第017話 おや、狐の様子が……!?

 草刈り機の使い方を習った日から三週間が過ぎた。


 その間に大きく三つの変化があった。


 一つ目は、本殿の建て直しが完了したこと。


「これにて本殿の工事は完了となります。今後はこちらでお過ごしください」

「ありがとうございました」


 もっと長い期間かかると思っていたが、沢山の職人たちが頑張ってくれたおかげで非常に短い工期で工事を終えた。


 光聖のこだわりが寝室が和室という程度しかなかったのも大きい。


 内装は和をベースにしながらも、洋風も取り入れて和モダンな仕上がりになった。


 光聖は小さい頃から社務所で生活していたので和室の方が落ち着く。


 異世界で日本にいた時以上の時を過ごしたが、洋風というより中世ヨーロッパ風の内装だったので洋室とは全くの別物で、ゴテゴテしていてずっと落ち着かなかった。


 だからこそ、日本家屋こそ我が家という感覚を残したままだ。


 帰ってきてからは和室にベッドという少し異質な組み合わせだったが、異世界ではベッドで寝ていたせいか、それほど気にならなかった。


 最新家電や家具が完備されていて、檜で造られた大きなお風呂、脱衣所、キッチンにトイレ、寝室に居間などなど、本殿だけで生活が完結できるように造られている。


 二つ目は、境内が綺麗になったこと。


「大分様になったな」


 本殿の寝室の窓を開け、すっかり草が消えて綺麗になった境内を見回す。


 生い茂っていた草が消えたことで、境内に神聖な空気が満ちているように感じた。シーンと静まり返り、人気の無さによって凛とした雰囲気を醸し出している。


 草刈り機の力のおかげもあり、ここ一カ月の頑張りによって、見える場所は大方綺麗に整えた。


 今後は他人からは見えない部分を適度に処理しつつ、日々の手入れをしていけば、きちんと維持していけるだろう。


 これならいつ誰かが参拝に来たとしても恥ずかしくはない。


 ただ、今後は光聖が神様になる。つまり、これからの参拝客は自分に対してお参りに来るということだ。


 いや、光聖が神に神社を譲られたことを知っている人間は陰陽師だけだ。他の人たちは今まで通り、幽現神社の神様に対して参拝しにくることになるのだろう。


 そして、最後はタマだ。


「キュイッ」


 まず体が結構大きくなった。


 だいたい体長四十センチ程度。


 でも手足と胴体の比率や顔つきはあまり変化せず、子狐のままサイズが倍くらいに大きくなったイメージだ。


 まだまだ子狐としてのタマを愛でたかったのでよかったと思う。


「最近の狐は尻尾が増えるんだな」

「キュイッ!!」


 そして、驚きだったのは尻尾が一本から二本に増えたこと。


 体が大きくなるのは当たり前だと思っていたが、まさか尻尾が二本になるとは思わなかった。


 タマに尋ねると、それが普通だと教えてくれた。


 日本を離れて二十年、狐は尻尾が増えるようになったらしい。


 ガラケーがスマホになったり、家を自動的に徘徊して掃除するロボット掃除機がいたりする時代だ。


 狐の尻尾が増えるくらいおかしくはないだろう。


 これまでに二十年という時間の劇的な変化を経験した光聖は、そういうものだと受け入れた。


「なぁ、ちょっと触ってもいいか?」


 そして気になるのは、やはりその手触り。


「キュッ」

「それじゃあ、遠慮なく」


 タマが背を向けて尻尾を差し出してきた。


 触ってもいいということだ。


 光聖はすぐに突っ伏して二つの尻尾の間に顔を埋めた。


「ほわぁ……」


 二つのふわっふわの綿毛の感触と、太陽で干されたふっかふかの布団のような優しい匂いが光聖を包み込む。


 光聖は二つの至福に挟まれ、自分の心が浄化されていくのを感じた。


「タマの尻尾が増えたんですが、病気とかじゃありませんよね?」

「は、はい。全然大丈夫ですよ」

「か、可愛いですね」


 念のため、辻堂と伽羅が訪れた際に見せてみたが、問題ないと太鼓判を貰った。


 やはり最近の狐は、二十年前よりも進化しているようだ。もふもふした尻尾で顔を挟めるようになったので、非常にいいことだと思う。

 

 叶うのなら、手触りがいいし、気持ちがいいので、もっともっと増えて欲しいところだ。 


「それでは、そろそろ我々はお暇しますね」

「あぁ、ありがとう。俺にできることが何かあれば、遠慮なく言ってくれ」


 三週間で光聖の生活環境は整えられた。


 二人には本当に世話になったので、何かお返しがしたいな。


 光聖はそう思いながら二人の背中を見送った。



 ◆   ◆   ◆



 いつもの帰り道。


「先輩、なんで言わなかったんですか?」

「ん? なんのことだ?」


 切羽詰まった様子で伽羅が辻堂を問い詰めるが、彼は惚けたように返事をした。


「いや、あのタマって子。絶対普通の狐じゃないですよね?」


 伽羅はタマがおかしいことに気づいていた。


 狐の子にしては大きすぎる体躯に、二又に分かれた尻尾。


 どう見てもただの狐には見えなかった。


「ハーハーハーッ。ナニヲイッテイルンダ? タダノキツネニキマッテイルダロ?」


 辻堂はまるでエセ外国人のような喋り方で、さも何も知らないと言いたげだ。


「なんで片言なんですか!! いい加減してくださいよ」

「俺もどうしたらいいか分からないんだ。妖狐の類だが、この神域の中で生きていけるんだ。悪いモノじゃないさ」


 怒鳴る伽羅に、辻堂が肩をすくめながら答えた。


 神域の中では悪霊や悪意ある妖の多くは存在できない。光聖の神域の中ならなおさらだ。つまり、タマは普通の狐じゃなかったとしても、人に害を与えるような存在ではないということだ。


「だってあの尻尾は――」


 ただ、懸念すべき点は確かにある。


 辻堂にも思い当たる節はあるが、予想通りなら自分たちではどうにもできない。


 だから、これ以上考えるのは止めた。


「大丈夫だ。清神様ならどうにでもできるさ」


 心配する伽羅の言葉を遮り、辻堂は遠くの空を見つめながら呟いた。


 タマはタマ。辻堂の心を掴んで離さないキュートで小さなアイドルだ。それ以上でもそれ以下でもない。


 これ以上深く詮索しないのがお互いのためだろう。


「それも、そうですね……」


 伽羅も同じ考えに思い至ったのか、深く考えるのを止め、辻堂と同じように、空に描かれていく飛行機雲をジッと見つめていた。

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