第014話 思ひ出の店
明くる朝。
「今日は出かけようか」
今までは休みなしで草むしりしていたし、お金がなくては出るに出られなかった。
ようやく無一文を卒業したので気分転換をしようと思う。
「キュウ?」
「街を散策してみたくてな。一緒に行くか?」
「キュッ」
不思議そうに見つめるタマを撫でると、タマは光聖の肩の上に飛び乗った。
「そこがいいのか? まぁいいけどな」
タマを肩に載せたまま、神社の階段を降りていく。
毎日、日の出前にこの階段を下りているが、日が昇ってからだとまた違った趣がある。
昔は気づかなかったが、木々の隙間に太陽の光が差し込む風景の美しさに、心が洗われるような気分になった。
まるで異世界で旅の途中に迷い込んだエルフの森のようだ。
でも、あの時は大変だった。
エルフに敵だと認識された光聖たちは、森の中で突然攻撃され、四六時中、森に紛れて追い掛け回されたことを思い出す。
誤解が解けなれば、本当に死んでもおかしくなかった。
今思い返すだけゾッとする。
日本はもうすぐ初夏に差し掛かる季節。
階段を降り切ると、眼前に広がる田んぼで田植えの準備が進み、田起こしをしているトラクターがちらほら見受けられる。
ふわりと吹いた風とともに田んぼに蒔かれた肥料の匂いが鼻腔を
昔は嫌な香りだったが、今は懐かしさばかりが募る。小さい頃は祖父とこの辺りをよく歩いたものだ。
街に向かって歩いていくと、徐々に建物が増えていき、とある場所から一気に建物が乱立し始める。
初日は途中から見る余裕がなくなっていたが、今日はのんびりと風景を堪能した。
「あら可愛い。狐ちゃん?」
「はい」
「えっと大丈夫なのかしら?」
「病気のことですか? はい、大丈夫ですよ。対策をしているので」
「そうなのね。ちょっと撫でてもいいかしら?」
「ええ、構いませんよ」
世界一可愛いタマを連れているせいか、時折こうして人に話しかけられる。
高校時代はクラスメイト。
異世界時代は仲間たち。
それ以外とはほとんど話したことがないのに、今はこうしていろんな人と話している自分が少し新鮮だった。
「あっ。あの店は……」
すっかり変わってしまっていた街並みだが、変わらない物も残っている。
とある店が二十年前と変わらない姿で佇む姿を見て、ひどく懐かしさを覚えた。
「タマ、少し外で待っていられるか?」
「キュッ」
「ありがとな」
タマを壁際に下ろして店の中に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
店内には沢山の和菓子がズラリと並んでいた。
この店は光聖が祖父によく連れてこられていた和菓子屋だ。光聖もこの店のどら焼きと団子が大好きでいつも楽しみだった。
以前はもっと店内の色が少なかったが、時代に合わせているせいか、店内が華やかになっている。
小さい頃は、大人になったらこの店の団子を腹いっぱい食べるんだ、などと妄想していたこともあったと、懐かしむ。
異世界に行って二十年間食べられなかったこともあって、久しぶりにこの店の和菓子が食べたくなった。
「……もしかして、光ちゃんかい?」
店番をしていた中年の女性が恐る恐る光聖に話しかける。
「……三栗屋のお姉さん、お久しぶりですね」
彼女はこの店――和菓子屋「三栗屋」に嫁いできた嫁で、よく店番をしていた。
記憶の中の彼女とはすっかり変わってしまったが、当時の面影が残っている。
光聖と祖父が一緒にやってきた時に何度も顔を合わせていて、その度に話しかけてくれたことを思い出した。
「あぁ……生きていたのね……お爺さんのことは?」
「知ってます。ようやく帰って来れたのに間に合わなくて、悔しさでいっぱいでしたが、今は大丈夫です」
「そうかい……大変だったね……うっ」
