第9話 運命を破壊する(1)
目の前に浮かび続けるシステムウィンドウ、いい加減に邪魔である。消えろと念じてみたら、本当にピッと音を立てて消え去った。
俺の視界には、邪悪な笑みを浮かべたヒメカミだけが映り込む。
『ほう。臆していないのか?』
俺が、死にかけの状態であることに変わりはない。
脇腹と肩の傷口からは血が止まらず、身体は氷のように冷たくなっている。ヒメカミを目覚めさせるために大声を上げたが、やはりそれが限界だったらしい。
起き上がれない。
万全の状態であれば、うやうやしく頭を垂れていただろうか。相手は、偽りでも神を名乗る存在だ。人間一人ぐらい、虫を潰すよりも気軽に引き裂いてしまう。
無数の包丁を身体中に突き付けられているような気分だった。断崖絶壁の縁で、背中をポンポン押されながら、『さて、どうしてくれようか?』とニヤニヤ笑われているのに等しい。
俺だって、怖いさ。
頭を下げてどうにかなるならば、染み付いたサラリーマン根性をいくらでも見せてやる。でも、たぶん違うのだ。平身低頭するのが、いつも【正解】とは限らない。
ヒメカミの気分次第で、次の瞬間には死ぬ。
だからこそ。
俺は、まっすぐに見つめ合ったままで耐える。
絶対に顔をそらさない。大胆不敵に、笑い返してやる。
『貴様、面白いな』
ヒメカミは、俺に少しだけ興味を抱いたようだ。
10歳のルールシェイドがヒメカミと向かい合うなんて展開は、ゲームの『リアライズ・リロール』には存在しない。だから、ここから先の受け答えの【正解】なんて、俺にもわからない。
ただし、ヒメカミというキャラクターならば知っている。
恐怖を、無駄に振りまくのが大好きなくせに――。
ビクビクと震えるばかりの人間には、興味を持たない。
つまらないと、すぐ殺してしまう。
怖がらせようとして、怖がらない人間には――。
良くも悪くも、関心を持つのだ。
俺はちゃんと理解している。
なあ、ヒメカミ?
生意気に刃向かってくるヤツの方が、お前、好きだろ?
『なぜ、笑う? よく、我の瞳を見よ。恐怖を感じるか?』
「ちっとも……。ああ、いや、それは嘘だな」
ハッタリも、やり過ぎると興ざめだろう。
俺は適度に本心を混ぜる。
「怖いとは思うけれど、それでも妹の顔だぞ? かわいらしいさ」
あおむけで倒れ込んでいる俺。
ユーリシェラは先程まで、そんな俺に覆いかぶさるような形で泣いていた。彼女の表層は、今、ヒメカミに変わっているけれど、俺との身体の距離感は何も変わっていない。
ヒメカミは馬乗りである。
覆いかぶさるように俺の顔を覗き込みながら、ずっと嘲笑っていた。
『かわいい、か……ふふふ』
ヒメカミは、面白い冗談を聞かされたとばかり笑い続ける。
『これでもか?』
大ケガしている脇腹を、いきなりひざで蹴り上げてきた。
俺が痛みにうめき、表情を歪めると、楽しそうに声を上げる。さらに、肩に突き刺さったままの矢をつかむと、わざとらしい乱暴さで引き抜いてくれた。こちらはさすがに耐えられず、俺は絶叫しながら全身を震わせる。
『我を二度と侮辱するな』
ユーリシェラと同じ顔なのに、ゾッとさせる。
銀色の髪は、星のない夜空のような漆黒に――。透き通る琥珀色の瞳も、深淵まで引きずり込もうとするような、グルグルと渦を巻く暗黒に変わっていた。ユーリシェラの人格と入れ替わったときには、2Pカラーみたいに変化するのはゲームと同じらしい。
人ではない。
顔立ちは、ユーリシェラと何も変わらないけれど、だからこそ正体不明の化け物が女の子の皮をかぶっているように思えて、かえって不気味である。
瞳の奥には、むき出しの残虐性。人間だろうと何だろうと、慈悲なく殺すもの。にらまれてしまえば、そこで終わり。そんな気持ちにさせるだけの威圧感もたっぷりあった。やはり、ヒメカミの本質は人とは思えない何かだ。
獣。
いや、神秘的な獣か。
巨大な白狼か、白蛇か、そんなものに伸しかかられている気分だった。笑みは、鋭い牙を見せつけるためのものか。ほんの気まぐれで、こちらののど笛はかみ切られてしまう。
実際、ヒメカミにはそれだけの力がある。
『平然としているのが、気に食わない。だが、面白い。貴様を泣かせてやりたい。貴様の慟哭を聞かせておくれ。我に、とびきりの涙を見せておくれ。……さあ、これで、どうだ?』
ヒメカミが、片手を軽く振り下ろした。
静止した時間の中で、敵の一人、その首が落ちていく。
『貴様の首も、こんな風に斬り落としてやろうか?』
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