第042話 ぼうず

 翌日。


 種を購入した光聖は、畑に種を蒔いた。


「いやぁ、昨日は本当に快適だったな」


 昨日と違い、河童の助力のない、強い日差しが照り付ける中での作業。


 鍛えた体でもなかなかに大変だった。そのおかげで全身汗だくでびしょびしょ。一度シャワーを浴びてさっぱりとした。


「さて、何をしようかな」


 お守りのノルマも畑の作業も終わり、特に予定がない。


 家の中で過ごすのも悪くはないが、雨も上がったことだし、どこかに出かけるのも悪くない。


 ただ、外は暑いので涼める場所がいい。この時期といえば、プールや川だろうか。でも、プールだとタマを一緒に連れていけないから川にしよう。


「タマ、裏山に川とかないか? 河童の棲み処とは別の」


 昼食前に戻ってきたタマに尋ねる。


 山の中で遊んでいるタマなら知っている可能性が高い。河童の所に行ったら気を遣わせてしまうので、別の場所がいい。


「キュウッ」

「おおっ、知ってるのか。これからそこに遊びに行こう」

「キュッ!!」


 タマが自信ありげなので期待しよう。


 小さい頃に祖父に連れていってもらった川もあるが、少し遠いし、結構人がいる。山の中なら気にせずに楽しむことができるはずだ。


『おいっすー!!』

「おーっ」


 これからの予定を考えていると、拝殿の方から守の声が聞こえてきた。


 最近ことある毎に神社に来て、仕事を手伝ったり、遊んで行ったりしている。


 別に構わないんだが、守の生活が気になるところだ。


「来たぞー」

「お前はそんなに暇なの? 奥さんとか彼女とかいないのか?」


 我が物顔で居間にやってきた守に尋ねる。


 守も光聖と同じ三十五。日本じゃ所帯を持っている人間も多いだろう。


「いたら、ここに来てねぇっての」

「意外だな。お前ならモテないってわけじゃないだろ? なんで作らないんだ?」


 三十五歳になったとはいえ、守は元々顔が整っている方だし、太っているわけでもない。身だしなみからは清潔感が感じられるし、コミュニケーションも得意なはずだ。


 ちゃんと定職にもついているし、モテない理由の方が少ない。


「お前がいなくなってから、そういう気分じゃなかったんだよ」

「そうか……それは悪かったな」


 まさか自分のせいだとは思わなかった。守の人生を壊してしまったのかと思うと、凄く申し訳ない気持ちになる。


「はっ。気にすんな。お前の言う通り、それなりにモテるからな。これから作るとするさ」


 光聖の肩をバシンと叩いて笑う守の顔は心から笑っているように見えた。


 本心であると同時に、光聖が自分を責めないように気を遣ってくれたのだろう。


 光聖もこれ以上気に病むことを止め、いつもの調子に戻す。


「おうおう、そうしろそうしろ」

「そういうお前は誰かいないのか? ほら、伽羅さんとか」

「ないない。そういうのはあっちで魔王を倒した後に見たモノでお腹いっぱいだ。しばらくは一人がいい」


 魔王討伐後に見た女性の闇は結構トラウマものだ。


 ペットとのんびり暮らしながら、辻堂一家や伽羅、そして守などの客が適度に訪問してくれるくらいがちょうどいい。


「そうか。まぁ、お前は寿命が長そうだし、気楽にやればいいさ」

「だな。それでその手に持っているのと、背負っている荷物はなんだ?」


 枕詞ともいえるやり取りを終えたところで、守の大量の荷物が気になった。


「おう。折り畳み式のバーベキューコンロや食材その他だな。せっかくいい天気になったからバーベキューでもしないかと思ってな」

「おおっ。ちょうどいいな。裏山の川に行こうと思っていたんだ。一緒に行こうぜ」

「それは楽しそうだな。行こう行こう」


 流石親友。まるで図ったようなタイミングの良さだ。


「出発する前に、ストレングス」

「おおっ。助かる」


 沢山の荷物を持って神社の階段を上ってくるのはかなり大変だったはずだ。


