第031話 水妖のお引越し

 ――シュバババババッ


 手元が見えないようなスピードでお守りを縫い上げていく光聖。


「ふぅ、今日はこのくらいにしておくか」


 すっかり魔力を抑えるのにも、お守りづくりにも慣れ、二時間で二十四個のお守りを作れるようになった。


 あまり働きすぎると辻堂に叱られるので、一日二十四個をノルマとして作っている。


 働いて怒られるなんておかしな話だが、彼らとしては光聖がここにいることで相当な利益がある上に、神社の維持管理もきちんとした仕事であり、お守り作りまでさせるのは、本当に申し訳ないらしい。


 気持ちは理解できるので、言いつけは守っている。


「まだ見てないアニメでも見るか」


 やることが終わってしまったのでテレビを点けた。


「ん? 今日は誰だ?」


 契約しているGアニメチャンネルに移り、ぼんやりアニメを探していると、誰かが結界内に足を踏み入れた。


 今回は明らかに人ではない気配だと分かる。


 しかも一人や二人じゃない。


 さめざめと雨が降る中、何十人もの気配が階段を上ってきていた。


「さてさて、どなた様かな」


 テレビを消して外に出る。


 雨が降っているので、拝殿の軒下で訪問者たちが階段を上ってくるのを待った。


「……まさかここで日本でも有名な妖怪の代表格の一つに出会えるとはな」


 姿を現したのは、子供くらいの大きさで緑色の肌をしていて、背中に甲羅を持ち、水の入った皿が頭の上にあるおかっぱ頭の妖怪。


 そう、河童だ。


 その数、数十人。ぞろぞろと拝殿の方に向かってくる。


 残り三メートル程まで近づいたところで、代表して一人の河童が前に出た。


 その河童は白いひげを蓄え、他の河童が深緑に近い色をしているのに対して、くすんだ黄緑色をしている。


 歳をとると、色が変わっていくのかもしれない。


「こんにちは」

「こんにちは。初めましてでございます。私どもは南に住んでいた河童の一族です。蝦蟇殿に紹介されましてご挨拶とお願いに参った次第でございます」


 河童は非常にへりくだった口調で話し始める。


「初めまして、俺は清神光聖。一応ここの祭神ってことになってます。よろしくお願いします。それで今日はどんなご用件でこちらに?」


 これだけの数の河童が移動してきたんだ。


 何かのっぴきならない理由があるに違いない。


「実は以前棲んでた場所が住めなくなりまして……梅雨に乗じて移動して参りましたところ、近くに沢を見つけたのですが、蝦蟇殿に沢の持ち主は清神様だと伺いました。大変恐縮ですが、我々を住まわせていただくことはできませんでしょうか? できることならなんでもさせていただきますので、どうかお願いしたく」


 河童の長が辛そうな表情で事情を語り、深々と頭を下げた。それに後ろの河童たちも続く。


 できれば力になってやりたいが、一人で勝手に決めるわけにもいかない。


「そうですね。俺は構わないんですが、山はうちのタマが縄張りにしていまして。タマにも確認させてもらえますか?」

「キュウッ!!」


 ちょうどいいタイミングでタマが帰ってきて傍にやってくる。


「タマ、こちらの人たちが裏山にある沢に住みたいと言ってるんだが、どうする」

「キュウッ」


 タマは快く河童たちを受け入れた。


「いいみたいです」


 タマの言葉は伝わらないと思い、通訳する。


「そうですか。誠にありがとうございます」

「キュウッ」

「ついて来いって言ってますね」

「かしこまりました」


 本来タマに任せておけばいいのだが、河童たちの棲む場所が気になったので、光聖もタマと河童たちの後についていく。


 ただ、梅雨で雨が降っているし、裏山に入るので合羽と長靴を装備した。


「くっ、こりゃ、きついな。プロテクション」


 タマは草木を分け入って道なき道を進んでいく。後をついていくが、生い茂った藪や草に阻まれて思うように進むことができない。


 チクチクと痛むので防御力を上げる魔法を使うと、痛みを感じなくなった。頑丈になった体を使って藪と草をなぎ倒しながら突き進む。


 ――バサァッ


 十分程歩くと、開けた場所に出た。


「裏の山にこんな場所があるなんてな」


 森を割るように一、二メートルほどの小川が階段のように段々になって流れている。深さもそれほどなく、溺れる心配もなさそうだ。


 奥に滝つぼがあり、十メートルほどの滝が雨音をかき消していた。


 観光名所と言われてもおかしくない程に、綺麗で落ち着いた空間だ。


 小さい頃は裏の山には入るなと厳しく言われていた。


 見えにくい場所に崖があったり、道らしき道がないので迷ってしまい、危険だからだ。


 しかし、好奇心を抑えきれなかった光聖は、一度黙って足を踏み入れたことがある。


『うわぁああんっ。じぃいちゃぁあああんっ』

『裏山には入るなと言ってあったろう。心配させおって、この馬鹿垂れが』


 その際、道が分からなくなって帰れなくなったので、それ以来ずっと入ったことはない。


 そのため、こんな場所があるなんて全然知らなかった。


「ここは素晴らしい場所ございますね!!」

『うぉおおおおおおおっ!!』


 案内された場所を見た河童の長が目を輝かせ、ついてきていた河童たちは嬉しさを爆発させる。


 彼らにとって、ここは非常に棲みやすい場所なのだろう。


「キュウッ」

「今日からはここで暮らしていいそうですよ」

「ありがとうございます。今後、何かあればおっしゃってください。我らで手伝えることであれば、なんでもお手伝いしますゆえ」


 河童の長が深々と頭を下げ、その後に他の河童が従った。


「そうですね。何かあれば声を掛けさせてもらいますね」

「はい。いつでもお声がけくださいませ」


 まさか河童が神社の裏の山に住むことになるとは思わなかった。こんな未来が待っているなんて二十年前の自分に言っても絶対に信じなかっただろう。


「もし困ったことがあれば、タマに言付けするか、俺に直接言ってください。こちらで対応できることであれば、協力させてもらいます」

「承知しました」


 光聖は河童と協力関係を結び、棲み処を後にした。

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