第022話 もう二度と食べられない味
『ちなみにテレビ番組ではありませんが、"こち鶴"や"
「えぇえええええっ!?」
さらに続けられた言葉で、鈍器で頭を殴られたような衝撃が襲う。
まさかそんなことって……。
すでに光聖のライフはゼロ。満身創痍だ。
『それであの、本題なんですが、後ほどお伺いしますので、よろしくお願いいたします』
「あ、はい、わかり……ました……」
『それでは、失礼いたします』
どうにか返事をすると、通話が切れた。
ソファにぐったりと寄りかかって天井を仰ぎみる。
まさか朝からこんなに驚くことになるとは夢にも思わなかった。
"微笑でええとも!"だけではなく、終わるとは思っていなかったものが沢山終わっていて、なんだか少し気が抜けてしまった。
何もやる気が起きないままボンヤリとしていると、いつの間にかお昼が近づいていた。
――ぐぅ~
気持ちが落ち込んでも腹は減る。
「あっ、切らしてたか……」
そして、こんな時に限って不運は重なる。
面倒なので今日もカップラーメンで済ませようと思ったが、タマが増えたこともあり、いつの間にかなくなっていた。
これはいい機会かもしれない。
「カップラーメンとかコンビニ弁当ばかり食べてたから自炊するか」
帰ってきてから無性に食べたくなって惣菜ばかり食べていたが、流石に一カ月も食べ続けていれば飽きてくる。
それに、コンビニ弁当やカップラーメンばかりでは体に悪い。きちんとした料理を作る時が来たということだ。
幸いそれなりに料理経験はある。
高校時代までは学校の調理実習以外では一度もやったことがなかったが、異世界で旅をしている間の料理番は光聖が一人で担っていた。
なぜなら、他の三人は全く料理の適性がなかったから。
それぞれの初めての料理当番の時に出されたのは、食べられたものじゃない料理とは呼べない何か。その腕を見せられてから、彼らには二度と料理をさせなかった。
その時から慣れないながらも料理を担当していたが、最終的に美味いと言われるようになっていたので、普通の料理を出せるくらいのスキルはあるはずだ。
そして、折角だから地球の料理が食べたい。
異世界の料理はある程度知っているが、何の経験もない頃に転移したため、日本の料理は簡単な料理以外は何も知らないのが問題だった。
「こういう時こそインターネットだよな」
分からないことは調べれば、大体分かる。
「そういえば、あれ食べたいな。ビーフシチューオムライス」
ビーフシチューオムライスは、祖父が作ってくれた料理。
光聖の大好物であるビーフシチューとオムライスを掛け合わせてしまうという背徳という言葉では足りない贅沢の極みのような料理だ。
『誕生日おめでとう、光聖。ほら、ビーフシチューオムライスじゃ!!』
『わぁーい、やったぁ!!』
神職に就いていた祖父だが、なぜか誕生日や祝い事はビーフシチューオムライスだった。理由は聞けずじまいで、もう知ることはできない。
グーゴル検索でビーフシチューオムライスという単語で調べる。
「おおっ、色々出てきた。この画像のオムライスが美味そうだな……ん? クイックパッド?」
オムライスのレシピが書いてあるサイトを開くと、左上に大きなロゴで"クイックパッド"という文字が表示されていた。
「なるほど。色んな人が作ったビーフシチューオムライスのレシピがこのサイトに集約されているのか。凄いな。自分の好みのビーフシチューオムライスを探せるぞ」
クイックパッドというサイトは、個人がアレンジした料理のレシピをサイト閲覧者に向けて公開しているサイトだ。
同じ料理でも人によってレシピが全然違う。食材も作り方も千差万別だ。
作り方もしっかり書いてあって分かりやすいし、レシピの分かりづらいところを他の人が作ったレポートを読むことで補完できたりする。
これを見ながら調理すれば、美味しい料理が作れるだろう。
「人気メニューランキングなんてのもある」
さらに、よく作られている料理のランキングも公開されている。そのランキングだけで料理のバリエーションは何十種類とあった。
好き嫌いはないので、このサイトがあれば日々の献立に困らなくなるに違いない。
素晴らしいサイトを見つけてしまった。
他にも、短い時間で作れるように工程をできるだけ料理や、よく分からないが、映えというモノを意識した料理など、創意工夫が感じられる料理も沢山載っている。
サイトを見ているだけで先ほどまでの鬱屈した感情が消え去り、賑やかな料理の写真の数々で気分が高揚してきた。
「このオムライスのレシピの写真が凄く美味しそう。これにしよう。まずは買い物に行かないとな」
クイックパッドで紹介されているビーフシチューオムライスの中でも、ひと際目を引いたレシピをチョイス。
タマと一緒に商店街に買い物に行って、必要な食材を揃える。向かう途中に数日分の献立を決めて、沢山食材を買い込んできた。
「よし、早速、調理を始めて行こう」
作務衣にエプロンを身に着けて料理に挑む。
――トントントントンッ
手慣れた手つきで野菜を切り、食材の下拵えを始めた。
「いや、本当に分かりやすいな」
ただ、手順通りに進めているだけで、どんどん料理が出来上がっていく。
「もう完成してしまった……なんて素晴らしいサイトなんだ……」
ビーフシチューを煮込むのに多少時間はかかったものの、それほど時間をかけることなく、レシピの写真に写っている通りの料理が完成した。
「いただきます」
「キュイッ」
タマの分も用意して一緒に食べる。
「……」
「キュイキュイッ!!」
一さじ口に含むと、お店顔負けの味と手作りならではの家庭らしさが同居し、中々美味しかった。
タマは嬉しそうに顔を綻ばせ、皿に顔を埋める
二人は終始無言で食べ続けた。
「腹いっぱいだな」
「キュウッ!!」
光聖がソファの背もたれにもたれかかって腹を擦ると、タマもその仕草を真似る。
その姿をすぐに写真に収めた。とても可愛らしく撮れたと思う。
ただ、モヤモヤした気持ちが晴れない。
ビーフシチューオムライスは確かに美味かったが、記憶の中にある祖父の味には敵わず、心から満たされることはなかったからだ。
「もう一度だけ食べたかったなぁ……」
もう二度と食べることはできないが、祖父のオムライスが食べたい……
光聖はそんな気持ちが湧き上がるのを止めることができなかった。
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