第011話 素直になれない男の末路
「それじゃあ、ご飯を食べるか」
「キュウッ」
夕方まで昼も食べずに一心不乱に草をむしり続けたのですっかり空腹だ。
タマの汚れを魔法を使って浄化して本殿に連れていく。
昨日、辻堂が買ってきてくれたコンビニの総菜がまだ残っているので、レンジで温めて食べる。
「そういえば、タマは何を食べるんだ? 狐と言ったらやっぱりこれか?」
狐など飼ったことのない光聖は、何を食べるのか知らなかった。
ただ、幸いと言っていいのか、コンビニから買ってきてもらった総菜の中には稲荷寿司が含まれている。
狐と言えば稲荷寿司、というイメージを持っていた光聖は、皿に載せて出してやった。
「キュッ」
タマは鼻をクンクンと鳴らした後に少し齧ると、すぐに勢いよく食べ始めた。
気に入ったらしい。
一心不乱に食べる姿はとても可愛らしい。
『ごめんくださーい!!』
タマを眺めていると、社務所の玄関から辻堂の声が聞こえてきた。
今日も日が落ちそうな時間なのに、様子を見に来てくれたらしい。うっかり忘れていたが、狐を飼うためには手続きが必要かもしれない。
ちょうどいいので辻堂に尋ねることにした。
「清神様、こんにちは」
「こんにちは。今日も来てくれたんですね。ありがとうございます」
「いえいえ。あれ……その狐はどうされたんですか?」
辻堂と伽羅を入り口で出迎えると、辻堂が光聖についてきたタマに気づく。
「異世界から帰還した日にひどい怪我をしていたので回復魔法で助けたんですが、いきなりここにやってきまして。懐いてくれてるみたいなんで飼おうと思うんですが、大丈夫ですか?」
「……狐に触ると、恐ろしい病気にかかる恐れがあるんですが……」
辻堂は一度眉をピクリとさせて一呼吸置いた後、困った顔になった。
それもそのはず。狐の毛にはエキノコックスの卵が付着している可能性があり、直接触ると感染してしまう恐れがあるからだ。
日本では北海道を中心に見られる病気で命に係わる。
「そういうのは大丈夫だと思います。浄化魔法で汚れを落とした時に、人の害になるものは全て消えてるはずなので」
しかし、光聖は自信をもって返事をした。
浄化魔法は、目に見えない細かいものまでしっかりと落としてくれるので、エキノコックスの卵が毛に付着していたとしても、もう消えているはずだ。
それに、光聖の浄化魔法は他の神官の魔法とは一線を画しており、害になるモノは全て浄化してしまう。
最悪、関わった人に定期的に浄化魔法を掛けておけば、病気になることはない。
光聖は異世界での体験を通してそれを理解していた。
「……そうですか。
辻堂は再びピクリと眉を動かしたが、何もなかったように話を進めていく。
「いつも本当に助かります。知識が高校時代で止まってるし、街も随分様変わりしちゃったので……もし本当に何か自分にできることがあれば言ってください」
二十年で培うはずだった常識のない光聖は、良くしてくれる辻堂にとても感謝している。
今普通に生活できているの辻堂たちのおかげだ。彼らがいなければ、生活するのはもっともっと大変だっただろう。
何か恩返しがしたいと思っていた。
「いえいえ、気にしないでください。このくらいお安い御用ですよ。それにしても……これほど白い狐は珍しいですね」
しかし、辻堂は何も要求せず、タマをじっと見つめながら顎を擦る。
タマはよく分からないようで、不思議そうに顔を傾げていた。
タマは辻堂と伽羅を初めて見るが、怯えたり、人見知りする様子はない。
「そうなんですか?」
「えぇ。北極圏に住むホッキョクギツネくらいのはず。一体どこから来たのか……」
日本に生息している狐は、キタキツネとホンドギツネの二種類。
キタキツネの亜種の中に白い毛を持つ狐はいるが、ホッキョクギツネのように真っ白というわけではない。
それに、ホッキョクギツネは日本で見られる施設が限られる。その施設から脱走した、などという情報も耳に入ってはいない。
辻堂はタマがどこから現れたのが気になった。
「なんでもいいですよ。悪意はないみたいですから」
「キュッ」
光聖がしゃがんでタマを撫でると、タマは気持ちよさそうに目を細め、光聖の手に頭を擦り付けてくる。
その姿はとても愛らしく、身も心も癒される。
こんなに可愛ければ、出自などどうでもよかった。
可愛いは正義だ。
「……」
しばらく辻堂からの返事がなかったため、光聖はタマから視線を移す。
辻堂はボーっとした表情で立ったままタマを見つめていた。
「どうかしましたか?」
「コホンッ。い、いえ、そうですね。清神様がそういうのでしたら、私としては何も言うことはございません」
辻堂は声を掛けられると、ハッとした表情になってすぐに顔を背ける。
そこで光聖は辻堂がタマを見つめていることに気づいた。
なるほど、そういうことか。
「撫でてみますか?」
「キュイ?」
辻堂の願望を察し、光聖はタマを後ろから抱えて辻堂の前に差し出した。
突然抱き上げられたタマは首を傾けている。
タマのつぶらな瞳が辻堂に突き刺さった。
「い、いえ、私はそういうのに興味はないので!!」
辻堂は体を両腕でバッと覆い、後ろへと
「そうですか? 残念ですね、可愛いのに」
「あの~、すみません」
光聖が残念に思っていると、これまでずっと空気と化していた伽羅が手を上げた。
「伽羅さん、どうかしましたか?」
「もしよかったら、私に撫でさせてもらえないかな、と」
恐る恐る一歩前に出てその願いを述べる伽羅。
後ろで辻堂が目を開いて固まっていた。
「勿論いいですよ、な?」
「キュイッ」
「それではどうぞ」
「わぁ、ありがとうございます」
タマに意思を確認した後、彼女にタマを手渡した。
「すっごい、ふわふわぁ……」
タマを抱いた瞬間、伽羅の顔がだらしなく緩んだ。
「キュウ」
頭を撫で始めると、タマはもっと撫でろと言わんばかりに、伽羅の手に自分の頭を押し付ける。
「はわわわっ、タマちゃん、可愛すぎる……」
伽羅はタマのその可愛らしい行為に、真っ白になって天に召されそうになった。
「くぅっ……!!」
そして、その後ろで、辻堂がハンカチを噛んで涙を流し、悔しそうに伽羅の後姿を見つめていた。
「はぁ……それでは、我々はこれで」
「はい、いつもありがとうございます」
伽羅がタマを愛でた後、彼らは去っていく。
辻堂はガックリと肩を落とし、その背中には哀愁が漂っていた。
あれが素直になれなかった男の末路だ。
「よかった。これで一緒に暮らせるぞ、タマ」
「キュッ」
二人の背中を見送った後、光聖がタマに微笑みかけて頭を撫でると、タマは嬉しそうに鳴いた。
今日の夜はタマと一緒に寝る。
「おやすみ、タマ」
「キュッ」
誰かが一緒にいるという安心感からか、光聖は深い眠りへと誘われていった。
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