第025話 雨女

 いつもと同じように日課を済ませた後、再び外に出る。光聖は今日から畑づくりを始めることにした。


 本殿の裏にある庭を畑として使用する。神様に好きにしていいと言われているので問題ないとだろう。


 光聖は高校時代からアイドルが農業をする"ザ!剛腕!DASH‼︎"を見ていて、異世界で料理を覚えた後、自分で作った食材で料理をすることに憧れを持っていた。


 番組が今も続いていてくれたことに感謝しかない。毎週日曜は必ず視聴している。


「キュッ」

「おっ、タマ、いってらっしゃい」

「キュッキューッ」


 タマが出かける前に光聖に挨拶をして草むらをかき分けて森の中に姿を消した。


 その姿を見送った光聖は、作務衣姿にクワを持って畑を耕し始めるが、土はなかなかしぶとく耕すのも簡単ではない。


 六月の日差しが容赦なく降り注ぎ、汗が地面に滴り落ちる。


「もうすぐお昼だな……」


 一区切りついたところで、体を起こして体を伸ばす。


 悪戦苦闘しながらクワを振り下ろしているうちに、いつの間にか太陽が頭の真上に昇り、お昼近くまで時間が過ぎていた。


 ――ポツ、ポツポツ……サァーッ


「うわっ」


 陽気も束の間、唐突に雨雲が空を覆い、雨が降り始める。


 光聖はすぐに軒下に避難した。


 天気予報では晴れの予報だったはずだが。


「こんなにハッキリと分かれるものなんだな……」


 空が曇のある場所と無い場所とで二分していた。とても不思議な光景だ。


「キュキュウッ」


 空を眺めていると、雨に降られたタマが戻ってきた。その体は濡れて萎れていて、哀愁を漂わせている。


「すぐに止みそうにはないか……」


 しばらく様子を見ていてが、雨が止む気配はない。すぐに止むようであれば、作業に戻るところだが、難しそうだ。


「クシュッ」


 タマがくしゃみをする。


 そのままにしておいたら風邪をひいてしまうかもしれない。そうならないように乾かした方がいいだろう。


「タマ、家の中に入ろう」

「キュッ」


 タマの汚れを浄化し、本殿に連れて行ってバスタオルで包み込んでワシャワシャと水分を拭きとってドライヤーで毛を乾かした。


 高級シルクもさながらのふんわりした仕上がりだ。


 うん、可愛い。


「今日のお昼は暖かいモノにするか」

「キュッ」


 雨が降ってきたせいか、六月にもかかわらず、少し肌寒さを感じた。こういう日は暖かい料理とお風呂で内と外から体を温めるのが肝要だ。


「今日は豚汁と肉じゃがにするか」


 元々予定していた献立の中で体が温まりそうな豚汁と肉じゃがをチョイス。


 クイックパッドのレシピを参考に作る。


「ん? 誰だ、こんな土砂降りの中」

「キュキュウ?」

「誰か来たみたいだ。ちょっと見てくる」


 料理がもうすぐ完成というところで、何者かが結界内に侵入してきた。


 その気配は辻堂でも伽羅でもない。


 ただ、立ち入り禁止の立札があるにもかかわらず、迷わず境内に入ってくるということは、最初からなんらかの用があるのだろう。


 火を止めて拝殿の軒下で来客を待った。


「あれは……喪服?」


 階段を上ってきたのは海外の喪服のような黒い衣服に黒い傘をさしているロングヘアーの女性。


 近づいてくるとその容姿がハッキリ見えてくる。


 髪は濡羽色で、瞳は深紅。容姿が非常に整っていた。人形のようにさえ見える。


「くちゅんっ」


 立ち止ったかと思うと、傘を肩と頭で支え、手で口元を隠して可愛らしいくしゃみをした。


 ――ピシャーンッ

 ――ゴロゴロゴロッ

 ――ザーッ


 その瞬間、至るところで稲光が起こり、雨足がさらに強くなる。


 あまりのタイミングの良さに疑念を抱くが、気のせいだろうと首を振った。


「こんにちは。清神様であらせられますか?」

「あ、はい。俺は清神光聖ですけど。どちら様で?」

「はじめまして。私は雨女と申します。大蝦蟇さんからお話を聞きまして、これから一カ月程この辺りに滞在させていただきますので、ご挨拶に参りました」

「あぁ、蝦蟇さんのお知り合いでしたか。これはご丁寧にどうも。こちらこそよろしくお願いします」


 挨拶をしに来た理由を聞いて合点がいった。


 ただ、彼女がこの地域に一カ月も滞在する理由が気になる。


「こちら、ご挨拶の品です。お納めください」

「これはこれは大変結構なものを。ありがとうございます。こちらでは何を?」


 濡れないようにしっかりと袋で包まれた手土産を受けとりながら尋ねた。


「あ、はい。私が雨――くちゅんっ」


