第20話 霊銀
9月になって近藤先輩が大三角羚羊を獲ると言うので、派遣業務終了。
吉田さんを当てにして、オオカミ取得希望者は集まっていたのだが、こちらの都合優先。
フルートで一気にクマエリアを越えて、奥に入る。
木が太くなり、間隔があいているので、こちらが小さくなった錯覚に陥る。
その森の中で小さく見えない、三本角のウォーターバックがいる。
名の元になった地球のものよりがっしりしていて、横幅があり、脚が太い。
大きさはアジアゾウ程度。
8キロエリアのボス的な草食獣型モンスターとしては小さ目だが、敏捷性が高く、正面の円錐の角から強射を撃つ。
獣身化は、今までは大尉以上の職業軍人のやることだった。
二人で近付き、近藤先輩と別れて、巨獣の近くの木に止まる。
9キロエリアのモンスターを見慣れてしまうと、さほど大きいとも思えないのが怖い。
近藤先輩を見て、合図とともに気配を現した。
「ネヤアアア!」
あまり聞いたことのない咆哮を浴びせられた。
僕の方を向いた羚羊の耳の付け根に、強射の気弾が当たる。
たたらを踏んだ前足に、豪突の突きが刺さり、更に強射を撃ち込まれた。
左前足が半ばから千切れ飛ぶ。
近藤先輩は、穂先の砕けた槍を捨て、新しいのを出して、羚羊の後ろ足を撃つ。
首を振って撃とうとするが、体に纏わり付くように飛ぶ人間を撃てない。
後ろ足も豪突で何度も刺され、ついに折れて倒れた。
首を刺されて強射を撃ち込まれ、結晶に変わった。
元の羚羊はくすんだ灰茶色だったが、栗毛になって現れた。
「おお! やったな近藤!」
「おう、皆、感謝する! まさか夏休みにこの体が手に入るとは! ガハラには、感謝のしようもない!」
凄い大声で、感謝されたんだかされてないんだか、された。
入り口まで獣身で帰る。
キンクマさんも出迎えてくれた。
「年々早くなっているとはいえ、夏休みに大三角を獲れるとはね。明日は遠藤君の番?」
「はい、間を開けずに、近藤の勢いを貰いたいと思います」
「頑張ってね。防御力自体は、大三角より低いから、攻撃されなければ、あなたなら灰色を獲れるわ」
「有難う御座います」
祝賀会は、二人纏めて明日の夕食にすると近藤先輩が言って、普通に山羊ステーキを食べて寝た。
これだって店で食べたら本格ディナーなのだけど。
フルートでオオカミエリアまで行き、色物のオオカミは付いて来た欲しい人に任せる。
シカエリアはフルートが通用しないので、出てきたシカには僕が「尻子玉抜き」をする。
足を触っているのに、そんなあだ名が付いてしまった。
アメリカのグリズリーは茶色だが、ダンジョングリズリーはニホンリスの冬毛くらいの灰色をしている。
出来るだけ色の薄いのを探す。
エゾモモンガの冬毛くらいのがいた。
「あれにする」
遠藤先輩が決めて、二人で近寄った。
咆哮があるので、少し離れた木の上で正体を現した。
気配を感じたので、幹を盾にするように動くと、突風が吹いた。
直後に気弾が当たった音がした。
熊にしては長い爪を持っていて、伸びる気も長いのだが、先輩の伸気突の方が長い。
しかも飛び回れる。
偶に槍に伸気斬が当たるが、鋼銀の槍は斬れない。
時間を掛けると不利になったフュージョンモンスターは逃げるのだが、熊では飛べる者からは逃げられない。
削られて結晶になった。
銀色の珠が出て、遠藤先輩が蹲る。
近藤先輩は獣身になって、周辺警戒をした。
暫くして、かなり白に近い銀色の熊が出た。
額のヘッドオーブはアクアマリン。
そこから声が出る。
「ガハラ、感謝に堪えない。みんなにも、幾重にも礼を言いたい」
これが正しい日本語だと思う。
帰って、尻子玉抜きで盗った鹿肉をメインに祝賀会をした。
僕が出張の間、レベリングに付き合ってくれた軍の人も招いた。
小島大佐が来るのは必然。
「まだ二人とも、9キロは無理かな」
「はい適性値が100には届いていません」
「翼もここのを入れて欲しいけどね。ガハラ君どう?」
「冬って、どのくらい寒いんですか?」
「怖がるほど寒くはないのよ。フィンランドじゃないんだから」
「俺等なら春休みでも早いから」
「そうね、無理に冬休みにこなくてもいいかな。せわしないし」
春休みの方が、行事もないし長いから。
「決まったら連絡しますので、お願いします」
「ええ、待ってるわよ。で、明日はどうする? つかさちゃんに絶叫入れる? 彼女は100越えてるでしょ」
「お願い出来るならお願いします。護身用に入れておきたいです」
ダンジョンの外でも、ハリセンくらいの威力がある。
8キロでのレベリングは吉田さん一人でも、魔除け以外にバフも間に合うようになっている。
つかさちゃんに絶叫を入れるためなのに、翼と絶叫が欲しい人が付いて来る。
久しぶりの鼓舞の舞の威力は予想以上で、失敗は一度もなかった。
四つ足地鶏の他に、角が8本生えた大蛇のアシナシ牛とか、顔の大きな毛の生えたステゴサウルスの板負い羊も獲った。
みんな肉の味で名前を付けられている。
あまりの戦い易さに軍の人達が感動する。
キンクマさんが無茶を言い出す。
「8キロに付いてたのから話は聞いてたけど、これ程とはね。ねえ、左行って見ない?」
「見ないです」
「せめて、ここの奥とか」
「そのくらいなら。明日ですか」
「そうね、明日は早目に奥に行きましょう」
途中の食用モンスターを獲らず、真ん中より奥と思われるエリアまで飛んで行った。
「この先は、霊銀がお山から出るのよ。でも、モンスターが強いから探求者は来てくれなかったの」
5メートルの茶色い雪男が群れで出て来る処に来る、非戦闘職がいるはずもない。
剛力のオーブが面白いように盗れて、全員の戦力強化になった。
戦闘が終了して最初の宝の山から、灰色の銀の腕輪が二つ出た。
見た目は鈴腕輪だ。
「これは霊銀よ。使えないと何だか判らない」
鈴腕輪だろうと言うことで、つかさちゃんに装備させた。
霊気を通すと僅かに光って、妙音の響きが金とは違う。
「今まで出たことがないわ。使える人間が来ないと出ないとかあるかも。明日は吉田ちゃん連れてこよう」
「向こうはどうなります」
「レベリングはこっちの部隊を入れて数を獲るから大丈夫。狼が獲れなくなるだけ。霊銀のフルートや手琴が出た方が戦力増強には大事」
霊銀の仮面や、直径20センチ、長さ1メートル半の霊銀の棒も出る。
仮面は防御力の他に精神攻撃半減。
エッチングしたような模様が入っている。霊銀は腐食しないのだが。
装身具にも加工出来るので、つかさちゃんのニプレスとファウルカップ、サンダルを新調した。
出て来る霊銀は鉄灰色なのだが、鏡面仕上げに出来て、不思議な煌めきを放つ。
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