第10話 運命を破壊する(2)
圧倒的な力の誇示。
殺されたのは、ヒメカミを信奉する教団の人間である。ヒメカミも、そんなことはわかっているはずだ。己の配下に等しいものたち。わかったうえで、ティッシュを何枚か無駄遣いするかのように、あっさり殺す。
唖然とするべき場面かも知れないが、普通の反応を見せても面白くないだろう。俺は努めて、表情を崩さなかった。
『おや? 一人では、足りないか?』
ヒメカミが、ひらひらと片手を左右に振った。
一人、また一人と、首が落ちていく。
『どうだ? 恐いか?』
「いや、むしろ……」
俺は少し考えて、素直な気持ちを告げる。
「敵が減るのは、助かる。ありがとう」
ヒメカミは礼を云われたことに対して、一瞬、キョトンとした表情になる。
『我に、感謝を告げるか? なんとも、不愉快な小僧だ』
ヒメカミは両手を高々とかかげた。
それから、ストンと振り下ろす。
次の瞬間、首の落ちた敵も、まだ無事に残っていた敵も、すべて燃え上がり始める。片付くまで一瞬だった。あちこちで轟々と火柱が立ち上がったかと思えば、灰となり、散る。まるで最初から人間など居なかったかのように、痕跡もなく消滅してしまった。
『ああ、可哀想に。時間停止に引っかかったままでは、死んだことにも気付かない
ヒメカミは相変わらず、笑顔で脅してくるけれど――。
こちらの答えなんて、予想が付いている様子だった。
俺というキャラクターを、理解し始めている。
だから、おそらく、半分は冗談交じり。
言葉に冗談が交じるぐらいに、なった。
「殺すならば、俺の魂は食べ残さないで欲しいな」
俺も、わざとらしく冗談を返した。
ヒメカミは笑わなかったものの、感心したように目を細めた。
『我が
殺気や敵意が、明確に薄れていく。
もちろん、気は抜けない。
それでも、だ。
これは間違いなく、望むべきルートに入った。
「ありがとう。重ねて、感謝を申し上げるよ」
『ほう? なぜ、我にまた礼を云うのか?』
「だって、敵を全部片づけてくれた。本当に助かるよ」
『同種たる人間を惨殺されて、喜ぶ。貴様は面白いな。本気で、心から、我に親愛の情すら向けている。小石ほどの恐怖と、鉛のような愛情……後者は、この身体の持ち主に対してか? 我と、ユーリシェラは、まったくの別物だ。混ぜて考えるなよ、小僧?』
「わかっているよ」
ひとつの身体に、ふたつの心。
口では何と云おうとも、ユーリシェラとヒメカミは運命共同体である。
「俺と契約しろ……使徒として、俺を選んでくれ。お前が、ユーリシェラではないことなんて理解している。それでも、同じ身体だろう。だから、お前のために魂を狩り集めることに意味や意義を見出せる。やってやるさ……。妹のためならば、世界を滅ぼすことだって、何だってできる。だから、俺を――」
『我に、指図するな。うっかり、殺してしまうぞ?』
「ああ、別にいいぞ。殺すならば、殺してくれても」
『ほう。やせ我慢……では、ないな。貴様はずっと本気だ』
ヒメカミは、ジッと見下ろしてくる。
興味を持たれていることを自覚しながら、俺はゆっくり言葉を続けた。
「契約してくれるなら、その後は、煮ようが焼こうが、好きにしろ。俺を喰らうと云いだしても、まあ、我慢するさ。手足の一本ぐらい、お好きにどうぞ。契約したら、不死になるんだから……オモチャとして殺されまくるのも、最初から覚悟の上だよ」
『……お前、何者だ?』
契約とは、偽神の唯一無二の使徒になることだ。
それはまた、人間としての在り方をはみ出し、不死になることを意味した。
本来のメインシナリオでは、偽神をあがめ奉る教団のトップ――この誘拐事件の首謀者たる人物が、ヒメカミの契約者となる。主人公に倒されても倒されても、何度でも平然とした顔で再登場する不気味な怪人のようなキャラクターであるけれど、カラクリとして不死になっていることが見抜かれた後は、海底深くに封印されることで決着が付く。
強く印象に残るボスキャラクターの一人である。
敵集団の
ただし、キャラクターの雰囲気や立ち位置と裏腹に、シナリオの裏側では結構悲惨な感じになっていることが推測される。偽神の使徒という肩書は格好良いものの、悪く云えば、ヒメカミの奴隷みたいなものである。
不死の身体。
壊れないオモチャ。
主人公が活躍する(すなわち、敵の計画が失敗する)展開になると、機嫌を悪くしたヒメカミから説教や折檻という言葉の範疇には収まらないような、過激な拷問(死にまくり)を受けていたことが、色々なフレーバーテキストから読み取れるのだ。
