第023話 なんちゃって現人神
『こんにちはー!!』
感傷に浸っていると、辻堂の声が拝殿の方から聞こえてきた。
「どうぞぉっ!!」
返事をすると、辻堂と伽羅は勝手知ったるという動きで本殿にやってくる。
「わぁ~、なんだか美味しそうな匂いがしますね」
伽羅が鼻をひくつかせ、うっとりと呟いた。
「それが実はビーフシチューオムライスを作りまして」
「えぇ~、いいですねぇ」
「伽羅さんも食べますか?」
「いいんですか? ったぁ!? 何するんですか!?」
「ちょっと清神様に慣れ慣れしすぎるぞ」
伽羅がパァッと花を咲かせたような笑みを浮かべた瞬間、その顔は上からつぶされたカエルように歪んだ。
伽羅の頭の上に辻堂の拳骨が降ってきたせいだ。
抗議する伽羅に対して、憮然とした態度をとる辻堂。光聖は伽羅が自分の料理を食べたいと思ってくれることが嬉しくて彼にも勧める。
「いやいや、辻堂さんもどうですか? まだ余っているので」
「先輩、お腹空きました。清神様がこう言っているんだからいいじゃないですかぁ」
仕事が大変だったのか、伽羅が辻堂に縋るような態度をとった。
「はぁ……分かりました。いただいてもよろしいでしょうか」
「はい。任せてください」
光聖が許可していることもあり、辻堂はオムライスを食べることに頷いた。
先ほどのレシピを思い出しながらオムライスを創り、残ったビーフシチューを温め直して掛ける。
「なにこれ、うっま!!」
「……」
目を大きく見開く伽羅と、無言でスプーンを動かし続ける辻堂。
反応は両極端に分かれたが、どちらも美味しそうに食べているのが分かる。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「ごちそうさまでした。私もこんなに美味しいビーフシチューオムライス初めて食べました」
二人ともあっという間に食べ終え、満足そうな笑みを浮かべた。
『光聖、この料理美味いな。お代わり!!』
『俺も俺も!!』
『あ、あんたたち、ずるいわよ。私も!!』
そういえば、異世界で仲間たちも口々に美味いと言ってくれた。
それが作り手としてとても嬉しかったことを覚えている。
「お粗末様でした。俺はただクイックパッドに載ってたレシピで作っただけですよ。凄いのはこのレシピです」
「いえいえ、私もレシピ見ながら作ったことありますけど、こんなに美味く作れませんでしたよ。清神様は本当にすごいと思います」
「そうですか? そう言ってもらえると嬉しいですね」
ただ、レシピ通りに作っただけなので、褒められるのはなんだかこそばゆかった。
でも、伽羅が力説してくれるのを見て、心が温かくなるのを感じる。
「ん?」
各々腹を満たしたところで、結界内に大人数が侵入してくるのを察知した。
その全員が今まで感じたことのない気配だ。
「どうかしましたか?」
「いえ、今日って誰か来る予定はありましたっけ?」
「特にありませんね」
「うーん」
辻堂が知らないということは、陰陽師とも光聖とも全く関係のない人間たちが訪れたということだ。
「誰か来ているんですか?」
「はい。俺が張っている結界に侵入してきた気配が複数ありまして。ただ、結界は悪意があるものが入れないだけで、普通の人は入れるので、入って来られた時点で敵意はないと思いますが。今まで会ったことのない気配だったので」
「……私の方では何も聞いていないので、おそらく一般人だとは思うのですが」
辻堂は一瞬眉を跳ね上げたが、すぐに元の表情に戻って話を続ける。
「一体何しにここへ……」
荒れた状態だったので、誰かが来るとは思えない。
「もしかしたら、ここはしばらく放置されて荒れていましたが、最近綺麗になったじゃないですか。だから、元々参拝に来ていた人たちが訪れたのかもしれません」
「ああ。なるほど」
確かに綺麗になっているのは神社の前を通れば誰にでも分かる。通りがかった人がこれから来る気配の持ち主たちに伝えたということは十分考えられることだった。
「とりあえず見に行ってきますよ」
「いえ、俺も行きます」
「私も」
「キュウッ」
三人と一匹は本殿から拝殿を通り抜け、境内に出る。
近づいてくる気配は数十人。スピードは一般人にしてはゆっくりで、少しずつ少しずつ階段を上ってきていた。
五分以上待ってようやく一団の姿が見えてくる。
「おぉ~、綺麗になっとるな」
「ほんだほんだ」
「神主さんが戻ってきたんかぁ?」
「そうかもしれんなぁ」
彼らはお年を召したご老人の集まりだった。
誰もが境内を見回して、綺麗になっていることを確認している。
「聞いてた通りだなぁ」
