第13話 初めての対人戦(つかさVSトップアイドル)

 入り口に戻ると、撮影隊らしき集団がいた。


「あ、吉田さんだ」


 近藤先輩が知り合いを見付けた。


「吉田さん、お久しぶりです」


 声を掛けられた人がこっちを向く。


「誰?」

「俺です」

「俺もいます」


 遠近コンビは名前を言えばいいものを。


「オレオレ詐欺に知り合いはいない。あんたら、男?」

「あ、そうだ。変身したままだ」

「解いても見た目は女だろ。あんた、城嶋だよね?」


 女性がお嬢に気付いた。こっちは仮面を着けているけど、多分そんなに変わっていない。


「て、ことは、そいつら遠近?」

「そうです。見て判らなかったですか」

「判るか、てか、もうフュージョンした? しかも鳥が5人」

「やってることは軍と同じです。正面でタゲ取って、後ろから奪取持ちに取ってもらいました」

「いくらかかった? 学校が認めたのか。卒業生の大盗賊でも、安くはやってくれないだろ」

「パーティメンバーなんで、ただです」 

「そんなことしてくれる先輩いたか?」

「一年生の義賊です。ガハラ、なんで隠形してんの?」


 面倒な話になりそうだから。


「頼まれたくないことを頼まれそうな雰囲気だったから」

「やっぱりアイドル嫌いなんだ。まともにダンジョン採掘してないからね」


 女性が、判ったもういい、みたいな感じになる。


「そうじゃないけど、やれる事なんだからやれみたいに言われるのがいや」

「そっちね。判る。頼みごとをして来るのに、引き受けて当然、仕事をさせてやるってのは、こっちも良く来るよ」


 話が長くなって、向こうのスタッフが寄って来た。


「相川、どうした」

「ダン専の後輩なんです。一人義賊がいて」

「やったじゃん、後輩なら頼めるだろ」

「それが嫌だって言われたとこ」

「あ、そうか。だめか」


 昔だったらしつこくしてきたんだろうけど、今は芸能界の人間も諦めが早いようだ。

 メインに入れる人間が、ダンジョンの中で強要もないか。 

 相川珠貴あいかわたまきこと吉田友恵よしだともえさんは、名刺をくれただけで別れた。


 夕食後に近藤先輩が何をしたいのか聞いて、妹分ユニットを作りたいのだけど、引き受ける窃取持ちがいないのだと言われたそうだ。

 他の芸能事務所でも変身アイドルを売ろうとして、窃取持ちに頼んだのだけど、窃取に失敗するとわざと外して余分に金を取ろうとしてるみたいな事を言う事務所が多くて、窃取持ち全体に伝わって引き受け手がいなくなったとのこと。

