第18話 キンクマさんからのお願い

 金のフルートがレアモンに効かなかったのを軍に報告すると、食後でいいから話を聞かせて欲しいと言われた。

 食後じゃなきゃヤダ。軍が奢ってくれても、気詰まりだし。

 食後に監視所に行くと、駐屯部隊の会議室に案内された。


 椅子の並んだ大きな長方形の机のお誕生日席に、戦闘服を着た普通の女性が、二人のごつい男に挟まれて座っている。

 階級章が大佐なので、この人がキンクマさんだとしか思えない。

 高速戦士型だったのか。10キロダンジョンの守護者としては、ちょっと頼りない見た目である。

 獣身しか広報に出て来ないのは、こういう事だったんだ。

 お互いに挨拶をする。

 キンクマさんの本名は、小島こじま由利子ゆりこだった。


「呼び立てて済まない。伝聞で齟齬が生じるとまずいので、直接話を聞きたかった。座ってくれ」


 遠近パーティと僕等が左右に分れて座ったのだけど、ケイコ姉が僕を偉い人の傍に座らせた。


「確認したいのだが、8キロ左のノーマルの狼を金のフルートで寄せ付けなく出来るのか」


 僕と遠藤先輩がどっちつかずな感じで見られたのだが、遠藤先輩が答えた。


「ノーマルは寄って来ません」

「霊楽師が6キロより上に入った事がないんだ。戦闘力がないので入ろうとしないし、ミュージシャンで稼げるから。しかし、山羊や猿をどうやって越えてるんだ」

「調伏の舞と制圧の調べの二重デバフで、殲滅と言うより、虐殺です」


 両側にいる人の片方が「そんなばかな」と小声で言って、キンクマさんに睨まれた。


「8キロで通用するデバフは、なかったんだ。能力が低かっただけなのだろうけど」

「霊歌と霊楽の重ね掛けより威力があります」


 入り口付近でレベリングしていた吉田さんが言う。


「明日、見せてくれないか」

「黒狼を獲る予定です」

「赤と白は、いらないのか」

「はい、そちらは希望者が居ません」

「出たら、貰っていいかな。狼が欲しいのは幾らでもいる」

「どうぞ。僕等だと出ても皮剥ぐだけです」


 スキルの受け渡しが出来ないだけで、10人以上でも一緒に入れる。

 あまり大勢で入ると、端の方がいつの間にかお持ち帰りされる恐れがあるので、精々30人が限度と言われている。


 翌日朝から、キンクマさん側精鋭10人とダンジョンに入った。

 キンクマさんの生身のベースはイヌワシだった。

 

「君等、滅茶苦茶だな。漆が原君が特別な義賊なのは判っていたんだが、取得困難の集団じゃないか。他の子はまだ判るが、舞祈祷師が白ミミズクどうやって獲ったんだ?」

「見付けて先制攻撃できれば、そんなに強くなかったです」

「見つからないだろ」

「生命力感知で見つかります」

「なんで、そんなもの持ってる」

「山田のゾンビから盗りました」

「後で、ゆっくり聞かせてくれ」


 いきなりちょっと出遅れたが、全員飛行力持ちなので、迅速に8キロに付いた。

 入ると山羊が威嚇の咆哮を吐きながら迫って来る。

 つかさちゃんが身隠しマントを脱ぎ、吉田さんが打ち琴を構えた。

 手足の金の鈴輪から妙音を流しながら踊るつかさちゃんに畏怖を感じ、打ち琴から聞こえる調べが精神を押さえ付ける。


 走ってきた山羊がひれ伏すように転ぶ。

 僕が需要の高いカシミアを盗ったら、用済みになった山羊の頭を叩いて砕く。僕以外の人がやる。

 生活するならこれで十分のお仕事が終わった。


「サルは仕留めるのが面倒なので、フルートで通っているのですが」

「落ちるのを見せてくれるか。仕留めはこちらでするから」


 猿を木から落として、プロの戦士が手際よく始末した。

 オオカミエリアをフルートを吹いて歩くと、ただの広い森。

 時々ある宝の山から、金の装備や鋼銀の棒が出て来る。


「いました」


 軍の斥候が赤い狼を見付けた。


「気を引くのを、僕がやりましょうか」

「ネコミミズクの力を見せてくれるか」


 取得希望者と一緒に近付いて、ハンドサインで僕だけ木に上がる。

 浮遊があると飛行より隠行が利く。

 目を合わせないように、後ろ向きで隠形を解いてマントを脱ぐと、オオカミが吠えた。

 向こうが勝手に見付けただけで、僕は何もしていない。


 一瞬遅れて、霊障壁に攻撃が当たった爆音が響いた。

 マントを着直して観戦したが、伸気突で一方的に突かれて終わってしまった。強伸突くらいだったかも。


「1対1なら、こんなに簡単なのか」

「不意打ち付きですからね」


 暫くして、遊撃手の人のより少し暗い赤狼が出て来た。


「もう一匹獲ったら帰りだな」


 キンクマさんが言って、白いオオカミを獲って帰った。

 夕食は軍に高級店に誘われた。

 政治家と高級料亭に行く気分。


「や、こんなことになるとは。始めの頃に霊歌と霊楽で試したけど、確かに動きは遅くなるんだが、二人を護る戦力を考えると、かえって危険じゃないかと結論付けられて、それっきりだったんだ」

「舞祈祷師は転職してしまうか、舞台芸術家になるかですから、6キロ以上の戦闘に付き合ってくれる人はいません。チュートリアルの入り口の高級店でフロアショーをやっていれば、収入も観客からの手応えもあるし、能力も上がって行くのですから」

「思いもしないブレイクスルーが起きるのは、歴史上よくあること」


 色々と軍の事情やらなにやら聞かされた。

 僕の下位互換を育成したいので、出来れば協力して欲しいと言うのを遠回しに何度も言われた。


「この後はどうする予定なの」

「9月までレベリングして、二人が熊と羚羊を獲るつもりだったんですけど。まず黒狼獲らないと」

「その後は」

「三角鹿から皮盗って防具にして、後は鹿と熊を交互に獲ってレベリングです。鹿の強射も全員に入れたい」

「鹿皮と強射盗るまでは君が必要でしょうけど、ただのレベリングならこっちの部隊を出せるから、君は9キロ来てくれないかな」

「状況次第ですね。まだ怪盗になってないし」

「なれるんじゃない。適性値100越えてるでしょ」


 入出場の際にカードを見せるので、この人が知らないはずもない。 


 

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