第20話 ルールシェイドが踏んでいた(3)

 ユーリシェラが出て行くと、今度こそ、本当に静寂が戻ってくる。


 俺は一人になり、余裕が生まれた。


 まずは、ソファーに腰かける。


 自分から云うのは違和感しかないけれど、現在の俺は、貴族である。それも、公爵家の嫡男という恵まれた身分であるから、起床後、朝の身支度に慌ただしくなる必要はない。


 身の回りのことは、他人任せが正解となる。


 ルールシェイドの記憶でも、身の回りのことはすべて、専属の女官たちがやってくれていた。俺は、大人しく待っていれば良いわけだ。


 今は、ほんのわずかな空き時間。


 朝一番からヒメカミの嫌がらせを受けたので、ゆっくり休憩――とは、云っていられない。


 妹の命にはタイムリミットが設けられている。


 片付けるべき問題は山積みで、この瞬間も、そうしたもののひとつが、まさに目の前に浮かんでいた。





【SYSTEM MESSAGE】


 新しいジョブを獲得しました。


 NEW 『悲劇のヒロイン』


 現在のジョブは『偽神の使徒』です。


 ステータスが最大となるように自動調整します(この設定はオプションからいつでも変更可能です)。


 調整後のジョブセットは以下の通りです。


 メインジョブ『偽神の使徒:Lv.1』

 サブジョブ1『悪役貴族:Lv.1』

 サブジョブ2『悲劇のヒロイン:Lv.1』

 サブジョブ3『未設定』

 サブジョブ4『未設定』



 × × × × ×



 ジョブ『悲劇のヒロイン』がレベル1になりました。


 新しいスキルを獲得しました。


 NEW 『白魔法』



 × × × × ×



 ジョブ『悲劇のヒロイン』がレベル1になりました。


 新しいアビリティを獲得しました。


 NEW 『逆境』

 NEW 『アンラッキー』



 × × × × ×




 目の前に浮かぶのは、システムウィンドウ。


 俺は、半透明の画面をにらみつける。


 こいつは、ユーリシェラが最後に立ち去るところで、唐突に出現した。通知画面を表示するだけでなく、『リアライズ・リロール』で新しい仲間が加入するときに流れるBGMまで、わざわざ再現してくれるというオマケ付き。


 何が起きたかは、簡単に理解できた。


 理解できるものの、俺はじっくり考え込む。


 ゲームにならって簡潔に云うならば、「ユーリシェラが仲間になった」ということだ。システムウィンドウはそんな風に告げている。


 仲間。


 『リアライズ・リロール』はオーソドックスなコマンドRPGであるから、【仲間】の意味も、普段からゲームで遊ぶような人ならば、そのままの意味として通じるはずだ。あえて堅苦しく定義するならば、「パーティーに編成できるようになったプレイアブルなキャラクター」という感じだろうか。


 もちろん、それはゲームの話である。


 本当の人生リアルにおける仲間の定義は、ゲームとは異なって然るべきだ。俺は、そんな風に思う。あるいは、そんな風に願っておきたい。


 厳密に云えば、システムウィンドウは「ユーリシェラが仲間になった」とハッキリ表示しているわけではない。ユーリシェラに秘められた【ジョブ】の獲得を知らせている。だが、『リアライズ・リロール』というゲームでは、両者はまったく同じ意味を持っていた。


 『リアライズ・リロール』のプレイヤーキャラクターには、単純なレベルアップ以外にも、特徴的な育成要素がある。【ジョブメイク】と呼ばれるそのシステムは、仲間たちの【ジョブ】を組み合わせてプレイヤーを強化していく。


 要は、キャラクターのビルド。


 例えば、戦士のキャラクターが仲間になれば、プレイヤーキャラクターは【戦士】のジョブを新たに獲得できる。メインジョブ、あるいはサブジョブにセットすれば、【戦士】のスキルやアビリティが使用可能となり、ステータスも【戦士】の特徴である生命力や筋力が上昇する。


 付け替えは、自由に可能。


 セットできるのは、メインジョブとサブジョブを合わせて5個だけど、組み合わせ次第で近距離の物攻役、遠距離の魔攻役、支援役や回復役、あるいは、戦闘能力を度外視したアイテム生産役など――様々な役割のキャラクターをビルドできる。


 そのため、たくさんのジョブを集め、育てることが、最強キャラを作り上げる前提条件になっていた。


 仲間キャラクターは、108名が存在する。


 つまり、ジョブもそれだけの数が存在する。


 俺は、『リアライズ・リロール』をやり込んでいた。すべてのジョブのデータが頭に入っている。まあ、細かい数値まで暗記しているわけではないけれど、強力なジョブ、便利なジョブ、一発芸みたいなネタのジョブ……どのように獲得できるか、どのように組み合わせるべきか、そうした重要なポイントはちゃんと覚えている。


 だからこそ。 


 俺は、システムウィンドウに表示されているジョブの名前から目が離せない。


 メインジョブにセットされている『偽神の使徒』。


 それから、サブジョブに組み込まれている『悪役貴族』と『悲劇のヒロイン』。


 いや……。


 なんだ、これ?


 俺は、こんなもの、知らない。


 いずれも、プレイヤーのジョブとしては見たことも聞いたこともなかった。少なくとも、オリジナルの『リアライズ・リロール』には存在していなかったはずだ。


「傑作だな」


 俺は、苦笑いする。


 冷静に考えてみれば、わからなくもない。


 ヒメカミ、ルールシェイド、ユーリシェラ……この中に、『リアライズ・リロール』で仲間になるキャラクターは一人もいない。仲間にならないのだから、彼らに秘められたジョブが手に入るはずもなかった。


 『リアライズ・リロール』の熱烈なファンならば、ラスボスであるヒメカミ、裏のヒロインと呼ばれたユーリシェラ、この二人が仲間になり、ジョブが獲得できたならば、コントローラーを破壊するぐらいに狂喜乱舞である。


 ……え? ルールシェイド?


 こいつのジョブは、ノーサンキューだろう。


 誰も、いらない。欲しがらない。


 すべてのプレイヤーから嫌われているので、仕方ないね。


 俺も、ちょっとワクワクしていた。味が無くなるまで噛み続けたガムに、今さら斬新なフレーバーが追加されるとは思わなかった。震える指先で、システムウィンドウを操作していく。


 ひとまず、ジョブ『偽神の使徒』の詳細をオープンしてみるが――。


「はあ?」


 思わず、俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。


 ドアを控えめにノックする音が、このタイミングで響いてきた。

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