女性店主は、光聖の祖父である幸四郎が、街中で必死に人探しのビラを配る姿や、いろんな人に聞き込みを続ける姿を思い出してほろりと涙を流す。
日に日にやつれていく幸四郎の姿は、見ていて本当に痛ましかった。
せっかく探し人であるその孫が帰ってきたというのに、二人がもう二度と会えないという事実が、さらに彼女を悲しませる。
「いや、じいちゃんの方がずっと大変だったと思います……それに夢の中で別れも済ませたのでもう吹っ切れました」
幽霊に会った、などと言えば頭がおかしくなったと思われかねない。
事実をオブラートに包んで伝えた。
「ぐすっ、あんなに小さかった光ちゃんがこんなことを言うなんてねぇ……ぐすっ。そりゃあ、私も歳もとるはずさ……今日もどら焼きと御団子、買っていくかい?」
彼女は悲しみと感動が入り混じったような複雑な表情で光聖を見つめる。
顔が鼻水と涙でひどい有様になっているが、そのまま商売を続けることに、彼女のプロ意識を感じた。
「はい。それとおはぎも貰えますか?」
光聖は、実際に祖父の霊に会って別れを済ませたせいですっかり忘れていたが、女性店主と話している最中に墓参りに行っていないことに気づく。
そこで、祖父の墓にお供えするおはぎも追加で購入することにした。
「あいよ……それで、外からこっちをジッと見ている白い子狐は知り合いかい?」
「あぁ、はい。お店に入れるのはまずいと思ったので、外で待たせていました」
店の外を見る女性店主につられて、光聖も外を見ると、タマが涎を垂らしながら店内を見つめているのが見えた。
和菓子を見てお腹が空いてしまったようだ。
「そうかい。気を使ってくれてありがとうよ。あの子にも何か買うかい?」
「そうですね。ちょっと待っていてください」
「これ、持っていきな」
「ありがとうございます」
女性店主から画像入りの商品リストを受け取ると、光聖は外に出てタマにどれが食べたいのか尋ねる。
「キュッ」
「おはぎか。じいちゃんと一緒だな。ちょっと待ってろよ」
タマが前足で食い気味にシンプルな小豆のおはぎを指した。
おはぎは祖父の大好物。同じ食べ物を選ぶタマに親しみを感じた。
「おはぎ、四つ追加で」
「あいよ」
店内に戻り、注文をし終えると、女性店主が品物を袋に詰め始める。
その間、店内を見回していると、祖父と幼い光聖が店の中に入ってきて、女性店主と話をする様子が、まるで第三者として映画でも見ているように、現実の風景に重なった。
懐かしさで込み上げてくるモノをグッと堪える。
「それじゃあ、また来ておくれよ」
「はい。それではまた」
「あ、そういえば、光ちゃん随分と若く見えるね。何か秘訣ってあるのかい?」
支払いを済ませて店を出ようとすると、真剣な表情で問いかける女性店主。
異世界でも日本でも、やはり女性は美容に敏感らしい。
「バランスのとれた食事と適度な運動。しっかりと睡眠をとることですよ」
本当の事を言うわけにもいかないので、ありきたりな答えを述べ、店を後にした。
久しぶりに見知った顔に出会えて、今日は外出して本当に良かったと、心からそう思う。
「キュウッ」
「はいはい、ちょっと待ってろよ」
外ではいまかいまかと待ち構えていたタマが、おはぎを出せとせがんできた。
光聖は袋を開け、おはぎをひとつ掌の上に載せてタマの前に差し出した。
「キュッ」
タマはすぐさまおはぎにかぶりつく。
まだ体が小さいので、口の中に一つまるごと入れることはできないが、ほんの三口程度でなくなってしまった。
「キュッ」
もっと寄越せと服を噛んで引っ張るタマに、もう一つ差し出す。
結果、タマのために買ったおはぎはあっという間になくなった。
「もう終わりだぞ」
「キュウ……」
「また今度な」
露骨に落ち込むタマを宥め、光聖は街の散策を再開した。
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