「やっぱり新しい人がいるんだわ」
「そうじゃな。神主さんじゃろか。一人は若すぎる気がするのう」
「少し前は草ボーボーじゃったし、わしらも来られんかったしのう」
老人たちが光聖たちを見るなり、腑に落ちたと言わんばかりの口調で話しあう。
この場所の主である光聖や辻堂たちがいるのにもかかわらず、自分たちだけで話をするあたり、非常にマイペースだ。
彼らから聞こえてくる話を聞く限り、やはり誰かが噂を広めたらしい。
そのご老人たちの中に何人か見覚えのある人物がいた。その中でも一番印象に残っている相手に恐る恐る話しかける。
「……もしかして助六爺ちゃん?」
「む、誰じゃ…………お前、もしかして
老人はしばらく光聖の顔を見た後、ハッとした表情になった。それは他の見知った顔の人たちも同様だった。
「あぁ、久しぶり」
「お前、一体今までどこに!! 幸四郎さんがどれだけ心配したことか!!」
助六はカッと目を見開いて声を荒げて光聖に詰め寄る。
彼は光聖が転移する前に神社をよく訪れていた人物の一人。神社と係わりが深く、祖父と仲が良かった。
二十年も放っておいて今更戻ってきた光聖に怒るのも無理はない。
「ごめん、俺も帰ってきたかったんだけど、すぐには無理だったんだ……」
「そうか……そうじゃよな。爺ちゃん子じゃったお主が何も言わずにいなくなるはずもない……元気じゃったか?」
光聖がガックリと肩を落として説明すると、助六の語気が弱まった。
事情があったことを察してくれたのだろう。
「まぁ、なんとか」
「そうか、それは何よりだ。今はここに?」
「うん、住めることになったんだ」
「ということは、ここの宮司に継ぐのか?」
「いや、それは……」
神職についているわけではないのでなんと説明すべきか悩む。
本当のことを言ったところで信じてもらえないだろう。
「この方は、幽現神社の神様からこの神社を引き継いだ現人神、清神光聖様になります。今後、幽現神社は名前を改めてこの方を祀ることになります」
しかし、辻堂が光聖の正体をそのままバラしてしまった。
光聖は一瞬驚いたが、何か考えがあるのかもしれないと思い、何も言わなかった。
「光がご神体じゃと? 何を馬鹿なことを」
「いえいえ、本当の事です」
一笑に付す助六と、辻堂の会話に、別のご老人が口を挟む。
「それじゃあなにかい? やたらと体が軽いのはこの兄ちゃんのおかげなのかい?」
「そうなりますね」
辻堂は首を縦に振る。
その事実を光聖は全く知らなかった。
「証拠はあるのかい?」
ただ、当然そういう話になる。
元々の神職の孫とはいえ、いきなり二十代半ばほどのただの人間を現人神だと言われても誰も信じるはずもない。
「清神様、お願いします」
「えっと、ピュリフィケイション」
突然、辻堂に無茶ぶりをされて困惑する光聖だが、神社全体に浄化魔法を掛けた。
青白い光が神社を含む山全体を覆う。
そして、光が消えた瞬間、今まで浄化魔法を掛けていなかった全ての場所がキラキラと輝き出した。
それはあまりに非現実的な光景だ。
「はぇ~、こりゃ、本物じゃっ!!」
「ほんまもんの現人神様がいるとは思わんかった」
「苦しさが消えたわ!!」
「綺麗じゃのう……」
その光景は信心深いご老人たちを納得させるには十分だった。
「わしら、急に体が元気になったけぇ、神さんに礼を言いに来たのよ」
「そうそう。息子の会社が傾いていたんだけど、急に盛り返してねぇ」
「うちの孫の手術も簡単に成功したんよ」
ご老人たちは少し前に不幸が襲ったが、一カ月ほど前から事態が急に好転したと口をそろえて言っていた。
一か月前と言えば、光聖が日本に戻ってきた時期に合っている。光聖が原因の可能性が高い。
光聖はご老人たちから崇められ、お賽銭まで渡されそうになったが、断固として受けとらなかった。
ご老人たちは非常に危なっかしいので、光聖、辻堂、伽羅、タマの四人で階段を下りるのを手伝い、安全に入り口まで下ろした。
「まさかお前がご神体とはなぁ……世の中分からんもんだ」
「俺もよく分かってないよ」
しみじみと呟く助六に光聖は肩を竦める。
「そうか。ではな」
「うん、ありがとね」
助六の別れを済ませた後、ご老人たちの背中を見送った。
「これからも誰かが来てしまうかもしれないので、一旦立札を置いておきますね」
「ありがとうございます」
結界の境界を越えてくれば分かるとは言え、急に来客があると少々驚く。
ひとまず、準備中につき立ち入りはご遠慮くださいの看板を設置しておくことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます