第013話 可愛いが最強

 キャンキャンと犬のように叫ぶ伽羅に対して、辻堂は立ち止り、空を見上げてぼんやりと呟く。


「ふぅ……俺はどうやら清神様の力を甘く見ていたらしい」


 その憂いを帯びた表情は、まるで戦に敗れて落ち延びた兵士のようだ。


「今なら大妖怪とだって戦えそうですよ!!」


 伽羅が軽い感じで跳びはねると、十メートル以上飛び上がる。


 日本を陰から守る陰陽師と言えど、ただの人。身体能力を霊力で強化してもアスリートに毛が生えた程度。人間の領域を逸脱するような力じゃない。


 しかし、光聖の付与魔法はそんな常識を完全に超越していた。


 その上、身体能力だけではなく、霊力まで強化されているのが、体の内側から湧き上がってくる膨大な霊力によってありありと感じられる。


 今なら、大妖怪と呼ばれている妖狐や鬼、そして天狗などとやり合えると思えるほどの力を感じていた。


 辻堂も光聖が他人を強化できる力を持っているのは完全に誤算だ。


 これだけ力が上がれば、いくら抑えても他人から隠しようがない。


「ったく、支部に帰って緊急会議だ。さっさと帰るぞ」

「はい!!」


 辻堂がガシガシと頭を掻きながら歩き出すと、その後を伽羅が続いた。


「全く、とんでもない現人神かみ様が帰ってきやがった……」


 辻堂は誰にも聞こえない小さな声でぼやく。


 幸い上層部は光聖に協力的だ。対策をしっかり考える必要があるだろう。


 自分の知らない場所でさらに株が上がることになったが、光聖が知る由はない。



 ◆   ◆   ◆



「キュウッ!!」

「あ、タマ、おかえり」


 辻堂と伽羅が帰り、黙々と作業をしていると、タマが草むらから飛び出してきた。


 すっかり泥だらけになっている。


 一体どこで何をしてきたのやら。


 もうすぐ日が暮れそうなので、仕事を切り上げることにした。


 泥だらけのタマに浄化魔法を掛けて汚れを取り、カップラーメンを食べる。


 タマも食べたがったので、小皿に取り分けると、幸せそうな表情で食べ始めた。


 カップラーメンも異世界で食べられなかった反動で買ってもらった食料の一つ。


 久しぶりに食べたカップラーメンは、塩分たっぷりで美味しかった。


「今日は一緒にお風呂に入ろうな」

「キュッ」


 汚れは落としたが、今日は泥まみれになった姿を見ていたので、着替えを持ち、タマを抱き上げてお風呂に連れていく。


 湯船のお湯はご飯の前に溜めておいた。


「それじゃあ、体を洗っていくからなぁ。お湯を掛けるから目を瞑れよ~」

「キュウッ」


 タマの体にお湯を掛ける。


 ふわふわの毛が水を吸って萎れたモップみたいにしまった。


 普段の姿の面影がまるでないが、情けなさと可愛さが同居していて、濡れた姿にしかない良さがある。


「次は泡つけるからなぁ。沁みるから目を開けるなよ」

「キュッ」


 噴き出してしまいそうになるのを堪えてボディソープを泡立てた。


 鏡に映るタマがギュッと目を閉じたのを確認し、泡をタマの体に付ける。


 爪を立てないように、優しく洗いながら泡立てた。


 ボディソープがちょっと多すぎたのか、いつものタマ以上にふわふわもこもこで、可愛さが集約されたモンスターができあがる。


 光聖は脳内のフィルムに焼き付けて可愛い物フォルダにその画像を仕舞い込んだ。


「これは可愛いな」

「キュウッ?」

「いや、なんでもない。それじゃあ、流すからな」

「キュッ」


 思わず呟いてしまった声にタマが反応するが、泡と一緒に話題も洗い流し、自分の頭と体を洗ってタマと共に湯船に浸かって誤魔化す。


「あぁ~」

「キュイ~」


 二人とも肩まで湯船に浸かると、恍惚の表情を浮かべて声を出す。


 風呂の同士が一匹増えた。


 温まるまで湯船に浸かった二人。


 先にタマが上がって体をブルブルと震わせて水滴を飛ばす。萎れていた毛がある程度ふんわりとした。


 風呂から上がってタマの体に残った水分をふき取って脱衣所に運び、掃除をした後、光聖は再度体と風呂場をシャワーで洗い流して風呂から上がった。


「あぁ~、生き返る!!」


 風呂上がりに飲むキンキンに冷えた炭酸ジュースは今日も美味い。


 タマも飲みたがったので、皿に注いで差し出した。


「キュイ!?」


 飲んだ瞬間、タマの毛がブワッと広がり、電気が走ったように顔先から尻尾の先まで流れるようにゾワゾワと震わせる。


 舌を出して痛がるそぶりを見せた。


「あははははっ。ちょっと痺れたか?」

「キュイッ」


 その光景が面白くてつい噴き出すと、タマが不満げに抗議する。


「これはそういう飲み物なんだ。面白いだろ? 慣れると病みつきになるんだよ」

「キュイッ」


 タマは恐る恐る舐め続ける。


 徐々に慣れてきたのか、毛をゾワゾワさせながら美味しそうに飲み始めた。


 炭酸ジュースの虜になったようだ。


「最後にブラッシングするからじっとしてろよ」

「キュイッ」


 まだ湿り気のあるタマの体をドライヤーで乾かしながら、ブラシで梳いてやる。


 タマの毛はサラサラで手触りが良く、不思議と毛が抜けて落ちることもない。


 おかげで部屋が毛だらけになることは避けられた。


「よし、完璧だ」

「キュイッ」


 毛を梳かし終えると、いつもよりふんわりとして上品なタマへと進化。


 ぜひとも記録に残したい姿だ。


「あ、そうだ」


 ふと思いついてスマホを取ってくる。


 スマホのカメラアプリでタマを撮影するためだ。


 アプリを開いて何度もタマの姿を撮影する。


 ガラケー時代よりもカメラの画質が上がり、満足の出来の写真がたくさん撮れた。


「ほら、よく撮れてるだろ?」

「キュイッ?」


 光聖がタマに写真を見せると、よく分からず首を傾げるタマ。


「これがタマの自分の姿だぞ」

「キュイッキュイッ」


 タマはスマホの隣に嬉しそうに並んで頬ずりする。


「うっ」


 その光景はとても微笑ましくて、光聖は悶えてその場に倒れて動かなくなった。


 光聖死す、死因はキュン死であった。













「キュウ、キュウッ」

「はっ!?」


 タマが何度か突っつくと、光聖は息を吹き返す。


 幽現神社はあわや現人神かみを失うところであった。

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