 説明の途中で雨女が再びくしゃみをした。


 そのタイミングで先ほどと同様に雷が鳴り、雨がさらに激しくなる。凄い偶然だ。


「よろしければ、昼食をご一緒しませんか? もうすぐ完成するところですので」


 立ち話もなんなので、説明を聞くついでに昼食に誘った。


 温かい食事を摂ればくしゃみが止まるかもしれない。


「いえいえ、そのようなお手間をかけるわけには参りません」

「いえ、むしろ多く作り過ぎたので、ぜひ食べていってください。このままだと食べきれなくて捨てるしかないので」

「そうですか? それではお言葉に甘えまして……」


 食い下がると、雨女は申し訳なさそうにしながら光聖に従った。




「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。こんなに美味しい食事は久しぶりでした」

「お粗末様でした。ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです。話を聞いてもいいですか?」


 タマの紹介を済ませた後、すっかり食事に夢中になり、食べ終わるまで一言も喋らなかった二人。


 満足げな様子を見たところで話を聞く。


「はい、ここに滞在する理由なんですが、私が雨女だからですね」

「雨女であることとここに滞在することって何か関係あるんですか?」


 彼女が雨女であるという事実とこの土地に滞在する理由が全く結びつかない。


「はい。今は何月ですか?」

「六月ですね」

「六月と言えば?」


 六月という言葉と雨女という言葉が結びついてハッと閃く。


 日本の六月と言えば、圧倒的にこの自然現象が思い浮かぶはずだ。


「もしかして梅雨……ですか?」

「正解です。私は毎年日本の南方から梅雨を運んできているんですよ」

「はぇ~……そんなお仕事があるんですね。でも、梅雨が終わったらどうするんですか?」


 雨女とは雨が降りやすい女性のことを指すはずだ。


 毎年梅雨を運んでいるということは、相当雨を降らせやすい体質に違いない。それはもはや超能力と言ってもいい力ではないだろうか。


 全国雨女選手権大会があったら、彼女が優勝すること間違いなしだ。世の中には異世界に行かなくてもとんでもない力を持つ人間がいるらしい。


 ただ、帰りは雨を降らせるわけにはいかない。どうやって帰るのか気になった。


「あぁ、雨はコントロールできるのですよ。でも、最近体調がすぐれなくて力が暴走して天候を大荒れさせてしまっていたんですよね」

「あぁ~、なるほど。それで」


 自戒するように述べる彼女の話を聞いて、くしゃみをするたびに天気が荒れていたことを思い出す。


 疑問に思っていたことが解けてスッキリした。


 しかし、天候が操れる人間は雨女とは言わないんじゃないか? いや、雨女も極めれば、天候を操れるようになるのかもしれないな。


「はい、でももう大丈夫そうです」

「そうですか? もしよければ、治癒魔法を掛けますよ?」

「あぁ、いえいえ。美味しいご飯を食べたからですかね? 頗る調子がいいんです」


 自分の出番とばかりに提案するが、焦ったように手を振って拒否する雨女。


 魔法を掛ければ体調くらい治せるのだが、本人がそういうのであれば、無理強いするつもりはない。


「そうですか。それならいいんですが」

「はい、全然大丈夫ですよ。それでは、私はこの辺りでお暇させていただきますね。お昼、本当にごちそうさまでした」

「こちらこそ、わざわざご挨拶に来ていただいてありがとうございました」


 挨拶を済ませた雨女は再び雨の中を歩いていった。


「雨女の中には凄い人もいるんだな」

「キュウッ」


 その背中を見つめながらポツリと呟く。


 まさか人間が梅雨を運んでいるとは思わなかった。世の中知らないことだらけだ。


 光聖はボンヤリとしたまま雨女を見送った。



 ◆   ◆   ◆


 

 神社の階段を降り切ったところ。激しい雨のせいか、人っ子一人見当たらない。


 雨女は先ほど会った光聖のことを思い出しながら呟く。


「現人神様の料理は凄いですねぇ、不調が一発で治ってしまいました。蝦蟇さんが紹介するわけです。私を何か勘違いされていたような気もしますが……まぁいいでしょう。それではいつも通り仕事をこなしますか」


 ――トプンッ


 その直後、雨女は人としての形を失い、液体となって地面に溶けて消えた。

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