第026話 社務所の始動準備
梅雨に入り、今日は雨が降っているので日課以外はお休み。居間でタマとテレビを見ながらのんびりと過ごしていた。
「ん?」
数人結界を越えてきたことに気づく。
二人は辻堂と伽羅だ。一人はどこかで感じたことがあるが、思い出せない。そして、最後の人は全く感じたことのない気配だ。
『ごめんくださーい』
「はーい!!」
聞こえてきた辻堂の挨拶に返事をすると、ドタドタと本殿内を歩く音が聞こえてくる。
居間に入ってきたのは四人の人物。
「あの子は……」
二人は勿論のこと、三人目の人物にも見覚えがあった。
気配で分かっていた通り、四人目は会ったことがない。ただ、その人物は三人目の人物によく似ていた。
「清神様、こんにちは」
「こんにちは。今日はどうされました?」
「参拝客が来たので、そろそろ正式に神社を開く準備をしようかと。そこで、今後は私たちで社務所を開こうと考えております。その顔合わせとして連れてきました」
「おおっ、そうでしたか」
ご老人たちが訪れた段階で、神社が開く準備をしなければならないとは思っていたが、こんなに早く動き出すとは思っていなかった。
しかし、早いに越したことはないと考えていたので願ったり叶ったりだ。
「はい。すでにご存じのようですが、こちら、娘の静音と言います」
「清神さん、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。まさかこんな形で再会するとは思ってもみませんでしたが、これからよろしくお願いします。父と名前が混同すると思うので、静音と呼んでください」
紹介された静音が一歩前に出て挨拶をした。
自分がそういう経験をしていないせいか、まさか辻堂が結婚していて娘までいるとは想像もできなかった。しかもその娘が自分が異世界に帰ってきた日に案内してくれた女の子だったとは……。
本当に世間とは狭いなと思う。
「こらっ、清神様に対して慣れ慣れしいぞ」
「いやいや、全然丁寧ですから。もっと砕けてくれてもいいくらいです。あまり大げさにしないでください」
辻堂が静音を咎めるが、むしろ辻堂の方がやり過ぎなくらいだ。
できればもっと普通に接して欲しかった。
「はぁ、承知しました。こっちが妻の朱莉です」
辻堂は渋々と言った様子で引き下がり、初めて会う人物を紹介する。
静音によく似ていると思ったら親子だった。道理で二人が似ているわけだ。
「初めまして。辻堂朱莉と申します。いつも主人がお世話になっております。娘と同じように朱莉と呼んでください」
静音が元の位置に戻り、今後は朱莉が前に一歩出て挨拶をした。
朱莉は仕事の引継ぎがあるので、実際に神社に来るのは一カ月後からとのこと。
「改めまして、清神光聖です。静音ちゃん、先日は大変お世話になりました。おかげさまでこうして神社にたどり着くことができました。朱莉さん、こちらこそ辻堂さんにはいつもお世話になってます。二人とも、これからよろしくお願いします。俺のことは名前で呼んでもらえると助かります」
「分かりました。あ、でも、私は年下なので、丁寧な言葉遣いは止めてもらえると嬉しいです。年上の人に丁寧な言葉を話されると落ち着かなくて……」
「私も現人神様に丁寧に話されるのは恐れ多いので、同じように話していただけるとと助かります」
「あ、私もお願いします!!」
光聖の挨拶の後に静音が切り出すと、流れに乗るように朱莉と伽羅が続いた。
「わ、分かった」
最近丁寧語で話すことが多かったせいで少し戸惑ったが、口調を変える。
「私にも丁寧な言葉遣いじゃなくてもいいんですが……」
「それはちょっと……」
「え!?」
なんとなく意地悪したくなって言い渋ると、辻堂は愕然とした表情になった。
「冗談だよ」
「「「あはははははっ!!」」」
光聖が肩をすくめると、周囲は笑いに包まれるのであった。
「キュウッ!!」
「可愛い……!!」
「可愛いわねぇ」
自己紹介が終わった後、静音と朱莉にタマを紹介した。
二人はタマを非常に気に入ったし、それはタマも同じだ。
静音に抱き上げられタマはペロペロとその頬を舐めた。
「俺は触らせてももらえないのに……」
辻堂だけはタマに一度も触れていない。
彼が落ち込んでいたのを目撃したが、そっとしておいた。
可哀想な気がするので、後でタマに何か妥協案がないか聞いてみようと思う。
しばらくして気を取り直した辻堂が、社務所についての説明を行う。
「え~、今すぐというわけではありませんが、準備が整い次第、社務所の営業を開始する予定です。午前九時~午後六時までを社務所の営業時間としたいと考えております。基本的には私と伽羅、朱莉の三人で持ち回りで社務所を開けるつもりですが、平日の午後四時~六時には静音にも出られる範囲で出てもらおうかと思っています」
「俺は出なくていいのか?」
「現人神が対応するなんて以ての外です」
四人で回すより、五人で回した方が楽に決まっている。
そう思って尋ねたのだが、辻堂は断固として許可しなかった。
「いやでも……」
「ダメです。これは譲れません」
「そうは言ってもなぁ……」
ここで対応しなくても、普段からスーパーやドラッグストアで買い物をしているのだから同じだろう、と言っても答えは変わらなかった。
プライベートで一般人の相手をするのは本人の自由だが、アイドル本人に物販のスタッフなどはさせられないという状態に近いのだろうか。
しかし、いつも貰ってばかりで神社の維持管理以外何もしていないのに、好きなことをしているだけっていうのは凄くバツが悪い。
せめてもう少しくらい何か仕事をしたいところだ。
「何度も言っていますが、清神様の一番の仕事はここに居てくださること。その次に神社の管理です。それ以外は好きにお過ごしください」
「本当に何もないのか?」
「そうですねぇ……」
辻堂は考え込むが、答えは出ない。
本当に役に立てることは何もないのだろうか。
「それじゃあ、こういうのはどうですか?」
皆が思い悩む中、静音が手を挙げて口を開いた。
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