 窃取があれば、もっとドロップ率が良くて、比較的安全な、スキルオーブ取りで稼げる。


 翌日は6キロ左で狩りをした。

 SRのフュージョンモンスターの大森猫がいるので、ケイコ姉は出たら獲りたいと言った。

 毛長ボブキャットで、空跳、伸気斬持ち。森山猫とは全く強さが違う。


 戦力が上がっているので、早い目に奥に行く。

 ビワが生っていたので収穫。漸く全員に採集が生えた。

 モンスターは大型のシカと羚羊、山羊、地球の森林オオカミより一回り大きい狼の群れ。オセロットタイプの大型の山猫。

 鷲もいるが伸気斬しか出さない。


 狼から持久のオーブが盗れるので、希望者に配布。

 これで終わっても有意義だったが、午後の一番で大森猫が出た。

 顔がオオヤマネコのメインクーン。長めの体毛で尖った三角耳にリンクスティップ。

 大きさは豹だ。


 逃げそうになったら奪取して欲しいが、勝てそうなら一人でやって見たいとケイコ姉が言ったので、大木の根元に隠れて見守った。

 バフでの底上げは出来ないが、銀装備の底上げもあって、まともに斬り合って勝った。

硬晶の笹穂槍のお陰もあるのだろうけど。

 髪は赤茶と焦げ茶の斑。

 霊晶甲は赤味の濃いトパーズ。虹彩は薄い琥珀色になった。


 入り口に向かうと、3キロから出て来たスピリットキャッツと鉢合わせした。

 吉田さんがやって来る。


「大森猫獲ったのか。奪取がいれば獲れるんだな」

「いや、彼女は一人で獲ったんです。新二年で、3月生まれですよ」


 遠藤先輩が否定する。


「どうやったんだ」

「スキルを出来るだけ入れて、装飾品で底上げしてます。硬晶の武器もあります」

「そっちが義賊様のお陰か。その子の腕輪、ブレスレットハープだよな。山から出したのか」

「ゾンビ村の奥まで行きました」

「霊楽師でもそこまで行けるか」

「いえ、彼女は舞祈祷師です。新一年で3月生まれですよ」

「何で6キロ入れるんだ」

「彼女の覚悟をダンジョンが評価したんじゃないでしょうか。もう適性値が80越えてます」

「あたし等とは格違いだな。何とか誘えないかって言われたけど、恥ずかしいだけだ」

「吉田さんがこっち来ませんか。俺等、バフなしじゃ戦えない体になって来てるんで」


 遠藤先輩が誘う。


「その子がいるだろ」

「元々俺等は5人で、ガハラのとこが4人なんです。もう一人入れます」

「ダンジョンで演奏できる楽器がないよ。今使ってるんはみんな借りもん」

「これ、使えませんか」


 遠藤先輩が、余っていた鈴腕輪を渡す。

 吉田さんは装備して軽く振ってしゃらしゃらした後、手踊りのようなしぐさをした。

 久しき昔の曲が流れる。つかさちゃんが踊ると自動的に伴奏になるが、霊楽師の職能「演奏」はこの楽器でも曲を奏でられる。

 撮影隊が集まって来た。


「タマキン何やってんの」


 スピリットキャッツのヴォーカルの一人(名前は知らない)が不安げに声を掛けた。


「あたし、引き抜かれそう」


 スタッフの方を向いて、別れのワルツを演奏した。


「ちょっと待って、それ哀し過ぎ」


 吉田さんが演奏を止めて僕等を見る。


「この集団から、こっちに来てくれって言われてるんだよ」

「そりゃ、戦ったら勝てないけど、歌なら」

「歌でどうすんのさ」

「あんたを呼び戻して見せる」


 つかさちゃんが鈴腕輪を鳴らした。


「邪魔してもいいですか?」

「待ってくれ、ここじゃまずい。中はまだ貸し切りだ」


 昨日声を掛けて来たスタッフの人に言われて、3キロに入った。

 対決方法は、10メートル離れてバフとデバフを掛け合って、スタッフの人が吉田さんに触れたら考え直す。

 あくまでも考え直すだけで、最終決定は吉田さんの意思次第。


 つかさちゃんがメインボーカル3人でも良いと言ったので、声を掛けて来た人が切れた。


「絶対掛かるバフと人間には掛かり難いデバフでやり合って、3人を1人で相手するってか。上等じゃない、3人纏めてやってやるよ」


 言ってることが逆だと思うが、これを受けてしまった時点で、彼女たちの実力が判った。

 同じバフは何人で掛けても、一番強い1人の分しか掛からない。

 フュージョンしていて知らないはずはないが、冷静な判断が出来ない。


「用意はいいかい、いくよ」


 その合図でつかさちゃんが隠れマントを脱ぐ。ニプレスとファウルカップも収納してしまう。

 スタッフの人の目が釘付けになった。

 高く上げた手首の鈴腕輪から妙音が流れ、銀のサンダルでステップを踏む。

 スタッフの人が頽れた。


「お許し下さい、あなた様に逆らったのが、間違いです」


 ヴォーカルの人がスタッフに縋りついて、つかさちゃんを見る。


「判った、判ったから止めて!」


 だれの目にも勝敗は明らかなので、つかさちゃんは踊りを止めた。


「調伏って人間に掛けるとこうなるのか」

「人間は生のゾンビってことか」

「舞祈禱師とダンジョンの中で敵対するなんて、先ずないからね」


 他人事っぽく色々言っている撮影隊に、吉田さんが向き直る。


「大勢にあたしの演奏を聴いてもらいたかったんだけど、ライブじゃないとスキルの効果はないからね。歌と違って、ビデオの曲気にしてくれる人はほとんどいない。手ごたえが感じられなくなってたんだ。来てくれっていうとこに行かせてもらうよ」


 相川珠貴の脱退は公式サイトで発表され、ダンジョンマイナーになるので一般人のパーティメンバーのプライバシー保護で、それ以上の情報は出なかった。

 しかし、3キロ前の道で話していたのを見ていた人がいて、タマキンは猛禽類のフュージョナー中心の、ガチ勢のパーティに引き抜かれた、と言う噂が立って、タマキン引き抜かないで、が暫くトレンド入りした。

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