第14話 ラスボスに踏まれる(4)

【SYSTEM MESSAGE】


 あなたは死亡しました。


 これまでの死亡回数は1回です。




 俺は、死んだらしい。


 ほんの束の間の出来事に過ぎず、覚悟も自覚もできなかったけれど、ご丁寧にその事実が突き付けられていた。


 終わりかけの電球みたいに、俺の意識は一時的にチカチカと途切れたかと思えば、それから大した時間もかからずに復旧――。すると、目の前にはシステムウィンドウが浮かんでおり、わざわざ『あなたは死亡しました』なんて、必要があるのか無いのか、よくわからないメッセージをよこしていた。


 普通は、死ねば、人生そこで終わり。


 死亡通知なんて、当人にはまったく無意味だ。


 まるで、馬鹿にされているように思えた。


 間髪入れずに、消えろ、と――。


 念じれば、システムウィンドウはピッと音を立てて見えなくなる。


『死の味わいは、どうだった?』


 システムウィンドウは相変わらず、俺だけに見えているものらしい。


 邪魔なものが消えたかと思えば、間髪入れずに目の前に迫りくるのは、ヒメカミの邪悪な表情である。勘弁してほしいね。ユーリシェラはあんなに可愛らしいのに、こちらの偽神は、まったく同じ顔で、よくもまあペイントレスラー以上のド迫力が出せるものだ。


 機嫌は悪くないようで、ニコニコと、とても楽しそうに問われる。


『気持ちよかった?』


 首には、ヒメカミの指が絡んだままである。


 人差し指が、くすぐるように、俺のうなじを撫でている。


 一方で、親指は、戯れにもう一度殺してしまおうかというような、猫の尻尾みたいに気まぐれな動きを繰り返していた。喉をギュッと押し込まれるたび、死の予感がサッと忍び寄る。


 俺は反射的に、ヒメカミの手を振り払おうとした。だが、8歳の細い腕は、見た目と裏腹に、異常なぐらい力強くてビクともしない。


 逃れようとするのに、どうにもできない俺の無力さ、滑稽さが気に入ったのか、ヒメカミはむしろ逃さないと云わんばかりに身を寄せてくる。


 ベッドに上がってきて、首を絞めたままの勢いで押し倒してくる。


 シーラン森林と同じく、馬乗り。


 グッと、数秒、呼吸をできなくされる。


『もう一度、逝く? それとも、お子さまには刺激が強すぎたかな?』


 あざけるように云い捨てて、ヒメカミはようやく手を放してくれた。


 俺は、動けない。


 死んだ、という事実。


 あまりに呆気ないもので、痛みや苦しみを反すうできないぐらいだ。理解がようやく追いついて来てから思うのは、死亡だけでなく、復活もワンセットで体験したという奇妙さ、薄気味悪さ。


 正直に云えば、徹夜で仕事中に寝落ちしてしまい、十秒ぐらいでハッと覚醒するのと、大差ないような出来事ではあった。しかし、そんな風に軽々しく感じている自分自身が、なんだか冒涜的に思えてしまい、やはり気持ちの良いものではなかった。


 死んで、生き返る。


 人類でこれを経験したのは、俺かキリストか、ぐらいのもの?


 そんな風に考えると、まったくもって恐れ多いね。


『初体験はどうだったかな?』


 ヒメカミは、相変わらず、ニヤニヤと。


 しかし、俺は気づいていた。


 冷静になってみると――。


 別に、初体験ではないという事実。


「せっかく手間をかけてもらったのに、悪いな」


 俺は、ため息と共に告げる。


「死ぬのも、生き返るのも、二回目だから、慣れたもんだよ」


 現実で、トラックに轢かれて、死んだ。


 異世界で、ルールシェイドとして、生き返った。


 そういえば、そうなのだ。


 二回目だった。


『なにを、わけのわからないことを――』


 ヒメカミはムッとしたようだが、すぐに黙り込んだ。


 俺から視線を外して、なにかを考えるようなそぶり。


 一方で、俺は、そんな態度に疑問を抱いていた。


 シーラン森林で、最後の場面――。


 ヒメカミは、俺を、偽神の使徒として選んだ。意識を失っている間に行われた契約であるから、具体的に何がどうなったのかは知らないけれど、とにかく結果は理解できている。そして、契約が結ばれる前段階として、ヒメカミは、俺の記憶をすべて盗み見ているはずなのだ。


 俺も、意識を失いながら、ヒメカミを拒むことなく受け入れていた。


 見たいならば、お好きにどうぞ、と。


 むしろ、その方が助かる、なんて。


 もし、俺の、すべての記憶を見たならば――。


 異世界だとか、転生だとか、すでにわかっていなければおかしい。茶化すような先の言葉についても、意味はちゃんと通じるはずだった。


 それなのに、彼女の反応はまったく要領を得ないものだ。


「ヒメカミ」


 思い付いた質問をしてみる。


「そう云えば、まったくなにひとつ、自己紹介をしていなかった。失礼……。でも、この頭の中を好き放題にのぞき込んだはずだから、今さら必要ないのかな? 野暮なことを訊くようだけど、まあ、念のため、ただの確認ぐらいのつもりで……なあ、ヒメカミ?」


 なんでもないようなクイズで、ちょっと試してやる。


「俺の名前は、わかるよな?」

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