 少しでも軽くなるように強化魔法を掛けておく。


 守の表情が和らいだ。


「タマ、川まで案内してくれ」

「キュウッ!!」


 水着を履き、蔵にしまってあった釣り道具などを持ち、光聖たちはタマの先導に従って裏山の川に向かった。


「おおっ。河童たちしっかりやってくれてるみたいだ」

「ちゃんとした道があるな」


 タマについて裏山に入ると、以前は草が鬱蒼としていた場所が、きちんと人が通れるように道が作られている。


 河童が整備してくれたのだろう。


 タマの後ろを追いかけること十五分。


 ――サーッ


 水が流れる涼やかな音が聞こえてくる。


「キュキュッ」

「おおっ。すんげぇ綺麗な川だ」

「底まで見通せるな」


 そして、そこから少し歩くと、目的地らしき川が見えてきた。


 川幅はそれほど広くないが、少し深さがあり、川の中が全て見えるほど透き通っている。


 おあつらえ向きの河原もあり、バーベキューも問題なくできそうだ。


「俺は準備してるから先に遊んでろよ」

「ありがとう。よろしくな」

「任せとけ」


 守がバーベキューセットの準備をし始めたので、光聖とタマは言葉に甘えて川の側による。


 小さな魚が泳いでいる姿が見える。


「キュッ」


 タマが川に飛び込んだ。器用に犬かきをしながら気持ちよさそうに泳ぐ。


 雨はあまり好きじゃないみたいだが、水遊びはいいらしい。


 光聖も後に続いて上半身裸になり、川に足を浸ける。


「冷たっ!!」


 川の水は予想よりも冷たかった。少しずつ慣らしながら肩まで浸かると、その冷たさが太陽で火照った体にちょうどいい。


 潜ってみると、魚の群れや小さな虫たちの姿がよく見える。光聖は川の流れに逆らうように泳ぎ始めた。


 強靭な肉体をもっているのでスイスイと泳げる。迫りくる光聖の姿に怯える魚や虫たちが逃げて行った。


 河原の近くに戻ってきて川から顔を上げると、水しぶきが掛かる。


「うぉっ」

「ははははっ。おかえり」


 水を拭って見上げると、意地の悪い笑みを浮かべた守が見下ろしていた。


 どうやらセッティングが終わったらしい。


「ったく。いい歳してそんなことするなよな」

「わりぃ、わりぃ」


 光聖が抗議するが、守は悪びれもせずに笑いながら頭を掻いた。

 

「それで、お前も川に入るのか?」

「いや、俺は釣りでもしてるよ。泳ぐのは疲れるしな」

「そうか。俺はしばらく泳いでるな」

「おうっ」


 守に別れを告げ、光聖はしばらくの間、タマと一緒に泳いだ。


 ――ジューッ


 河原に戻ると、香ばしい匂いが漂ってくる。


 守が昼食の準備をしてくれていた。


 バーベキューコンロの上には、肉や野菜が焼かれている。家で下ごしらえをしてきたのだろう。


 軽く水着を絞り、タマも体を震わせて水分を飛ばした。


「おかえりっ。ちょうどよく食べごろだぞ」


 戻ってきた光聖とタマに微笑みかける守。


「おおっ。ありがとな。こりゃあ、美味そうだ」


 コンロの上を覗き込むと、しっかりと焼き色がついて火が通っていた。


「おうっ。食え食え」

「それじゃあ、いただきます」

「キュキュッ」


 串から食材を取って紙の皿に載せて河原に置き、光聖は串を持ってかぶりつく。


 河原というシチュエーションと、炭火の香ばしさで格別だった。


「それで、釣果は?」

「ほら、そんなこと気にせずもっと食べろ」


 食べながら釣りの話題を振ると、話題を逸らすように、紙皿に肉と野菜を取り分けて差し出してくる。


 怪しい。


「さては全然釣れなかったんだろ」

「うっせ。今日はたまたま、本当にたまたま調子が悪かっただけだ」


 ツッコミを入れたら、守は少し不機嫌そうにそっぽ向いた。


 どうやら図星だったようだ。

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