第024話 世間は本当に狭い

 辻堂は神社を辞した後、別件の仕事を終わらせ、車を走らせていた。


 神社での出来事を思い出し、ポツリと呟く。


「まさか清神様が結界魔法を使える上に、神気にあのような効能まであるとは思わなかったな」


 今日は幽現神社に沢山のご老人たちが参拝に訪れた。


 彼らは神様に最近体の調子が頗るよくなった礼をしたかったのだという。


 ご老人たちの多くは、一カ月前は加齢や怪我の後遺症などによって動くのも億劫だったが、今ではそれほど苦ではなくなったとのこと。


 自分の体も以前よりもキレが増し、疲れが次の日に残らないことを感じていた。


 自分だけでなく、数十人もの人間が似たようなことを言っているのであれば、気のせいや勘違いという線は薄い。


 光聖の神域内にいるだけで、体の古傷や怪我、病気が少しずつ良くなったり、体調が整ったりするのはまず間違いないだろう。


 だからこそ、ご老人たちは階段を上ってくることができたわけだ。


 それに、効果は体の調子の回復だけに留まらない。


 景気の悪化していた企業の経営回復。

 暴力的だった人間や家畜が大人しくなる。

 無気力だった人間が前向きになる。

 作物の生育状況が好転する。


 などなど、様々な話を聞くことができた。


 現段階でこれだけの話を集まったんだ。調査をすれば、沢山の声を拾えるだろう。


 それはつまり、光聖の力を隠すのは難しいということだ。


 これからそういう話は街のいたるところで聞こえてくるようになるに違いない。それに、光聖には結界魔法まである。


 それならいっそのこと、光聖を神社の現人神かみとして認知してもらい、町全体で見守る方がいいと考えた。


 その結果、光聖は大層有難がれ、拝まれることになって困惑することになったが、それほど悪い気はしていないようだったので、徐々に慣れてくれるはずだ。


 今後、ますます神社に来ようとする人たちが増えていくだろう。そういう人たちのためにも、できるだけ早く準備を整えて神社を運営できるようにしたい。


 光聖は現人神なので他の神とは事情が全く異なっている。直接会話できるので、必要な物は今後一緒に詰めていけばいい。


 神社の管理維持に関しては光聖がやってくれるし、すぐに必要なのは社務所での応対ができる人間だ。時間を決め、常駐できるようにしなければならない。


 光聖との関係を考えれば、現状では窓口をしている自分と伽羅が適任だろう。


「俺と伽羅が入るとして、もう何人かいるといいんだが……うーん、頼んでみるか」


 しかし、今後ますます来客が増えるとすれば、できればもう少し人員が欲しい。


 辻堂は信頼できる人間に当たりを付け、自宅に帰るのだった。


「それにしても今日はさらに体の調子がいいな。気のせいか?」


 ただ、いつもよりさらに体の調子が良い原因に気づくことはなかった。


 


「ただいま」

「お父さん、お帰り」

「お帰りなさい、あなた」


 家に帰ると、リビングで癖のない黒髪を後ろでポニーテールにまとめた少女と、その少女を大人に成長させたような姿のロングヘアーの女性が辻堂を出迎えた。


 彼女たちは辻堂の娘と妻で静音と朱莉あかりという。


 辻堂は丁度いいので先ほど考えていたことを提案してみることにした。


「静音、朱莉、ちょっといいか?」

「え、どうしたの?」

「かしこまってお話なんて珍しいわね」


 普段と少し様子の違う辻堂に二人は目を丸くする。


 三人はテーブルに移動して席に着いた。


「静音、部活は入っていなかったよな」

「うん、そろそろお爺ちゃんの神社でお手伝いするかもって言われてたから」


 静音も親の血を受け継ぎ、霊力を持っていたため、巫女として祖父の神社で働きながら、陰陽師としての修業を重ねていく予定だった。


「朱莉、職場を離れられるか?」

「すぐには無理だけど、ひと月あれば大丈夫よ」


 朱莉は陰陽師ではないが、陰陽師協会で裏方の仕事をしている。


「それならいけるか。俺と部下の伽羅が幽現神社に常駐するつもりなんだが、朱莉と静音も一緒に働いてくれないか?」


 幽現神社で働くにあたり、割ける人員が足りない。しかも光聖のことを考えると、できるだけ信頼できる人間が好ましい。


 辻堂が思いついたのが、一番信頼している家族、朱莉と静音だった。


「うーん、別にいいけど、なんで幽現神社に常駐するの?」

「静音は力を感じ取れないと思うが、一カ月前に現人神がこの地に降臨されたんだ」

「え? どういうこと?」


 辻堂が一から説明を始めるが、はいそうですか、と受け入れられるはずもない。


 神が現実に、しかも人間として降臨するなど、聞いたことのない話なのだから。


 その気持ちは十分わかるので、一つ一つ説明していく。


「そのままの意味だ。今、その現人神が幽現神社に住んでいるんだよ」

「なんでそんなことになったのかしら?」


 隣から朱莉が口を挟んだ。


「降臨した現人神というのが、その神社の所縁の人間だったからだよ」

「あぁ!! 思い出した、清神光聖!!」


 辻堂の説明を聞いた瞬間、ハッとした表情でガタリと立ち上がる静音。


「ん? なんだ、知ってたのか?」

「違うの。一カ月前くらいにその人を交番まで案内したんだよ。その時に名前に聞き覚えがあるなぁって思ってたんだけど、清神のお爺ちゃんと同じ苗字だったんだ」


 腑に落ちたという顔になる静音。


 娘と光聖に会っているとは思わなかったが、それなら尚更適任と言えるだろう。


「それなら話が早い。その清神光聖様が現人神だ」

「えぇええええええええっ!?」


 静音は目玉が飛び出しそうなくらい目を開いた。


 自分が案内した人間こそが神様だと言われれば、そういう反応も当然だ。


「今、清神様のおかげでこの辺り一帯の土地も人も非常にいい方向に進んでいる」

「ええ、私も最近とても体の調子がいいもの、不思議なくらいに。その理由がようやく分かったわ」


 妻の朱莉も最近の体の好調の原因が分かり、納得顔で肩をぐるぐると回す。


「そうだ。それも清神様のおかげだ。彼に仕えることは陰陽師協会にとっても大きな利益があるし、あの方は優しさには優しさで返してくれる現人神ひとだ。一緒に仕事をして損をすることはないだろう」


 これまで何度も関わった中で、光聖の為人は理解していた。


 二人を自信をもって紹介することができる。


「そうなんだ。分かった、私は別にいいよ」

「私も問題ないわ」

「そうか。ありがとう」


 了解を得られたことで辻堂は安堵でホッとため息を吐いた。


「それにしても、まさか静音ちゃんが案内した人が現人神かみ様だなんてねぇ」

「そうだな。俺が会った清神様が静音と接点があるとは思わなかった」

「「世間は狭い(な)(わねぇ)」」


 朱莉と辻堂はしみじみと呟き合った。

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