第041話 梅雨明けと河童の力
雨女の姿が見えなくなった途端、強い日差しと雨上がりの湿度の高い空気によって、日本特有のジメッとした蒸し暑さを感じた。
軒下から出て手で庇を作って見上げると、太陽が燦燦と輝いている。
雨女がここを離れたということは、近々梅雨明けが発表されるだろう。
つまり、夏の到来だ。
――ミーン、ミンミンッ
それを告げるようにあちこちで蝉が鳴き始めている。
「俺も畑の作業を再開するか」
畑づくりを始めてすぐに梅雨入りしたので長らく放置していた。
これでようやく本格的に畑作りを始められる。
暑いが、折角の晴れたのだからやらない手はない。
光聖はやりかけていたお守りのノルマを済ませてから裏庭に回った。
「あちゃー、水浸しだな、こりゃ」
しかし、連日の雨のせいで耕した畑の至るところに大きな水溜まりができている。水を取り除かないと作業できそうにない。
乾くまで少し置いた方がいいか。
「あ、現人神様、おはようございます」
悩んでいると、草むらから数名の河童が姿を現した。河童の一人が光聖を見るなり挨拶をして頭を下げて、後ろの河童たちがそれに続く。
彼がこの河童たちのリーダーらしい。彼らがここにいるのは、先日頼んだ通り、境内と山の草を管理し始めてくれたからだろう。
「ああ、河童の。おはよう」
「どうかされたんですか? 土地を見て何やら声を上げられていましたが」
河童の長と同様に彼も非常に丁寧な態度で話してくれる。
「いや、折角晴れたんで畑づくりをしようと思ったんだけど、水浸しになっていてすぐにはできそうにないなと思っていたところだ」
「ああ、なるほど。そういうことですか。それなら私たちにお任せください」
光聖の悩みを聞いた河童のリーダーが胸をポンと叩いた。
「どういうことだ?」
「まぁ、見ててください。お前たち、やるぞ」
『はい』
河童は光聖の質問には答えず、後ろに控えていた部下らしき河童たちに指示を出し、畑の方に近づいていく。
『グギャッ。グギャギャゲゲギャ』
畑の少し手前で止まって手を翳し、彼らが何か叫び声をあげた。
そのまま見ていると、水溜まりの水がブルブルと震え出す。
「おおっ!!」
その直後、水溜まりがゆっくりと動いて集まり、一つの大きな水溜まりになった。そして、水溜まりが浮かび上がり、空中に大きな水球を形作る。
その光景は、異世界の魔法のようだ。
「これでいかがでしょうか?」
「ありがとう。凄いな、こんなことができるなんて」
まさか水をこんな風に操れるとは思わなかった。
河童には凄い力があるらしい。
「いえいえ、このくらい川に棲む私たち河童にとっては簡単なことですので気にしないでください。むしろこんなことで役に立てたのなら嬉しいです。それと、梅雨が明けたようですので、これから暑さが厳しくなると思います。この水を薄い霧状にしてこの辺り一帯が涼しくなるようにしておきますね」
「そんなことまで!? いやぁ、本当に助かるよ。めちゃくちゃ暑いと思ってたから。何かお礼をさせてもらうから」
水などの属性魔法の適性が全くなかった光聖にとって、水を操れるのは凄いことだ。それに、水を除去してくれるだけでなく、その水を使って夏の暑さまで緩和してくれるとは予想できなかった。
感謝しかない。
河童たちにとってはなんでもないことかもしれないが、助かったのは事実。お礼をしなければ気が済まない。
「いやいや、そんなことさせられませんよ。むしろこちらがお世話になっているんですから、気にされないでください」
「いやいや、そういうわけにも……」
「いやいや、本当に大丈夫ですから!!」
「そうか……分かった」
しかし、お礼と聞いた瞬間、慌て始める河童たち。
恩返しのつもりでやったのに、お礼をされてしまったら、彼らも立つ瀬がないか。
光聖はこの場では大人しく引き下がることにした。
「それでは私たちはこの辺で失礼します」
「本当にありがとうございました」
去っていく河童の背を見つめながら、光聖は自分に何かできないかを考える。
そこでハッと思いついた。
「そうだ。きゅうりを作ろう」
今まさに畑を作っている最中だ。河童と言えば、きゅうり。伝承が間違っていなければ、大好きなはずだ。だから、畑で沢山きゅうりを作って持っていてあげよう。それくらいなら大丈夫だろう。
「ん? おおっ、畑の水分まで良い感じになってる」
光聖は早速鍬を持って畑に入ると、全然ぬかるまないことに違和感を覚えた。
しゃがんで土を触ってみると、水溜まりだけでなく、水を吸い込み過ぎていた土が適度な状態に戻っている。
これも河童たちがやってくれたのだろう。
ますますお礼を気持ちが強くなる。
光聖は鍬で畑を耕し始めた。
やはり土がなかなかしぶとく一朝一夕とはいかない。
「そろそろお昼だな」
お昼近くになるまで作業してようやく半分といったところまで進んだ。
ここまで進められたのは、河童のおかげで涼しい状態で作業に集中できたからだ。
「キュウッ!!」
「タマ、おかえり。ご飯にしよう」
「キュキュッ」
ちょうどいいタイミングでタマが森の散歩から帰ってくる。
光聖は昼食を食べた後、再び作業に取り掛かり、丸一日使ってようやく畑を耕し終えた。
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