第018話 今更素直になってももう遅い

「清神様、こんにちは」

「こんにちは……何かありましたっけ?」


 翌日、辻堂がまた知らない人間を数人連れてやってきた。


 彼らは二種類の人間に分かれている。


 ヘルメットに作業服を着た人たちと、大小様々なダンボールを運んでいる人たちだ。


 本殿の建て直しが終わり、生活環境は整ったと思っていたが、他に用事でもあっただろうか。もしくは自分に何か頼みたいことができたのだろうか。


 後者だとすれば、礼ができないかと考えていた光聖としても有難い。


「パソコンとインターネットがあった方が退屈しないかと思いまして」

「あぁ、そんなのありましたね」


 しかし、光聖の予想は外れた。


 彼らの正体はインターネット開設するための業者と、パソコンとその周辺機器を運んできた配送業者。


 何も言わないところを見ると、彼らも陰陽師の息がかかった人たちなのだろう。


 光聖が高校生だった頃はADSL全盛期で、光回線なんてほぼ普及していなかった。


 その上、社務所に住んでいたこともあり、パソコン自体未所持。


 携帯電話は、連絡がつかないと困ることもあって持たされていたが、通話以外の機能を使うことはほとんどなかった。


 そのため、インターネットと言われてもあまり馴染みがなく、調べたいことを検索するという習慣すらない。


 この三週間、スマホで使った機能は通話、写真、それにマップくらいだ。だから光聖は、未だにインターネットの便利さを理解できていなかった。


「そういえば、二十年前は今ほどネットも便利ではありませんでしたね。でも使ってみれば、その便利さに驚くと思いますよ」

「へぇ~、よく分かりませんが、よろしくお願いします」

「はい。お任せください」


 業者によってインターネットが開通。パソコンとテレビがインターネットに繋がった。


「これで使えるようになりました」

「例えば、どんなことができるんですか?」


 馴染みがないので、どんなことができるのか想像できない。


 開通したからと言って、何に使えばいいのかも分からないのでは意味がない。


「そうですね。何か分からないことがあった時に、インターネットで調べることで、色んな情報が手に入れられます。ただ、その情報の正しさは担保されませんが。それと、家にいながら大概の商品は購入できますね。その上、大抵翌日には届きます。他には……」


 辻堂が次々にインターネットの利用方々を上げていく。


 調べれば簡単に情報が手に入るという点は非常に魅力的だ。


 それに、月額料金を払えば、テレビでいろんなドラマや映画、アニメなどを見ることができるらしい。


 他にも書籍や漫画の電子化が進み、今ではスマホで読む人も多いとのこと。


「便利なんですね、インターネットって」


 光聖は様々な例を挙げられて便利さの片鱗を感じ取った。


「そうなんですよ。それでは実際に操作しながら使い方を覚えましょう」

「分かりました」

「キュウッ」


 話を聞いた後、辻堂の先導でパソコンの前に移動しようとすると、タマが一番後ろを歩く伽羅の前で止まり、ちょこんと座った。


 どうやら光聖に構ってもらえなくて退屈らしい。


「あの伽羅さん、申し訳ないんですけど、タマの相手をしてもらえませんか?」

「えっと……いいんですか?」


 光聖が頼むと、伽羅が一瞬だけ光聖の後ろに視線を向けた後で尋ねた。


 彼女の視線が少し気になったが、そのまま話を続ける。


「はい。どうやらタマが伽羅さんが遊んでほしそうなので。賢いので、悪いことはちゃんと言ってもらえれば通じます。もし嫌でしたら、断ってもらってもいいので」

「わ、分かりました――キャッ」


 了承した途端、タマが伽羅の胸に跳び込み、彼女はタマをどうにか受け止めた。


 その瞬間、伽羅は頬を緩める。


「相変わらずふわっふわっだね、タマちゃん」

「キュイッ」


 伽羅に抱かれたタマは嬉しそうに鳴いた。


 これで大丈夫だろう。


 ただ、伽羅がハッとして少し焦った様子で光聖の後ろに視線を送っているのが気になった。


 光聖が振り返ると、そこにはいつもと変わらぬニコニコとした笑みを浮かべた辻堂が立っているだけ。 


「どうかされましたか?」

「いえ、なんでもありません」


 辻堂に何かあったのかと思ったが、どうやら気のせいだったらしい。


「……それでは、実際に使っていきましょう」

「はい」


 辻堂に促され、光聖はパソコンの前に移動し、実際にパソコンの基本的な使い方とインターネットの利用方法を学び始める。


「確かにこれは便利ですね」

「そうですよね。今は何か知りたいことがあったら、ネットで調べるのが普通です」

「今度から俺もそうしてみます」


 インターネットで知りたい事柄を入力してもらい、その検索結果からサイトに移動し、実際に載っている情報を見て、光聖は感心しながら頷いた。


 パソコンにほとんど触れてこなかったので、慣れるのにしばらく時間がかかりそうだが、便利なことは間違いない。


 続けて、様々な商品を取り扱っているショッピングサイトで実際に商品を選び、注文する。


 欲しい商品をカートに入れ、クレジットカードで決済した。


 光聖名義のクレジットカードもすでに陰陽師協会によって用意されていて抜かりがない。

 

「これで明日には届くんですか?」

「はい、そういうことになります」

「へぇ~、なんだか不思議ですね」


 家から一歩も出ずに欲しいモノをクリックしていただけなのに明日には届くという。


 未だに本当に届くのか半信半疑だが、その答えは明日になれば分かるだろう。


「それで、あの~」


 パソコンの指導が一通りを終わったところで、辻堂がそわそわしながら光聖に話しかけた。


 もしかしたら、自分に何か頼みたいことができたのかもしれない。


「どうかしましたか?」

「大変申し上げにくいのですが、私もタマちゃんを撫でさせていただけないでしょうか?」


 しかし、返ってきたのは斜め上の頼み。


 くねくねしながら照れたように明後日の方角を向く辻堂は少し気味が悪かった。


 先日は素直になれなかっただけようだ。


 それなら特に断る理由はなかった。


「はい、勿論です」

「ありがとうございます!!」


 返事を聞いた辻堂が、太陽のような笑顔を輝かせる。


 しかし、その笑顔はすぐに曇ることになった


「タマ、辻堂さんが撫でたいって言うんだけど、いいか?」

「キュッ」


 なぜなら、伽羅に抱かれているタマが不機嫌そうにそっぽを向いたからだ。


 どうやら先日辻堂に拒絶されたのを根に持っているらしい。


「すみません、やっぱりダメみたいです」

「そんなぁああああっ」


 光聖がバツが悪そうな顔で謝ると、辻堂は一転して床に突っ伏し、悔し涙を流すのであった。


 今更素直になってももう遅い。

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