第043話 河童と相撲

「くぅ~、昼間っから飲むビールは格別だな」


 守は自分の食べる分を盛り、大きな岩に座り、何事もなかったかのように缶ビールを開けてぐびぐびと呷った。


 抱えていたクーラーボックスに入れていたらしい。


「お前、帰りはどうすんだよ」


 守は車で来ているはずだ。酒を飲んでしまったら運転できない。


「大丈夫、大丈夫、着替えと仕事に必要な物持ってきてるから」

「泊まる気満々じゃねぇか」


 どうやら最初からそのつもりで来たようだ。


「よろしく~」

「はぁ……しょーがねぇなぁ」

「サンキュー」


 守は高校時代となんら変わってない。


 まぁ、大人になったと言っても、ある日突然心も大人になるわけじゃない。必要に駆られて、大人として振舞わなければならなくなるだけだ。


 子供時代の友達と会えば、以前のような気持ちになるのはよく分かる。特に親友と呼べるほどの相手となればなおさらだろう。


 それにしても守は少し入り浸り過ぎな気がするが。


「おっ、河童たちだ」


 バーベキューに舌鼓を打っていると、河童たちが森の中からやってきた。


「ん? 来てるのか?」

「ああ。河童はこの川で魚を取っていたらしいな。エンハンス」

「お、おおっ。見えた」


 魔法の効果が切れていて守が見えないので、魔力増幅の魔法を掛ける。


 リーンフォースを掛けていないのは、魔力を増幅させるエンハンスだけでも見えるのかどうか確認するためだった。


 どうやら問題ないらしい。


「こんにちは。今日は川に泳ぎに来たのか?」

「はい。私たちに暑さは天敵ですので。現人神様もですか?」


 やはり頭の上の皿や肌が乾くのは大変なんだろうな。


「あぁ。梅雨明けもしたし、ちょっと時間が空いたから遊びに来たんだ」

「そうなんですね。私たちもご一緒しても?」

「勿論。俺たちには全然構わなくていいから」

「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えまして」


 光聖に配慮した後、河童たちは少し離れた場所で川に入った。


 少し河童たちが遊んでいるのを眺めていると、基本的に静かに水の中を漂いながら、時折すばやく魚を捕まえて踊り食いしている。


「河童の生態を見れるなんて面白いな」


 傍で守がビールをグビグビと飲みながら呟く。


 普通は見れない存在だから興味深いのは確かだ。そういう意味では異世界に行った甲斐もあったかもしれない。


 満足するまで川の中で涼んだらしい河童たちは陸に上がり、自分たちで円を描いて土俵を作り、相撲を取り始める。


 河童と言えば、きゅうりの他に相撲をとることで有名だ。


「ちょっと近くに見に行こうぜ」


 酒の肴とばかりに光聖を誘う守。


「そりゃあいいな。タマはどうする?」

「キュウッ」


 タマは残ってご飯を食べているというので、光聖と守で近くに移動して観戦する。


 見た目が人間の子供程度の大きさなので、河童が土俵で向かい合う姿は微笑ましい気持ちになった。


 最初は力が拮抗していたが、力量が違うせいか徐々に一方が押され始めた。押している方は口端を吊り上げ、押されている方は苦しそうに顔をしかめている。


 数秒後、押されていたほうが場外に投げ飛ばされて負けとなった。


「なかなか白熱した試合だったな……」

「そうだな。かなり鍛えられてる」


 予想以上にしっかりした試合に、守も光聖は顔を見合わせて目を瞬かせる。


 何度も相撲を取っているのを見ていたが、かなり高レベルな戦いだ。最終的に河童のリーダーが全勝していた。


「これはこれは現人神様とご友人様。私たちの相撲はいかがでしたでしょうか?」


 観戦していた光聖たちに気づいたリーダーが近づいてくる。


「なかなか激しい戦いで見ごたえがあったよ」

「思ったよりも真剣な勝負でびっくりした」

「ご満足いただけたようで何よりです。そうだ、お二人もご一緒しませんか?」


 リーダーは良いことを思いついたと言わんばかりの顔で光聖たちを誘った。


「俺たちが?」


 光聖は思いがけない提案に困惑しながら問い返す。


「はい」

「いいのか?」

「問題ございません。我らは常に強者を求めておりますので」

「それじゃあ、一緒にやらせてもらおうかな」

「分かりました」


 これも経験と思い、光聖は提案を受け入れることにした。


 河童の実力も気になるところだ。


「それではどちらからやりますか?」

「それじゃあ、俺からやろうじゃないか」


 守が一歩前に出て先鋒を買って出た。


「任せたわ。防御魔法だけ掛けとくな。プロテクション」


 怪我をさせるわけにはいかないので、魔法で防御力を上げておく。


「あぁ、鉄壁のまもちゃんと呼ばれた俺の実力をよく見ておけ」

「そんな風に呼ばれてたかぁ?」


 自信ありげにウィンクする守。


 光聖はその背中を訝しな目で見送った。


「それではご友人様のお相手はこの私、五郎が務めさせていただきます」


 守の相手は河童の中でも一番体の大きい個体で小学生高学年くらいの大きさだ。二人は土俵の中で向かい合った。


「くっくっくっ。俺の真の力を見せてやろう」


 守は片手で顔を覆い、五郎を見下ろすような態度をとる。


「気を付けろ。現人神様のご友人だ。どんな力を持っているか分からないぞ!!」

「分かっている。油断はしない」


 得体の知れなさを感じた河童リーダーが五郎に忠告すると、五郎は気を引き締めて守を見つめた。


 それにしても守のやつ、どんな秘策があるんだ?


 光聖は守の自信の源が気になった。


 あれだけ自信満々で出ていったのだから何かあるに違いない。


 そう思いながら試合が始まるのを待つ。


「それでは見合って」


 審判は河童リーダー。彼の合図で二人が定位置についてかがんだ。


「はっけよい……のこった!!」


 次の瞬間、五郎が勢いよく守にぶちかました。


「ぐはぁああああっ!!」


 守は抵抗する間もなく、思い切り弾き飛ばされてしまう。


「え?」

「なんもないんかい!!」


 五郎は間抜けな顔をし、光聖は何の策もなくやられたことにツッコミを入れた。


 守はただの一般人。


 自信ありげな顔についつい送り出してしまったが、妖怪である河童の力にかなうはずもなかった。


 守は十メートル以上吹き飛ばされ、綺麗な放物線を描く。


「あっ」


 ――バシャーンッ


 その終着点は川。


 守が落ちた場所に向かうと、彼はプカーッとうつぶせで水面に浮かんでくる。


 川に入って抱き起すと、守はやり切ったような満足げな顔で気を失っていた。

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