第3話 ぽっちの夏休み

 昆虫天国の入り口にいるのは、1メートルのでかいアリ。

 ドンマちゃんとは硬さが違う。

 窃取出来るのは手の平よりは大きいアリの殻。背中の殻か?

 値段は付かないので、学校に持って行って、錬成師の練習用にしてもらう。


「いいのか、これただで貰って」

「義賊を目指してるんで、こっちにも利益はある」


 ダンジョンマイナー部には当然錬成師になったのもいて、失敗を気にしないでいい素材は喜ばれた。

 向こうのスキルが上がり、僕は適性値が上がる。


 窃取さえ出来ればいいので、奥に行く必要はない。

 アリは度胸を付けるためにいるのか、そんなに強くないし動きもネズミより遅い。

 一日10枚は獲れたので、7月前に窃取のレベルが3になった。

 5になると習得技能になり、転職しても残る。


 マイナー部に行ったら、最近会わなかった阿久津先生がいた。


「どうだ、調子は」

「順調です。窃取が3になりました」

「早いな。アリの殻は終わりか」

「はい」

「シールドバッシュの練習はしているか」

「立木相手ですけど」

「それでもいい。4にするならブイブイとやってみろ。受け流せたら落としやすい。落ちたら、飛ばさなけりゃ同じ大きさの亀みたいなもんだ」

「ありがとう御座います」


 殻の代金とみていいのかな。

 カナブンとブイブイの違いは、顔が丸っこいか四角かなのだそうだ。

 そんなもん判るか。

 2キロエリアの少し奥にはドウガネブイブイと、クロガネブイブイ、レアで銀色のハガネブイブイがいるらしい。

 ハガネブイブイの殻は、このエリアでは上物の額当てや小楯になるそうだ。

 装備していると、ちょっと出来る新人と見られるらしい。16過ぎたら

止めた方がいいとも言われた。


 ドウガネブイブイは、ドンマちゃんとあまり変わらない50センチ強だが、重さがまるで違う。

 まともに受けずに、ただ流すのでもなく、躱して張り倒す。

 落っこちて飛ぶために羽根を開いたら、踏みつける。

 結構な力で逃げようとする。


 体当たり以外の攻撃手段がないので、足の下から逃がさなければ、窃取し放題。

 7月中に窃取が4になり、ハガネブイブイのバックラーと額当てが出来た。

 7月31日の登校日に、今野に会った。

 意外にダンジョンでは会わない。そのくらい広い。


「ガハラ、ハガネブイブイの殻余ってないか」

「全部マイナー部に渡した」

「今度出たら、相対してくれないか」

「もう暫く左には行かない。明日から右3キロでリス狩り」

「お前、もう一人で2キロクリアしたのか」


 でかい体が、大袈裟にのけ反る。


「それはない。窃取上げるためにブイブイ獲ってただけ。リスも同じ。奥の虫より弱い」

「そうか、皮盗ってスキルレベル上げか」

「そういう事。リスの皮なら、先に言ってくれたら相対売り出来る」


 相対は買取所でやって、売る側は買取値で政府に売り、買う側は2割引きで買える。


「ちょっとマリアに聞くわ」


 今野が射手の井月真理愛いづきまりあにスマホで聞いて、あるだけ貰えと言われた。


「どうすんだ、そんなに買って」

「知り合いに配るらしい」


 相対で買ったものを高く転売は出来ないが、同額やただなら構わない。

 記録はその都度申請して残る。

 今野が他人事のように言う。


「しかし、女はリス皮の靴好きだな」

「あの靴は何処から出て来たのやら。なんで消えないんだ」

「原作はどうかしらんが、あれだけは母親の形見で、化けて出た母親のゾンビと王子が結婚させられて、継母親子がぐちょぐちょにされるエロ漫画みたことある」

「エロ漫画なの、それ」


 世の中広いな。あれが母親の形見なら、足のサイズは合うはずだ。

 兎も角、8月中はリスを獲る。窃取が5になっても先に行かない。

 ムササビサイズのリスが、可愛い顔で飛び掛かって来る。

 鋭く細長い爪で、引っ掻くのではなく、斬り付けられる。

 盾で避けざまに胴を斬る。

 ただ落としても跳び上がられてしまう。

 