俺も、バカである。
裏設定のようなゲーム知識も、重々承知したうえで――。
それでも、偽神に契約を求めているのだから。
『何から何まで、我のことを知っているぞと、そのような顔をしているな。ああ、どうして? なぜ、知りようもないことを知っている? 我が幼子のように首を傾げるなんて、こんな感覚は何百年ぶりだろうか? 気になる、気になる、気になる……。貴様の頭をザクロのように割って、中身を見てやろうか?』
「わざわざそんな手間をかけなくても、記憶を読み取るぐらい朝飯前だろう?」
『……やはり、それができることも知っているか。我の信奉者というわけではないのに、なぜ我のことを知った? いや、信仰心があったところで、ここまで色々と我のことを理解しているのはおかしい。……ありえない。本当に、貴様は、何者だ?』
首を何度か、左右にふらふらかしげながら、ヒメカミは難しい顔をする。
見た目相応の女の子みたいなしぐさで、笑えるが――。
たぶん、笑ってしまえば、殺される。
俺が黙ったまま見守っていると、ヒメカミが手を伸ばしてきた。
撫でるような手つき。小さな手が額に触れてくる。
『いいだろう。貴様の望み通り、頭の中を覗いてやろう。我がここまで、ちっぽけな人間に興味を抱くのは久しぶりのことだ。光栄に思え。そして、期待外れのつまらない答えを見せるならば、今度こそ本気で殺してやろう』
ヒメカミは陰惨な笑みを見せつけるけれど、俺も負けじと、皮肉な笑みを返してやる。これで乗り切れなければ、どうせ終わりである。せいぜい、最後まで虚勢を張っておく。
「無事に契約することになって、偽神の使徒になるときには、オマケで回復魔法もお願いできるかな? 正直に白状すれば、もう死にそうだ。意識を保つのも限界だから、記憶は勝手に、見ておいて……後は任せるから、どうぞ、よしなに……」
『人間ごときが何を偉そうに、我に頼み事をするなど、万死に――』
ヒメカミがギャーギャー文句を云っているが、ここまで。
ギリギリで踏みとどまってきたけれど、限界を迎える。
俺は、力尽きる。
ヒメカミの小さな手のひらから流れ込む、モヤモヤと邪悪そのものな魔力を感じながら、俺の意識は闇の中に沈んでいく。悲しいことも、情けないことも、この偽神に覗かれてしまうのはシャクだけど、一方で、ホッと安心しているのも確かだった。
異世界転生。
ああ、まったく。
ここまで来ても、バカらしい。
なんて、荒唐無稽な話だろうか。
渦中の俺自身でも、そう思うのだから。
ヒメカミだって、そう思うだろうさ。
普通は、どれだけ必死に説明したところで、異世界だとか転生だとか信じてもらえるとは思えない。ふざけていると勘違いされて、ヒメカミに瞬殺される可能性が一番高いだろう。それならば、記憶を直接読み取ってもらったほうが確実である。
ヒメカミは、どんな風に結論を出すだろうか?
偽神の使徒として、俺を選択するだろうか?
実のところ、心配はあまりない。
この賭けには十分な勝算があった。
自分自身を客観的に分析できるほど賢い人間とは思っていないが、それでも、現状の俺には自信がある。だって、こんなにも傑作な状況、笑えるだろう? 神を名乗るぐらいの上位存在だからこそ、世界のルールを超越する物事に興味を持つはずだ。
考えは尽きず――。
今後も、問題は山積みだろうが――。
さて、いよいよ限界である。
俺の意識は、ここで途切れる。
終わり。
あるいは、始まり。
最後に、ひとつだけ。
闇に沈む間際に、システムウィンドウが強制的にオープンしていた。
【SYSTEM MESSAGE】
新しいジョブを獲得しました。
NEW 『偽神の使徒』
現在のジョブは『悪役貴族』です。
ステータスが最大となるように自動調整(※)します。
※この設定はオプションからいつでも変更可能です。
調整後のジョブセットは以下の通りです。
メインジョブ『偽神の使徒:Lv.1』
サブジョブ1『悪役貴族:Lv.1』
サブジョブ2『未設定』
サブジョブ3『未設定』
サブジョブ4『未設定』
× × × × ×
ジョブ『偽神の使徒』がレベル1になりました。
新しいスキルを獲得しました。
NEW 『裏魔法』
× × × × ×
ジョブ『偽神の使徒』がレベル1になりました。
新しいアビリティを獲得しました。
NEW 『不死身』
NEW 『魂魄喰い《ソウルイーター》』
× × × × ×
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