第019話 人の中に紛れるモノ
明くる日。
日課の後、光聖はパソコンで異世界に行っていた二十年間に起こった出来事を調べていた。
タマは裏山に出かけていて、ここにはいない。
「うーむ。この二十年で本当に色々なことが起こったみたいだなぁ……」
二〇〇四年から順に、その年に起こった大きな事件や出来事を見ていきながら、大まかな二十年の歴史をさらっていく。
テレビ番組や漫画が終わっただけでなく、地球では大変なことが沢山起こっていた。
大きな災害が何度か起こったり、世界的な金融危機と不況に陥ったり、世界各地でテロ事件が起こったり、世界規模で病が広がったり。
かなり衝撃的なニュースが並んでいる。
病は新しい病気が今も流行っているし、海外では戦争まで起こっているらしい。
ざっと見ただけでも相当情勢が変わっていることが分かった。
それから、近年ではAI、つまり人工知能が台頭してきているようだ。
人間の質問にフレキシブルに答えることができたり、文字列を入力しただけで美しいイラストを完成させたりできるとか。
二十年前の常識で止まっている光聖にすれば、全く信じられない話だ。
また、来月には紙幣も新しくなるという。
二十年前、一万円が諭吉じゃなくなるなんて誰が想像できただろうか。
「おっ、誰か来たな」
世界の変化を反芻していると、今日も誰かが結界内に入ってきた。
今までに感じたことがない気配で、躊躇いがちな足取りで階段を上ってきている。
ただ、その人物の気配には何かは分からないが、どこか違和感があった。しかし、何はともあれ対応しないわけにはいかない。
辻堂や伽羅であれば、そのまま拝殿から入ってきてくれるが、初めて訪れる客は勝手が分からないので、外に出て境内の真ん中で相手を待つことにした。
「あれは……配達員か?」
しばらくして、きょろきょろしながら荷物の段ボールを抱えて階段を昇ってきたのは、すぐに配達員だと分かる特徴的な制服を着た男だった。
彼は光聖を見つけるなり近づいてきて、恐る恐る話しかける。
「こ、こんにちは。あ、あの~、私はカチヤマ運輸の
「こんにちは。はい、ここで間違いありませんよ」
「あぁ~、そうでしたか。それは良かった。こちらお荷物になります。サインをいただいてもよろしいですか?」
配達員は酷く安堵した様子で段ボールを小脇に抱え、光聖にボールペンと送り状を手渡した。
「分かりました」
「ここでどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ただ、外だったのでちょうどいい台が無くて文字を書くことができない。
どこかに書く場所はないかと探すと、配達員が光聖に近づき、荷物の段ボールの上を差し出してきた。
彼が動いたことによって風が起こり、微かな獣臭さが香ってくる。
「ああ、そういうことか……」
そこで配達員の気配の違和感の正体に気がついた。
配達員は人間の姿をしているにもかかわらず、大蝦蟇の持つ気配に近かった。
つまり、目の前の男は人間ではない。
異世界にもこういうモンスターが何種類か存在していた。人の姿に化けて近づき、警戒を解いたところで襲い掛かる狡猾な奴らだ。
ただ、目の前の存在は結界内に入ってきた時点で敵ではない。
ということは、誰かの差し金と考えるのが自然だろう。そんなことができそうな存在は一人しか知らない。
「どうかされましたか?」
サインを書く手が止まった光聖を不思議そうに見つめる配達員。
「いえ、なんでもありません」
光聖は何事もなかったように手を動かしてサインを書き、彼に送り状を手渡して段ボールを受けとった。
「ありがとうございます」
「つかぬ事を聞きますが、もしかして蝦蟇の知り合いだったりしますか?」
「……話には聞いていましたが、案の定バレてしまいましたか」
質問を聞いた配達員の真面目そうな表情が、一転してにこやかな笑顔に変わり、舌を出しながら頭を掻く。
先程までの行動や言動が演技だとしたら、大したものだと言わざるを得ない。
「やっぱりそうでしたか。気配からそうじゃないかと思ってたんですよ」
「はい、私は化狸なんです」
配達員が人間とは思えない身のこなしでバク宙すると、煙になり、着地と同時に可愛らしい狸へと姿を変えた。
もこもことした尻尾とずんぐりむっくりの顔と体がひどく可愛らしい。デフォルメされたキャラクターのようだ。
まさか化狸が人間として働いているとは思わなかった。
「へぇ~、人間に化けているんですか?」
「はい。私たち化狸の一部は人間として社会に溶け込んで暮らしています」
「どうして人として暮らしているんです?」
法律などない妖にとって、決まりのある人間社会は色々煩わしいだけのはずだ。
「主に情報収集や、こっちの世界とあっちの世界の橋渡しの窓口のためですかね。人間の商品を手に入れるには人の身分があった方が何かと便利ですし」
「なるほどなぁ」
配達員がこっちと言っているのが今いるこの地球のことで、あっちというのはこの世ならざる者たちが棲む世界のことだろう。
人の世の情報を得たければ、人の中にいるのが最適ってわけだ。それに身分や肩書があれば、疑われることなく、人の世の商品を購入することができる。
妖にも現代の波が来ているというのはなんだか面白い。
戸籍や身分証明書をどうやって用意しているのかも気になるが、彼らは人間とは寿命が異なるだろうし、色々と伝手があるのだろう。
陰陽師協会が絡んでいる可能性もある。
「よっとっ。蝦蟇さんからお話を聞いて今日はご挨拶がてらきました。今後、カチヤマ運輸では、私が現人神様の担当になると思いますので、よろしくお願いします」
化狸が今度は前宙をすると、再び人の姿に戻り、今日の用件を伝えた。
「こちらこそよろしくお願いします。次からあそこから入って呼びかけてください」
光聖は拝殿の入り口を指さしながら言う。
もしかしたら、現人神様の光聖に対して、裏の世界に精通している者が担当した方が面倒が少なくて済むだろう、という大蝦蟇の粋な計らいなのかもしれない。
流石この辺りの妖怪たちを束ねているだけある。
「分かりました。それと、私たちは人間界の荷物だけでなく、あっちの住人たちの荷物も扱っているので、もし妖たちからの荷物があれば、お持ちしますね」
「分かりました。よろしくお願いしますね」
そんな荷物を受け取る日が来るかは不明だが、突然よく分からない妖怪がやってくるよりも知っている相手が持ってきてくれた方が気持ちが楽だ。
彼に任せるのがいいだろう。
「それでは今日のところはこれで。失礼します」
「はい、また」
化狸は帽子のつばを持ち上げるような仕草をした後、神社から去っていった。
「あっちとかこっちとか。幽霊とか妖怪カエルとか化け狸とか。地球も想像以上にファンタジーだな」
そう思わざるを得なかった。
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