 後ろ足を刺して跳べなくして、尻尾を踏んで窃取。

 地球のリスはトカゲのように尻尾が切れるのだそうだが、魔物はしっかり付いたまま。

 成功しても失敗しても、1匹には1回窃取でさくっと。

 もたもたしていると、リスはお代わりが来る。


 戦闘は順調だったのだが、3キロエリアだからか、リスだからかは判らないが、ネズミを獲っていたときはそれ程でもなかった性欲が、我慢できないレベルになってしまった。


 体が超人化するのに、生殖能力や性欲が元のままなんてのは、全年齢の子供向け小説でしか起こりえない。

 戦闘力と精力は比例するのが常識で、霊気が実体として感じられるようになってから、余剰霊気排泄介助と言う仕事が生まれた。


 吸収し切れない経験値を排泄させてくれるお仕事です。

 リスの皮がそれなりの値段で売れるので、外の監視所に付随している施設にお世話になる余裕が生まれた。


 誰がどれだけ稼いでいるかは判らないように売買されているので、独り働きの盗っ人に、性的興味を持ってくれる年の合う女の子はいなかった。 

 盗賊はそこそこ稼げていても、先に発展がないのが普通。

 名うての盗賊になっても固有技能は窃取で、大盗賊で奪取になる。

 義賊は窃取のレベルを上げれば奪取になり、怪盗になれば強奪に出来る。 


 8月の内に収穫が採集になって、野ブドウが生っているのに気付いた。

 融合等級も4級になり、基本技能より一つ上を入れられる。

 9月になって、夏休み中に2キロの昆虫天国をクリアしようと思った。

 奥にはボスはいないが、尻尾が2本のサソリのレアモンがいる。

 これを倒すのが目標。


 コロギーより一回り大きいリオックと、1メートルある跳び回るムカデのゲジゲジが強敵。

 最初に見た人は、おちゃらけた名前を付ける余裕がなかったらしい。

 能力的には既に格下なので、窃取は使わずただクリアする。

 この辺りから何か盗れても嫌だし。

 盾で叩き落として、刀で斬る。どれが相手でも同じ。

 慣れが怖い。こっちの動きも単調になる。


 最初にいたのは普通のサソリ、と言っても口先から尻尾の付け根までで1メートルを少し越えるくらい。

 左に回り込んで、盾で尻尾を牽制しながら、脚を斬る。

一撃では斬り落とせなくても、関節を狙って動けなくすればいい。ついてるとかえって邪魔になるかも。

 背中に廻せないハサミは、意外に役に立たない。


 3メートルの菊池槍で真っ向唐竹割でも勝てるけど、それやったら修行にならない。

 売値の良い特定のモンスターの倒し方を見付けて、一生それとって暮らすならそれでもいいけど。


 隙を見て尻尾を斬ってしまう。

 尻尾がなくても窃取で毒袋が盗れるのだけど、今日は倒すだけ。

 背中にはハサミは届かないので、収納から菊池槍を出して頭を後ろから斬った。

 見た目が怖いだけで、それ程強くない感じだった。

 入り口から2番目だから、こんなもんか。


 1週間したら、動けなくして尻尾を斬る、でルーティンが出来てしまった。

 真っ向唐竹割とあんまり変わらない気がしてきた。

 リスより奥に行こうかなんて考えていたら、11日目にツインテールが出た。

 他のがいないのを確認して、石を投げてハサミの攻撃範囲を確認する。

 盾と軍刀を仕舞い、2メートルの菊池槍を出す。


 低く水平に跳躍してハサミを避けながら横に回り込む。

 後ろを取られないようにサソリも回るけど、僕の方が速い。


(誰かが前で気を引いていてくれたら、楽に回り込んで尻尾を斬れるんだけど)


 圧倒的な戦闘力があるなら兎も角、ぽっちでメインダンジョンなんて無理だと今更ながら思う。

 尻尾は振り回せはせず、刺すだけなので、後ろを取ってしまえば槍を水平に振るだけで刈り取れる。

 2本あっても変わらなかった。

 窃取で毒袋を狙ってみたが、盗れなかった。後ろから唐竹割。

 あんまり勝った気がしなかった。


 学校が始まるまで、残りの日はリスを獲って暮らした。

 仲間を見付けないと、このまま一生リス獲りかもしれない。

 大勢で狩りをすると収入は減るが、経験値は増える。

 討伐したモンスターから出る気は、周囲にいる人間が同じ量を吸収出来るのだ。

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