ち構えていた住職と僧侶数人に案内されて寺の本堂へと進んだOさんは、共にお経を唱え、寺院裏の滝に打たれた。


 そうして家に帰り、自室に戻ると視線を感じ始めた、と言う。


「どんな感じの視線なんですか?」


「たとえば、部屋にクローゼットがあるんですが、その隙間からジロリと見られているような感じです。視線に気づいてからはどこにいても見られています。家の中にいればドアの隙間や家具の隙間から、外にいるときにはビルとビル、家と家の間から常に視線を感じるんです。周りに何もない草原にいても、草と土の間とか、とにかく少しでも隙間があればそこから覗かれているんです」


「姿は見えないのに、なぜ女だと」


 Oさんの顔が急に青ざめた。


「聞きますか?」


「はい。聞かせてください」


 Oさんは机に両肘を立てて手を組み、その上に額を乗せた。


「女が少しずつ姿を見せるんです」


 話す声が震えている。声だけではない。手も、それを支える腕も震えた。


「髪の長い女だそうです。最初は手から、少しずつ少しずつ体全体が見えていって、その顔が見えたときに……」


 Oさんは口を閉ざした。よほど言いにくいことなのか、上向きにこちらの様子をちらちらとうかがっている。Oさんは手を膝の上に乗せ、しっかりとこちらの目を見て口を開いた。


「その顔がはっきりと見えたときにその人は死ぬんです。そして、ここまで話を聞いてしまうとその人も呪われます」


「え」


 これは他言無用ですよ──Oさんの最初の言葉が頭に浮かんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る