第021話 盛者必衰、諸行無常……

「あぁ~、回復魔法を使えるとはいえ、三徹はやり過ぎたな」


 日課はこなしていたが、それ以外の時間のほとんどはゲームをしてしまった。


 体の疲労は残っていないが、精神的な疲労が残ったままだ。


 ただ、反省はしているが、後悔はしていない。


「キュウッ!!」 


 タマが不機嫌そうにそっぽを向く。


 ゲームに夢中になって放っておいてしまったせいでご立腹だ。


「悪かったよ。今日は一緒に居ようなぁ」

「キュッ~」


 光聖が抱き上げて頭を撫でながら宥めると、仕方ないなぁと困り笑顔になるタマ。


 なんだかんだ優しい。


 ――サーッ


 今日はあいにくの雨。雨粒が屋根や地面を叩く音だけが聞こえてくる。


 神社の管理以外の仕事があるわけでもないし、本日も休みとした。


「久しぶりにテレビでも見てのんびりするか」


 本殿の居間は和モダンな内装で、大きなソファと六十五インチの大きな液晶テレビが置いてある。


 二十年前、これほど大きなテレビは見たことがなかったため、初めてリビングに入った時は、オシャレなオブジェか何かだと勘違いしてしまった。


『これってなんなんですか?』

『ん? あぁ、それはテレビですよ』

『え!?』


 テレビだと聞いて凄く驚いたのを覚えている。


 ソファに腰を下ろすと、座面と背もたれがゆったりと体を包み込み、そこから抜け出せなくなりそうなほど心地がいい。それだけで非常に高級な品物だと分かる。


 隣に下ろしたタマは、その場で丸くなった。


「Magixa《マジクサ》、テレビを付けてくれ」


 声を出すと、テレビの電源が自動的に入った。


 "Magixa"はAI音声認識サービスで、声だけで色々なことができる。テレビの電源の操作もその一つで、リモコンを探す必要はないし、眠くなった時もそのまま声を出すだけでいい。


 声だけでテレビの電源の操作ができるなんて昔は想像もできなかった。


 なんて便利なのだろうか。


 初めて実際に辻堂が試した時は本当にびっくりした。まだ完全に普及しているわけではないようだが、今後どんどん増えていくだろう。


「さて、以前のこの時間はズームアウトがやってたはずだけど……」


 タマを撫でながら、Magixaに指示を出してチャンネルを変えていく。


 二十年前の朝のニュース番組と言えば、清神家ではズームアウトだった。


 朝学校に行く前はいつもズームアウトのニュースを確認し、その内容を学校の友人たちと話すことも多かった。


 現在は午前八時。まだ放映しているはずだ。


「うーん、見当たらないな」


 しかし、いくらチャンネルを変えても何処にも見当たらない。


 タマを撫でていた手が止まる。


「キュウ?」

「いや、大したことじゃない。昔あったものが見当たらなくてな……」

 

 頭を起こして光聖を不安そうに見つめるタマ。心配をかけないように微笑み、再び頭を撫でると、タマは頭を伏せて目を閉じた。


「同じテレビ局でやっているのは、このZOPゾップって番組かな。ちょっと調べてみるか…………Z・O・P」


 光聖はスマホを取り出してブラウザを開き、番組名を入力して検索。フリック入力できるほど慣れていないので、一生懸命タップだ。


「なんだと……まさか"ズームアウト朝!"が終わった!?」


 調べた結果、光聖が召喚されている間に二回代替わりしていた。


 "ズームアウト朝!"の次に"ズームアウトSUPER"が始まり、SUPERがさらに終わって始まったのが、ズームアウトピープルの英語の頭文字をとったZOPだ。


「他の番組はどうなっているんだ。聞いた話じゃ、リモコンの番組表ってボタンを押せば、テレビで番組表を確認できるんだよな?」


 ソファの前にあるローテーブルの上にあるリモコンを取り、番組表を表示させる。


「おおぉぉ……ちゃんと見れる」


 光聖が高校生の頃、社務所では新聞でテレビ番組を確認していた。それが今ではテレビに番組表が見られる機能がついている。それだけでも驚きだ。


 早速番組名を見ていくが、番組がかなり様変わりしていた。


「おおっ、"銀子の部屋"はまだやってるんだな。よかった。ん、この番組は知らないな。"クサコにおまかせ"もまだある。でも、おかしいな。絶対に終わるはずないはずの番組名がどこにも見当たらないぞ」


 二十年前。平日のお昼といえば、とある番組が有名だった。


 その名前が何日先を見ても見当たらない。あの番組は大御所タレントがやっていて、知らない人がいないと言っても過言ではない程だ。


 あのウキウキウォッチングする番組が終わるはずがない。


 ――ツー、ツー、ツーッ


『もしもし、清神様、どうされました?』


 光聖は居ても立っても居られず、辻堂に電話を掛けていた。


「あの、すみません。今テレビの番組表を見ていたんですけど、"微笑でええとも!!"が載ってないんですけど、今休みとかですか?」

『あぁ~!! "微笑でええとも!!"なら、十年前に番組終了しましたよ』

「……」


 辻堂の言葉が理解できず、光聖の思考回路はショート寸前。


 衝撃のあまり言葉が出てこない。


『清神様? 聞いてますか?』

「えっと……"微笑でええとも!!"が終わったって聞こえたんですけど?」


 現実を受け止めきれず、先ほどの言葉の真偽を問い返した。


『はい。そのお気持ちは私もよ~く分かりますよ。司会のトロリさんが亡くならない限り、ずっと終わらないと思っていましたから』


 電話口の声は心底残念そうな声色だ。


 嘘をついているわけではないだろう。


「……本当に終わったんですか?」


 それでも、やはり信じ切れなかった。


『はい』


 しかし、辻堂の答えが変わることはなかった。


「そうですか……分かりました。お電話までしてしまってすみませんでした」

『いえいえ、気にしないでください』

「はい、ありがとうございました」


 現実味がなく、ふわふわとした状態のまま、通話を終えた。


 大事な物を失ったかように、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになる。


「ふぅ……"微笑でええとも!!"が終わったとか、マジかよ!!」


 あまりに受け入れがたい現実に、たまらず大声で叫んでいた。


 盛者必衰、諸行無常。


 人の命に限りがあるように、テレビ番組もいつかは終わりを迎える。


 ――プルルルルルッ


「もしもし、辻堂さん? どうかしましたか?」


 世の無常を嘆いていると、なぜか辻堂から電話が。


『あ、お伝え忘れたことがありまして……』


 出てみると、辻堂は言いずらそうな声色で話し始める。


「はい」

『"はちゃめちゃイケてる"は六年前、"世界不可思議発見!"もつい最近終わりましたよ。それと、ストモンの主人公ツトシは卒業して完全新シリーズが始まりました』

「はぁああああああっ!?」


 続けられた言葉が、光聖をさらに大混乱へと陥れることとなった。

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