第012話 無一文からの卒業
少し時間を遡る。
神社の階段を二人の人物が歩いていた。
「……先輩!! 先輩ったら!!」
「……」
伽羅が辻堂に話しかけるが、彼は憮然とした態度のままその悉くを無視していた。
「もう、話を聞いてくださいよ!!」
「はぁ、なんだよ……」
我慢の限界に達した伽羅が辻堂の肩に手を置くと、彼は不満たっぷりの顔で立ち止って振り返る。
「もう、いつもまでむくれてるんですか? いい大人のくせに」
「あぁ~、いいよなぁ、お前は。タマちゃんに触れたんだから」
呆れた顔をする伽羅に対して、辻堂は恨みがましい目つきで返事をした。
そう、彼は可愛い動物が好きだ。
しかし、その年齢や見た目もあり、素直に受け取ることができなかった。それなのに、伽羅が自分を差し置いてタマを愛でていたことがうらやましくて仕方なかった。
ただ、当然伽羅が辻堂自身の態度を棚に上げて自分を悪く言うのを黙って聞いているはずもない。
「あれはどう考えたって先輩の自爆でしょ? 素直に触りたいって言えばよかったじゃないですか。人のせいにしないでください!!」
「くっ、へいへい、それは
確かに伽羅の言う通りなので、辻堂はグッと堪えて本題を尋ねる。
「何って。清神様が話していた魔法のことですよ。あの力があれば、病気や怪我で死ぬ人がグッと減るはずです」
「バカか、お前は。あんな力があるって世間に知られたらどうなると思ってるんだ?」
お気楽な調子の伽羅に対して、呆れながらその先の思考を促した。
「それは……ここに人が押し寄せてくる?」
それだけの力があれば、多くの人が診てもらおうとこぞってやってくるだろう。
大混雑している神社の様子をありありと目に浮かんだ。
「それだけじゃすまないだろう。中には拉致や誘拐、監禁。はたまた暗殺あんてことをしてくる奴らが現れるかもしれないぞ」
ただ、それだけで済むはずもない。
どんな病気も怪我も治せるとすれば、なんとしてでも手に入れようとする輩や、手に入らないのなら殺そうとする者も出てくるはずだ。
たとえ、本人がどうにもできないとしても、やりようはいくらでもある。
光聖やその周辺の生活を考えれば、表に出すべきではない。
「そ、それは確かに……」
ようやく思い至った伽羅は深刻な表情になった。
「それにな?」
思わせぶりに呟いて立ち止る辻堂。
つられて伽羅も立ち止った。
「それに?」
「俺たちの仕事がもっと増える」
「あぁ~、それは嫌ですね……」
ただでさえ激務で忙しいのに、これ以上仕事を増やされたら堪らない。
納得した伽羅は、うんざりした顔になって辻堂に同意した。
そしてこの時、二人はさらに悩む事態になるとは思ってもいなかった。
◆ ◆ ◆
次の日。
「ふぅ、少しずつ進んできたな」
今日も今日とて草むしりに邁進している。
立ちあがり、腰をトントンと叩きながら境内を見回した。
数日も続けていると、綺麗になった範囲が広がり、まだ手を入れていない場所との差が明確になって、成果が目に見えてくるのが楽しい。
「キュッ」
休憩していると、草むらの中から何かが飛び出してきた。
それは子狐のタマだ。
草むしりをしている間、タマはやることがないので、神社の敷地内の森の中に遊びに出かけていた。
この辺りには野生動物も多くいるので少し心配だが、結界内での動きはおおよそ感知できるし、即死さえしてなければ回復できるはずだ。
あまり干渉し過ぎるのもよくないと思い、好きなようにさせている。
「タマ、泥だらけじゃないか」
「キュウッ」
タマは元気よく返事をした。
真っ白なタマの毛が、泥で汚れて今は見る影もない。まるで泥んこ遊びをしてきた人間の子供のようだ。
楽しそうにしているタマを見るとなんだか嬉しくなる。
今日はタマをお風呂に入れてやることに決めた。
「好きなだけ遊んで来いよ」
「キュッ」
しゃがんで頭を撫でると、タマは再び草むらの奥に消えていった。
再び草むしりに集中していると、やってきた辻堂から声を掛けられる。
「清神様、こんにちは。精が出ますね」
「ああ。辻堂さん、伽羅さん、いらっしゃい。いつもありがとうございます」
光聖は立ち上がり、タオルで汗を拭いて挨拶を返す。
「いえいえ、清神様のサポートをするのも私たちの仕事ですから」
「そう言ってもらえて助かります。今日はどうされたんですか?」
「はい。連絡が取れないと不便かと思いまして、スマホをご用意しました」
「あぁっ、何から何までありがとうございます。ここではなんなので中にどうぞ」
「それでは失礼します」
辻堂たち以外の人間と関わっていないので、誰かに連絡するようなこともなく、すっかりスマホのことを忘れていた。
外で立ち話でするような話でもないので、三人は社務所に移動した。
「こちらが清神様用のスマホになります」
「おおっ。これが今の携帯電話なんですよね」
