第015話 霊園の主との邂逅

「今日はこんなもんかな」

「キュッ」


 三栗屋を出た後、ぶらりと散策しながら、街のスーパーやドラックストアや百円均一ショップなどの日用品や生活必需品を取り扱っているお店を回った。


 自分の足で歩いたことで、脳内に街の地図が少しずつ出来上がってきている。RPGでよく見かける、自分が歩いた場所だけ地図が書き込まれるイメージだ。


 これで何か欲しいものがあった時、すぐに街に買いに来られるようになる。


 そして、今日の散策の締めは、祖父の墓参り。


 まだ日は傾き始めたばかり。今から行けば十分間に合うはずだ。


 そのために必要な物も散策の途中に買い揃えている。


 ただ、清神家は代々、亜那座あなざ霊園に埋葬されているが、すっかり変わり果てた今の街ではどこにあるのか分からなかった。


 ここで使い方を教えてもらった地図アプリの出番だ。


 検索画面で亜那座霊園を調べてみた。


 地図が今いる場所の近くにズームアップされて亜那座霊園にマチ針に似たアイコンが立ち、その近くの自分がいる場所に青い円が表示される。


「ここか。それでこのピンをタッチして、この案内を開始するってのを押せばいいんだったかな」


 亜那座霊園を目的地にしてナビを開始した。


『案内を開始します。正面の道を二百メートル直進してください』

「おおっ。俺の向いている方角まで分かるのか?」


 初めて体験するスマホのナビを聞いて驚きと喜びで声が弾む。


「タマ、じいちゃんのお墓に行くからな」

「キュイッ」


 肩に居るタマを撫でてから、ナビに従って進み始めた。


 十メートルごとにリアルタイムに距離の数字が減っていく。


『この道を右折してください』

「すげぇ、スマホってこんなに便利なのか!?」


 スマホのあまりの便利さに舌を巻いた。


 まさかこれほど便利だとは思わなかった。


 帰ってきた当時、スマホを持っていないなんて信じられない、という顔をされたことを思い出す。


 確かにスマホを持たない、という選択肢はないと思わせるだけのポテンシャルを感じた。


 それからスマホのナビに従って歩くこと十五分。


 ついに亜那座霊園へとたどり着いた。


「いやぁ、土地勘のなくなった場所でこんなに簡単に目的地に着けるなんて革命的だな。スマホがあれば、どこでも迷うこともなくなるんじゃないか?」


 光聖はスマホを崇めるように褒め讃える。


「キュッ」

「そうだな。早く掃除しないとな」


 そろそろ日が傾いてきたので、あまりのんびりもしていられない。


 タマに促され、気を取り直して記憶を頼りに清神家の墓の場所を探す。


 記憶よりも少し古びていたが、墓はすぐに見つかった。誰かが掃除をしてくれていたのか、割と綺麗だった。


 購入した道具を使い、すぐに掃除を始める。


 綺麗に見えても、雨風に晒されているせいで見えない汚れがついており、墓石を拭いた後の雑巾は、茶色に変色していた。


 十五分ほどで掃除を終え、榊を飾り、おはぎをお供えする。


「じいちゃんのおかげで楽しく暮らしてるよ」

「キュキュッ」


 光聖は感謝を告げて祈りを捧げ、タマも肩から降りて隣で拝んでいた。


「それじゃあ、帰るか」

「キュッ!!」


 やりたいことは全て終えたので、神社に帰ることにした。


現人神かみ様、ちょっと待っておくんなせぇ」


 しかし、墓を離れようとしたところで誰かに声を掛けられる。


 辺りを見渡すが、人の姿はない。


「誰だ?」

「ここでさぁ、ここ。下でさぁ」


 ここは神社に張った結界の外。


 警戒度を上げて声を掛けると、地面から聞こえてきた。


「カエル?」

「えぇ、あっしはこの霊園に住む大蝦蟇おおがまで、この辺りに棲む妖怪や怪異の代表をしてるんでさぁ」


 視線を下に下げると、そこにいたのはどう見てもカエルだった。確かにそのカエルから人に似た声が出ている。


 ウシガエルくらいの大きさはありそうだ。


「はぁ……その大蝦蟇さんが、俺に何の用ですか?」


 タマが警戒していないようなので、少し警戒を解いて話を聞く。


「いえね、一言礼をと、思いまして」

「ん? 俺は何もした覚えはありませんよ?」


 光聖には目の前のカエルに礼を言われるような心当たりはない。


「いえいえ、現人神様のおかげで悪霊や人に悪さする妖怪たちがいなくなったんでさぁ。暮らしやすくなって助かってるんで、ここを代表して一言礼を言いたかったんでさぁ」


 話を聞いた光聖は、辻堂が住むだけで恩恵があると言っていたことを思い出した。


 これもその一つなのだろう。


「いや、特に何かしてるわけじゃないから気にしないでください」

「ははぁ、現人神様は謙虚でさぁ」

「用はそれだけですか?」


 ただ、何もしていないのにかしこまって礼を言われるのは少々照れくさい。


 光聖は早めにこの場を離れたかった。


「いえ、本題はこれからでさぁ」

「ん? なんです?」


 しかし、まだ話は終わらない。


「お供え物は持ち帰ってくだせぇ」


 光聖に声を掛けた本当の理由は、お供え物に関する注意だったらしい。


「え、どうして?」

「それは――」


 ただ、光聖は持ち帰る理由が分からなかった。


 そこで話を聞いてみると、昔はお供え物を残して帰っていたが、今はマナー違反に当たるとのこと。


 窃盗犯が霊園に忍び込んだり、動物が食い散らかしたりするのが理由だそうだ。


 まさか妖怪カエルにそんなことを教えられるとは思わなかったが、なんだか二十年前よりも世の中が物騒になったような気がした。


「それじゃあ、このおはぎはタマが食べてくれ。捨てるのは勿体ないしな」

「キュッ!!」


 おはぎが食べられると知ったタマは大喜び。


 無くなるまで数分とかからなかった。


「教えてくれてありがとうございます」

「いえ、お役に立てて良かったでさぁ。何か力になれることがあったら言ってくだせぇ。あっしはここにおりますゆえ」

「分かりました。何かあったら頼らせてもらいますね」


 霊園に棲む妖怪たちの長と友誼を結んだ光聖は、ゴミをまとめ、家路についた。

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