第15話 ラスボスに踏まれる(5)
『貴様の名前? ああ、舐めているのか?』
ヒメカミは俺の想像していたよりも、ハッキリと怒りをたかぶらせた。ふざけていると思われたか? いや、たぶんそれだけでは無さそうだ。
ヒメカミはカッと怒りに目を見開いたものの、次の瞬間には、思い直したように目を細めていた。やはり、何かを考え込むような様子――。俺の問いかけはシンプルなものだけど、真意がつかめないらしく、あれこれ深読みしているようだ。
そのように深刻に考えはじめるぐらいには、俺に対して、そもそも思うところがあったのかも知れない。
「もしかして、自信がないのか?」
俺が追い打ちをかけると、ヒメカミは再び、両手を伸ばしてきた。
先ほどのように、首が絞められる。
待て。
ちょっと待て。
おい。
待て待て待て。
死なすな。そう何度も。
舌打ちぐらいの頻度で、やるもんじゃない。
そこまで軽いものだと思いたくはないぞ、俺の命。
『腹立たしい。だが、クソ虫ごときが、蛮勇で神に謎かけをするならば、堂々と答えてやるべきだろう。我の優しさに、感謝の祈りでも捧げろ』
ヒメカミは吐き捨てる。
『我は、確かに、ユーリシェラの身体に転生してから何年間も眠っていた。知恵は衰えていないが、知識に足りない部分は多い。最近の人類どもの勢力図だとか、今世の勇者だとか、目覚めたばかりでわかっていないことはたくさんある。だからこそ、使徒となった貴様には色々と働いてもらう必要があるわけだが――いずれ公爵家を継ぐ者であれば、お勉強ぐらいがんばれるだろう? 頭の中をのぞき込まれたのに、名前も見抜かれていないと思ったか、ルールシェイド・デスディオン?』
……。
……。
……マジか。
なるほど、予想外の展開だけど、面白い。
「ルールシェイド・デスディオン……まあ、間違っていない。俺は、ちゃんとルールシェイドのつもりだ。でも、違う……。いや、半分は正解という感じかな? ありがとう、ヒメカミ。ちゃんと確認できて良かったよ」
ヒメカミが、こいつは何を云っているのか、みたいに目を丸くする。
実を云えば、俺もポカンと目を丸くしたい気分だった。
念押しの意味で、告げてみる。
「トオル」
『トール?』
「ああ。通じないならば、忘れてくれれば良い」
『待て。話の流れでわかる。バカにするな。我を、哀れんだような目で見るんじゃない。殺すぞ、殺すぞ、殺すぞ。……あっ。……。……しかし、どういうことだ? トールと、それがお前の名前ということだろう? ルールシェイドではなく?』
【SYSTEM MESSAGE】
あなたは死亡しました。
これまでの死亡回数は2回です。
……。
……いや、まったく。
脅し文句かと思っていたけれど、ナチュラルに、途中で殺されていた俺である。
ヒメカミが『殺すぞ』と連呼する最中に、勢いあまったのかも知れないけれど、断続的に絞められていた俺の首がボキッと逝ってしまった。
いや……。
だから軽いって、命が。
数秒で生き返る俺も、どうかと思うけれど。
一回目は、たぶん窒息死だった。二回目は、首が折れた。身体的なダメージで云えば、後者の方が酷いだろう。神経が損傷すれば、身体の麻痺だとか後遺症が残る可能性だってあるはずだ。
しかし、全快している。
生き返った俺には、痛みも苦しみもない。
ゲームで云うならば、ライフが満タンで復活するタイプの蘇生らしい。……ああ、心底よかった。ライフが毎回1だけで復活するとか、想像すると地獄である。
「おい、やめろ。これ以上は、首に手をかけるな」
俺は文句を云うものの、聞いてはもらえないようだ。
ヒメカミは現在、俺の生と死には興味がないらしく、せいぜい癇癪をぶつけて気持ちを落ち着けるオモチャぐらいの扱いなのか、もはや視線を向けても来ない。
