第7話 選択肢(1)
ゲーム『リアライズ・リロール』は、オーソドックスなコマンドRPGである。
革新的なゲーム性を求めた作品というよりも、『古き良き』を煮詰めたような作品で、発売から15年以上が経った現在でも名作として語り継がれている。最新のオープンワールド作品とも比較されるが、その理由はやはり、異常に精緻に作り込まれたシナリオのためだろう。
ゲームの売り文句のひとつに、こんなものがあった。
『仲間になるキャラクターは100名以上!』
正確には、仲間キャラクターは108名が存在する。
確かに、その人数だけでも十分凄いだろう。さらに付け加えるならば、仲間キャラクターの一人一人に豊富なサブシナリオやサブクエストが用意されていた。
やっぱり、ボリュームが凄いんじゃないかって? 確かに、それもある。最新のオープンワールド作品と比較されるのも、表面的な作りが似ているからだ。
ただし、本質はちょっと違う。
真に注目すべきは、サブシナリオやサブクエストにおける行動、選択肢、成否などが、まるでバタフライエフェクトのように、他のキャラクターや他のシナリオに影響を及ぼしていくことだった。
プレイヤーの行動のすべてに意味と結果が生まれるゲーム。
最新のゲームでは、NPCに高度な人工知能を搭載することで、プレイヤーの行動にまるで人間のような反応が返されていき、繰り返しプレイするたびにまったく異なる物語が生み出されていく――そんな実験作だって存在する。『リアライズ・リロール』はAIを使わず、シナリオパターンの作り込みだけで似たような体験を提供していた。
さて。
星の数ほどのバリエーションでシナリオが変化し続ける『リアライズ・リロール』でも、メインシナリオの一部の展開には、【絶対に変わらないもの】が幾つかある。
例えば。
今が、そうだ。
時系列で云えば、本編の開始前の出来事であり、回想シーンとして語られるデスディオン公爵家の令嬢誘拐事件は、どのようなサブシナリオ、サブクエストも影響を及ぼさない。
まあ、メタ的に考えれば、理由は明白であるものの――。
ルールシェイドは絶対に逃げ出す。
ユーリシェラは絶対に連れ去られる。
このシナリオは不変のものだ。
俺は、ルールシェイドとして異世界転生したことに気づき、次の瞬間には『逃げる』という選択肢なんて眼中にもなく、玉砕覚悟で突っ込んでしまったが――思えば、『リアライズ・リロール』のメインシナリオに真っ向から歯向かうような行動だったかも知れない。
頭は割れて。
脇腹は裂かれて。
肩は射抜かれて。
満身創痍の見本みたいな状態である。
さすがに、笑えない。
痛みも、もはや感じなくなってきた。
だから、俺は幻覚を見ているのだろうか?
【SYSTEM MESSAGE】
警告。
あなたは、
ただちに、本来の
見慣れたウィンドウ。
ゲームの『リアライズ・リロール』で△ボタンを押したときに表示されるシステムウィンドウと、まったく同じ見た目の何かが、俺の前方に浮かび上がっていた。
実体はないらしい。
先ほどから、ユーリシェラの身体が幾度か、システムウィンドウみたいな何かをすり抜けている。彼女には見えておらず、触ることもできないようだ。
これは、なんだろうか?
警告? ゲームにはなかったメッセージである。
気になると云えば、気になる。
だが。
残念ながら、気にしている余裕もない。
俺は、間もなく、なぶり殺しにされる。
そうなれば、本来の『リアライズ・リロール』のメインシナリオと変わることなく、妹は連れていかれる。
現実でトラックに轢かれて死んだ俺は――。
異世界転生してからすぐに、死んでしまう。
どちらも、みじめな死。
大差のない、くだらない人生の
ああ、馬鹿らしくなる。
俺の力では、運命は何も変わらない。
「どうして、逃げなかった?」
俺は立ち上がれず、妹は泣くばかりだった。
何もできないまま、敵の一団から完全に包囲されてしまった。今さら、妹一人で駆け出しても手遅れだろう。すべて諦めるしかない状況下で、俺は最後の質問として、妹に問いかけていた。
ユーリシェラは「だって……」と叫びながら。
「お兄ちゃんを置いてはいけない」
兄妹に抱く気持ちとして、それはもしかすると、ごく普通のものかも知れない。
いや。
どうだろうか。
俺には、よくわからない。
でも、そうであるならば――。
俺は、ひとつ思い違いをしていたことに気づく。
いやになるぐらい延々と繰り返しプレイして来た『リアライズ・リロール』のキャラクターに転生したことには、喜びや楽しみの感情なんて欠片もない。人生をやり直そうとか、チートで無双やハーレムなんて、やる気も起きなければテンションも上がらない。
あちら側で死に至ったのは偶然の事故だったけれど、精神的にはとっくの昔に死んでいたも同然だろう。二周目の人生を与えられても、俺はスタートから死体みたいなものだった。
ここで死ぬならば、それでも良い。
そう思っていた。
妹を助けられるならば、それで……。
だが、違った。
今、こんな俺にすがり付いて泣き喚く妹を見て、そう気づいた。彼女は、10歳の俺と同じである。もしも、彼女を一人だけで逃げ出すルートに追いやれば、俺とまったく同じものになってしまう。
家族を助けられなかった、何もできなかった、見捨ててしまった――生き延びたとして、それがなんだ。これからも続いていく何十年という人生において、自分も一緒に死んでおくほうがマシだったと、取り返しのつかない過去の一点だけを何度も何度も何度も思い出すなんて。黒い煙に突っ込んでいく姿を夢に見た。何度も。後悔と自責を抱え、表面だけをギリギリ形作って、大人になった。いつも、10歳の頃の自分が、すぐ後ろに立っていた。
ユーリシェラを突き飛ばして、「さっさと行け!」と怒鳴り付けるタイミングはあったはずだ。ほんの数秒前まで、俺は間違いなく、そうしようと思っていた。
でも、もう無理だった。
10歳の俺ができなかったことを、こんなところで形にしてくれたユーリシェラを抱きしめる。泣いている妹を抱きしめて、俺も泣いた。視界の隅では、敵たちが嘲笑う。手こずらせてくれた悪ガキが、最後には死の恐ろしさに泣きだしたと思っているのだろうか。
ああ、好きに思っておけば良いさ。これが感謝の涙だって、恥ずかしい事実は、俺だけが知っていれば良いことだ。
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