第044話 現人神を辞めたら

「うぉおおおおおっ!!」

「はぁあああああっ!!」


 光聖と河童が激しくぶつかり合う。


 二人は一歩も引かない。


 だが、光聖は異世界に行ったことで一般人とは隔絶した肉体を持っている。


「ふんっ!!」

「ぐぁっ!?」


 そのため、相手をやすやすと投げて決着をつけた。


「いやぁ、現人神様はお強い。相撲が得意な私たちも敵いません」


 今試合をしていたのは河童のリーダー。


 河童全員を打ち負かしていた彼も光聖には敵わなかった。


「これでもずっと鍛えてるからな」

「私たちももっと精進しなければなりませんね。あっ、ありがとうございます」


 地面に尻をついている彼に手を貸して立ち上がらせる。


 川に落ちた守はまだ目を覚ましていない。


 水気は河童たちが吸い取ってくれたので、服も体も乾いている。


 乾かす手間もいらないなんて羨ましい。


「ご友人には悪いことをしました。まさか本当にただの一般人だとは……」


 光聖の視線に気づいたリーダーが近くに寝かされている守を見て申し訳なさそうな顔をする。


「気にしないでくれ。防御魔法も使っていたから怪我はないはずだ」

「それならいいのですが」


 どう考えても守が悪い。


「んん……ここは?」

「やっと起きたか。このアホ」


 上体を起こして周囲を見回す守に、光聖は悪態をつく。


「見てくれたか? 俺のかませ犬ムーブを」

「悪ノリしすぎだっての。そんなんで気絶してちゃ世話ねぇよ」


 サムズアップして笑う守に光聖は肩を竦めた。


 二十年ぶりに再会して嬉しい気持ちは分かるが、羽目を外し過ぎだろう。


「わりぃわりぃ、ついつい魔が差してしまってな」

「もう変なことするなよ」

「へいへい」


 守が起きたことだし、タマのいるところに戻ろう。


「そろそろ俺たちは戻るな」

「分かりました。現人神様、こちらをどうぞ」


 別れを告げると、リーダーの後ろからザルを持った河童が前に出てくる。


 中には十匹程度と控えめだが、以前と同じように魚が入っていた。


「いや、そんなもの貰うわけには」


 特に何かしたわけでもないのに受け取る理由がない。


「いえいえ、相撲に参加していただいたお礼ですから」

「……そうか、分かった。ありがたくいただくよ」


 厚意を無碍にするわけにもいかず、魚を受け取ってその場を後にした。


「タマ、全部食っちまったのか?」

「ケプッ」


 元の場所に戻ると、タマがバーベキューコンロの側であおむけになり、お腹をポッコリと膨らませてゲップをしていた。


 守が焼いてくれた食材は全て食べてしまったらしい。


「残りも焼いちまうかぁ」

「俺は魚の下ごしらえするわ」

「頼むわ」


 守と光聖で手分けして作業を進める。


 光聖は平らな石の上で魚を置き、石と魚の両方を浄化してから捌き、持ってきていた塩をまぶしていった。


「できたぞー」

「おおーっ。その辺に置いててくれ。こっちはもういい感じだぞ。適当に食えよ」

「了解」


 魚の準備が終わるころには肉も野菜もいい焼き加減。


 光聖は守に言われた通りに、紙皿に取り分けて岩に座り、再び舌鼓を打つ。


 守は空きができた場所に光聖が下拵えをした魚を置いて焼き始めた。


 少し時間がかかるため、守も自分の料理を取り分けて光聖の近くの岩に腰を下ろして食べ始める。


 ――プシュッ


 そして、再びビールで流し込んだ。


「くぅ~っ!! 運動後のビールは体に沁みわたるなぁ」

「お前は気絶してただけだろ」

「細かいことは言いっこなしだ」

「細かくないっての」


 昔のような気やすいやり取りが心地いい。


 ぼんやりと風景を眺めながら料理を食べる。


 ――ジュワァアア


「おっ、良い感じだな。食おうぜ」

「おう。そうだな」


 しばらくすると、魚が焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。


 ボーっとしている間に焼けたらしい。


 光聖は魚を受け取ってかぶりつく。バリバリの皮とほっくりとした身がちょうどいいバランスだ。塩が魚の味を引き立てている。

 

 家のグリルで焼いたときよりも一際美味しさを感じた。


「キュウッ!!」


 腹がいっぱいになって横になっていたはずなのにタマが魚を催促する。


「まだ食べるのか?」

「キュキュキュッ!!」

「魚は別腹? はいはい、分かったよ。守、タマの分もくれ」

「あいよ」


 少々呆れつつ守に頼むと、守は微笑ましいものを見るような顔をしながらタマの分を皿に載せ、岩の上に置いた。


 守は最後に自分の分を皿に載せ、再び岩に座って料理とビールを楽しむ。


 しばし、三人の周りには穏やかな時間が流れて行った。


「あぁ~、油や魚の匂いがひどいな」


 ただ、何事も楽しいだけでは済まない。


 何かをしたら、後片付けが待っている。それは避けられないことだ。


 だが、洗い物なら光聖に敵う者はいない。


「俺に任せておけ。ピュリフィケイション」


 魔法を唱えた瞬間、使った物やごみの汚れがキレイさっぱり消えてなくなった。


 自分のことながら相変わらず不思議な光景だ。


「おお~、すげぇ!! ピッカピカじゃねぇか!! 浄化魔法ってそんな効果もあるのか!!」

「まぁな」


 守は気を失っていたので浄化魔法の副次効果を目の当たりにするのは初めてだ。


 新品のような輝きを取り戻した道具を見て守が目を輝かせる。


 守が喜んでいるのを見ると、少し自慢げな気持ちになった。


「お前、現人神辞めたら、こっち方面の仕事をしろよ。絶対上手く行くぞ」

「それもいいかもな」


 浄化魔法を使った仕事か。


 現人神を辞める日なんて来ないと思うが、結構汎用性があるし、悪くない。


 自分が役に立てる事リストに加えつつ、道具を仕舞い、ゴミをしっかりと回収して光聖たちは河原を後にした。

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