第016話 ありえたはずの未来

 帰宅後、辻堂から電話が掛かってきた。


 内容は明日の予定について。


『それでは明日、業者が入る際に付き添いますのでよろしくお願いします』

「はい、大丈夫です。こちらこそよろしくお願いします」

『承知しました。それでは――』


 遂に草刈り機を導入できる。


 そう思うと、非常に楽しみになった。




 次の日。


「おはようございます。清神様、お待たせしました」


 今日は辻堂が一人で、少しだけ霊力を持つ人間を沢山引きつれてやってきた。


 彼らはヘルメットと長袖長ズボンの作業着に身を包んでいる。おそらく辻堂が言っていた業者の人たちだ。


 辻堂も彼らと同じような格好をしていた。


 光聖に草刈り機の使い方を教えるためだろう。


「おはようございます。いえいえ、待ってませんよ。それで、そちらの方たちが?」

「はい、この度、清神様の本殿を建て直してくれる人たちです。この人たちは陰陽師と付き合いがあり、信頼できるので、ご安心いただければと思います」


 予想通りの答えだったが、陰陽師の息がかかった業者がいるとは思わなかった。


 悪いモノを弾く結界の境界を越えてきたということは、彼らに悪意はないということだ。


 彼らは、辻堂が本当に信頼している人たちなのだろう。


「そこまでしていただいてありがとうございます」


 光聖は辻堂の心遣いに頭を下げた。


「いえいえ、頭を上げてください。これも仕事ですから。清神様に頭を下げられたら、困ってしまいます。それでは、早速仕事に取り掛からせていただいても?」


 辻堂は照れ笑いを浮かべながら、頭を掻いて話を進める。


 光聖にとっても早く完成させてもらいたいので否やはない。


「ええ。構いませんよ」

「承知しました。それじゃあ、皆頼む。内装は指示通りに、本殿内にあるものは蔵に仕舞っておいてくれ」

『承知しました』


 指示を出された人たちが本殿の方にぞろぞろと移動していく。


 彼らに任せておけば、きちんと仕事をこなしてくれるだろう。


「それでは、私たちも早速始めましょうか」

「分かりました。よろしくお願いします」


 彼らを見送った辻堂と光聖は、今日の本題である草刈り機の使い方の指導に移る。


 蔵に保管されていた草刈り機を持ち出し、開けた場所に置き、辻堂が話し始めた。


「まず、基本的な注意事項からご説明します」

「はい、よろしくお願いします」

「エンジン本体や排気口、シリンダー部分は非常に熱くなるので、使用中も使用後も絶対触らないようにお願いします」

「分かりました」


 草刈り機の基本事項から使用前の準備や点検に関して、辻堂は実際の草刈り機を使いながら、こと細かに説明していく。


「ここからは実際にやりながら説明します。その前に、準備したこちらの保護具を身に着けてください」


 危険を減らすため、ヘルメット、ゴーグル、耳栓、腕カバー、防塵手袋、脛あてなどを身に着けた。


 見た目はまるで重装備の兵士のようだ。


 安全を確保したら、エンジンの始動と停止について説明を受ける。


 ――ブルルッ

 ――ブルルッ

 ――ブルルルウウウウウウウンッ


 辻堂はエンジンを掛ける前の注意事項を説明し、少し離れた場所で実際にスターターハンドルを引いてエンジンを掛けた。


 体に響くひと際大きな音とともにエンジンが掛かり、犬の唸り声にも似た音が鳴り続けている。


『じいちゃん、何してるの?』

『こりゃっ、光聖!! 危ないから近づくでない!!』


 今までずっと忘れていたが、音を聞いた途端、祖父が草刈りをしていた時に近づいてこっぴどく叱られたことを思い出した。


 色々説明を聞いた今思い返せば、本当に危険な行為だったと思う。しかし、祖父が居なくなってしまった今となっては、懐かしい思い出の一つだ。


 そして、説明を聞いた光聖は、自分でも実際にエンジンを掛けてみた。


「おおっ!!」


 大したことじゃないはずなのに、祖父と同じことができるようになったという事実に胸が躍る。


 その後、刈刃の跳ね返りや実際の刈り方、作業中の注意事項などを実際に見せてもらいながら覚えていった。


「それでは、草を刈っていきましょう。私がやったようにやってみてください」

「はいっ」


 そして、ついに実践。


 光聖は、大地の栄養を全て吸いとったのではないか、というほど鬱蒼と生い茂る草に、辻堂の動作を思い出しながら草刈り機の刃を差し込んだ。


 金属同士がこすれ合うような甲高い音とともに、草が切断され、散っていく。


「すごく切れますね」

「えぇ。質の良い刈刃だと、ほとんど刈ったという感覚がないこともあります」


 辻堂の言う通り、ただ草刈り機を左右に動かしているだけの感覚なのに、草に刃が軽く当たっただけで簡単に切れてしまう。


 これがなかなか気持ちがいい。癖になりそうだ。


 光聖は夢中になり、しばらく前方へ刈り進めていく。


「清神様、そのくらいにしましょう!!」

「あっ、すみません」


 集中しすぎて辻堂に止められるまで二十メートル程刈り進んでしまった。


 光聖は慌てながらも、安全に配慮しつつ元の位置に戻る。


「いえいえ、それではエンジンを止めてください。最後にメンテナンスと保管方法についてご説明します」

「よろしくお願いします」


 最後に動かしていなかった予備の草刈り機を持ってきて、実際にやりながらメンテナンスと保管の方法を覚えた。


「これで草刈り機の使い方は以上になります」

「本当にありがとうございます。助かりました」

「いえいえ、お役に立てて嬉しいです」


 最後に関連する法令について説明を受け、これで一通りの指導は終了だ。


 四、五時間くらい指導を受けていたと思う。


 本当に勉強になった。


 もし異世界に召喚されなかったら、草刈り機の使い方も祖父に教えてもらっていたのだろうか。


『光聖、ここはこうやって、こうだ』

『分かったよ、じいちゃん』


『光聖は西側を刈ってくれ』

『了解』


 光聖はありえた未来がありありと想像できてしまい、寂しさを感じた。


「それでは、仕事があるので私はこの辺でお暇させていただきます」

「あ、ちょっと待ってください。またバフ掛けますから」


 片付けが終わった後、辻堂が帰ろうとする。


 だが、ここまでやってもらっておいて、何もせずに帰すのも悪い。


 そして、今光聖がやれることは強化魔法を掛けてあげるくらいしかない。


「い、いえいえ。清神様のお手を煩わせるようなことをさせるわけにはいきませんよ。お気持ちだけで結構です。それに、本当にここに居ていただくことがお仕事なので、あまり気を遣わないでいただいて結構ですから」


 しかし、その申し出は非常に慌てた様子で断られてしまった。


「そうですか? 分かりました」


 理由は分からないが、少々残念だ。せっかく役に立てると思ったのに。


 しかし、警察官に教えてもらった通り、お礼を強要するつもりはない。


「今日は本当にありがとうございました」

「いえいえ、それではまた」


 今日のところは諦めて辻堂を見送った。




「うぉおおおっ、すげぇ!!」


 次の日から草刈りが凄く捗った。

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