第034話 大人の味
「中ってこんな感じになってるんだな」
光聖はきょろきょろと見慣れぬ店内を観察する。
「そういえば、高校生で召喚されたから、こっちの小料理屋に入ったことねぇか」
「まぁな」
祖父が店に飲みに行くようなタイプでもなかったので、小さい頃に小料理屋に連れていかれたこともなかった。
光聖は居酒屋に来るまでの出来事を思い出す。
『タマ、夜も出かけてくるからこのお稲荷さんを食べてくれ。飲み物は器に入れておく。帰ってくる時間は分からないから先に寝てていいぞ』
一度神社まで戻って荷物を仕舞い、スーパーに戻って買ったお稲荷さん他、総菜をテーブルの上に置いて、出かけた時と同じように丸まったままのタマに声を掛けた。
『キュウッ』
タマは分かったと鳴いて再びゴロゴロし始める。
気持ちよさそうに眠るタマの背中を撫で、神社を出た。
『待たせたな』
『ああ。それじゃあ、行こう』
守は神社の訪問者用の駐車スペースで傘をさして待っていた。
合流して店まで歩く。
『こうやって並んで歩くのも久しぶりだな』
『そうだな』
『そういえば、あれ覚えてるか。俺たちが小学生の頃――』
二人で傘をさして雨がシンシンと降る郊外の道を歩くと、過去の記憶が次々と蘇ってきて話が弾む。
店までの間、話が途切れることはなかった。
そうして守が連れてきてくれたのがこの店だ。
高級な寿司屋のように品があり、和風の落ち着いた雰囲気の内装。仕込まれている料理の匂いが鼻腔をくすぐる。
雨が降っている上に、宵の口というにはまだ早く、店は営業前で光聖たち以外の客の姿はない。
光聖が神社に帰ってる間に、電話してお願いしていたらしい。
守が傘置きに傘をさし、光聖が後に続く。
「天童さん、いらっしゃいませ」
店の奥から現れたのは、光聖たちと同世代の着物を纏った女性。
きっちりと髪を結い上げ、成熟した容姿と、口元にあるほくろが色香を漂わせている。
彼女は柔らかく笑みを浮かべて光聖たちを出迎えた。
「女将さん、今日は無理言って悪かったな。店、早めに開けてくれてありがとう。今日はお任せでお願いしちゃってもいいかな?」
「いえいえ、早めに準備してましたので、ちょうど良かったですよ。お任せで承りますね」
二人の距離感とやり取りから守が通い慣れていることが分かる。
『おい、お前、顔色が悪いぞ?』
『へへへっ、お前もな』
『ファーストファンタジーXを徹夜でやったから当然だよな』
『やるしかないよなぁ。で、どこまで進んだ!?』
『俺はな――』
光聖の中の守は、自分と一緒につるんでいたガキのままだ。二人で肩を組んでバカな話をして笑いあった記憶しかなかった。
今の守とは似ても似つかない。目の前の守からは二十年という時の流れを感じられた。
「それじゃあ、お願いするよ」
「分かりました。雨で大変だったでしょう? 濡れたところをお拭きください」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
女将から渡されたタオルを受け取り、濡れた部分の水分を
「それでは、こちらの席におかけになってください」
女将に促され、カウンター席の奥から守、光聖の順で座った。
こういう店に来たことがないのでどこかそわそわして落ち着かない気分だ。
「まずはお飲み物からお出ししますね。少々お待ちを」
「ああ」
女将はカウンター内に入り、冷やされたグラスにビールを注いだ。
――トクトクトクッ
三人しかいない店内に、ビール瓶から出る小気味の良い音が広がり、室内に静かな余韻を残していく。
「そちらの方は初めてですよね? この店の女将の小鳥遊と申します」
ビールを注ぎながら女将が名乗る。
「ああ。俺の古い友人なんだ」
「清神と言います。よろしくお願いします」
「それに――いえ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「はい」
守が光聖を紹介し、光聖が挨拶を返した。
女将が一瞬何か言いかけたが、途中で止め、そのまま笑みを浮かべる。
古い友人というには守と光聖の年齢差が気になったが、踏み込むべきではないと考え直したのだろう。
「今日はどんな集まりなんですか?」
「ああ。かなり久しぶりに今日ばったりこいつと再会してな。こりゃあ飲むしかないって思ったわけよ」
「そういうことでしたか。それは盛大に祝わなければなりませんね。さぁさ、温くならないうちにどうぞ」
徐々にビールの
守と光聖の前にコースターとビールが置かれた。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
店内の灯りに照らされて輝く
「これがビールか。あっちではエールが一般的だったから新鮮だ」
「へぇ、あっちにはビールはないんだな」
「まぁな」
すでに話を聞いている守と光聖だけの間で通じる言葉で異世界の話をする。
女将は海外のどこかの話だと思うだろう。
「それじゃあ、再会を祝して――」
「「乾杯!!」」
――チンッ
二人のコップが軽くぶつかり合い、甲高い音を鳴らして店内に響き渡った。
光聖は人生で初めてのビールを口に含む。
「にっがっ!!」
その結果、苦みのあまりに顔を思い切り顰めることになった。
ビールはほろ苦い大人の味だった。
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