居間でテーブルの上に差し出されたのは最新型のスマホ。
道案内してくれた静音を思い出しながら、本体を手に持ってひっくり返したり、いろんなところじっくりと観察したりしてみる。
こんな板のような物体が携帯電話だなんて未だに信じがたい。
それから、二人からスマホの使い方のレクチャーを受け、なんとか通話と地図アプリの使い方、それとカメラの使い方を覚えた。
これで何かあった時は自分から連絡できる。
それに、地図アプリがあれば、もう誰かに道を聞かなくてもどこにでも行けるし、道に迷うこともないはずだ。
後は仕事を貰って少しでも給料を貰えれば、街に繰り出すことができる。
「あ、それとこちら、当面の生活費になります」
そう思っていたのだが、説明を終えた辻堂は懐から札束が入った封筒を差し出した。
「いやいや、そんなの受け取れませんよ」
こちらから切り出そうとしていた話題を辻堂から切り出されてバツが悪くなる。
それに、ここまで環境を整えてもらっておいて、何の対価もなしにさらにお金を受け取るのには抵抗があった。
異世界でも謝礼を受け取ったことはあるが、魔法を使って怪我を治したり、毒の治療をした対価だけだ。
それ以外は全て断っていた。
「いえいえ、清神様にはこの神社の管理をしてもらっていますし、こちらに居ていただけるだけで私たちには大きな恩恵があるのです。これはその対価ですから。お金がなければ、出かけることもできないしょうし、自分で何かを買うときにも必要になります。ぜひお受け取りいただけますと幸いです」
「はぁ……分かりました。ありがたく受け取らせてもらいます」
しかし、ここまで言われたら受け取らざるを得なかった。
それに、お金が欲しかったのも事実。
渋々ながら差し出された封筒を受け取った。
「次からは以前お渡しした通帳に入金しますのでよろしくお願いします」
「本当にありがとうございます。ありがたく使わせていただきいます」
自分の好きなことをやっているだけなのに、毎月お金をくれるという。
とんでもない話だ。
「それから、明後日から本殿の立て直しが始まると思います」
「分かりました。あっ、今度草刈り機の使い方って教えてもらえますか?」
草むしりをしている最中に、祖父が草刈り機を使用していたのを思い出した。
流石に一人で手作業だと限界があるので現代機器を活用したい。
もし、誰かに教えてもらえるのなら頼みたかった。
「はい。そのくらいお安い御用です。明後日で大丈夫ですか?」
「いいんですか?」
まさかそれほど早く対応してくれるとは思わず、戸惑いながら聞き返す。
「はい、もちろんです」
「ありがとうございます。それでは、よろしくお願いします」
「いえいえ。それでは、我々は失礼しますね」
「はい、また……あっ」
用事を済ませた辻堂たちが席を立つ。
そこでふと自分が役に立てそうなことを一つ思いついた。
「どうかされましたか?」
「はい、ちょっと動かないでくださいね? リーンフォース」
呼び止められて不思議そうな顔で振り返る二人。
光聖は立ち上がると、二人に手を翳して魔法を唱えた。
二人を青白い光が包み込む。
「「!?」」
突然、よく分からない光に覆われて二人は身構えた。
しかし、すぐにその光の効果を理解する。
「これは……もしかしてバフ……ですか?」
多少なりともゲーム知識のある若い伽羅が、恐る恐る光聖に訪ねた。
「はい、お仕事で悪霊や妖怪と戦われると聞いたので、役に立つかなと。多分丸一日は持つと思うので、お仕事が楽になればいいと思いまして」
そう。
光聖が二人に掛けたのは二人の全ての能力を底上げする強化魔法だ。
いつも貰ってばかりでは悪いし、非常にお世話になっている。魔法はそのお礼のつもりだった。
今後、彼らが尋ねてくるたびに、付与魔法を掛けようと思っている。
そうすれば、彼らの仕事も楽になるだろう。
「……そ、そうですか。ありがとうございます」
伽羅はどうにか声を絞り出して、引きつった笑顔で礼を言った。
隣で辻堂は唖然として置物と化している。
光聖は二人の様子がおかしいことに気づかない。
「いえいえ、それではお気をつけて」
「は、はい、失礼します」
伽羅が辻堂を無理やり引っ張って連れていく。
二人は光聖に見送られ、おぼつかない足取りで去っていった。
本堂の立て直しが始まれば、しばらくはうるさくなりそうだ。
社務所に防音の結界を張っておくことに決めた。
そこでハタと気づく。
「あっ、結局仕事貰うの忘れた」
二人の姿はもう見えなくなっていて、完全に後の祭りだった。
◆ ◆ ◆
そして、その帰り道。
「先輩!! これ、なんなんですか!! なんなんですか、これ!!」
再び伽羅が叫ぶことになった。
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