ただ、ボーっとしている。
ヒメカミは無言で考え込みながら、その表情には盛大に『?』を浮かべていた。
狼狽していると云っても、過言ではないだろう。
上位者としての超然とした振る舞いからはかけ離れたもので、ヒメカミらしくない……なんて、例えば、偽神を信奉する教団関係者ならば愕然とするかも知れない。
だが、俺は、特に違和感を覚えない。まあ、それなりに彼女のキャラクター性を理解しているからだ。
「わかるだろう、ヒメカミ? わかっているのに、認めたくないだけだ。頭の中をのぞき込んだけれど、全部は見えなかったな。いや、むしろ、クリティカルな部分はまったく見えていないぞ」
言外に、マヌケと云ってやる。
二回も殺されたことに対する、ささやかな意趣返し。
『……黙れ。人間ごときが、生意気に……。神を愚弄するか? 黙れ、黙れ、黙れ……。違和感ならば、最初から気づいていた。いや、むしろ、最後まで違和感しか存在しなかった。ルールシェイド・デスディオンの記憶は隅から隅まで調べてやったが、我に関する情報は何も出てこなかった。ただの、バカ……結果から云えば、貴様はそんなクソガキでしかなかった。心底、どうでも良い人間だった。いやいや、人間の中でもかなり低俗で、劣悪で、腐り切った性根の持ち主だったぞ』
「そいつは、どうも」
ルールシェイドがディスられても、まあ、気にならない。『リアライズ・リロール』を何度もプレイするたび、俺も、ほとんど同じような印象をこいつに抱いていたので、なんだったら悪口大会で盛り上がれるだろう。
『我の結論としては、貴様は底抜けのアンポンタンである。我の使徒に選ぶような存在ではない。だが、無視はできなかった。ああ、認めよう。貴様は、とても面白い謎を秘めた存在である。いったい、どうやった? 無知蒙昧な馬の骨が、どのような魔法や奇跡を使えば、我に関する情報をあれこれ集め、さらに、情報を知り得た過程を丸ごと隠匿することができる? 賢者か、我の宿敵ぐらいだろう、そのような芸当ができるのは』
思えば、ヒメカミは顕現するなり、俺に向けて何かを云いかけた。詰め寄らんばかりの表情で。あれはおそらく、記憶を読み取っても肝心な部分が出て来なかった……そのことに対する文句だろう。
シーラン森林で何度も口にしていた『貴様は何者だ?』という問いかけを、改めて繰り返すつもりだったのかも知れない。
もちろん。
俺は、何も隠していない。
そのような
何が起きたかは明白である。ヒメカミが読み取った記憶は、この身体、ルールシェイド・デスディオンのものだ。かつての【俺】の記憶については、まったく触れられていない。【俺】という存在がルールシェイドの身体に収まっていることにも、ヒメカミは気づいていない。
『おい、貴様……なにを、勝ち誇ったような目で笑う? 殺すぞ』
【SYSTEM MESSAGE】
あなたは死亡しました。
これまでの死亡回数は3回です。
……。
脅し文句は、脅し文句として使用してほしい。
有言実行は美徳だろうけれど、『殺す』と脅しておいて、俺からの返答を待つことなく、次の瞬間には心臓めがけて振り下ろされていたハンマーパンチ。コンパクトな衝撃が、俺の身体の内側に浸透して、心臓を含めた臓器のいくつかがボンッと吹き飛んだ。
窒息。骨折。内臓破裂。
三段重ねのアイスクリームを注文したときはワクワクするけれど、死に方のバリエーションの三連チャンは、ドキドキも通り越して心が無になっていく。
痛いとか、苦しいとか、一度も感じる暇すらなく、ただビックリしただけで終わる。気が付けば、死んでおり、気が付けば、生き返っている。
ああ、傑作。
笑えないけれど。
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