第035話 迷家
「うぃ~、俺は本当に心配していたんだからなぁ!!」
守が光聖の肩に手をまわし、酒臭い息を吐いて管を巻いた。
「分かった分かった。何度も聞いたっての。ちょっと酔い過ぎだぞ、お前」
「うるせぇ!! ゴクゴクゴクッ、ぷはーっ!!」
光聖は酔っぱらった守を宥めるが、全く言うことを聞かずにさらに深酒をする。
「ううっ」
しばらくすると、急にカウンターに突っ伏してしまった。
幸い、周りにあるものは片付けている。そのため、酒をこぼしたり、何かをぶちまけたりはしなかった。
「はぁ、全くこいつは……」
「うふふふっ。清神様に会えたのが相当嬉しかったのでしょうね。ここまで酔った天童様を見るのは私も初めてです」
光聖が守を呆れるように見つめると、女将が面白いものを見たとくすくすと笑う。
「まぁ、ここまで酔ったのは俺のせいでしょうけど。こいつには随分と心配をかけてしまいました。本当に申し訳ない」
光聖は困り笑いを浮かべながらため息を吐いた。
『行方不明だって聞いたときの俺の気持ちが分かるか!!』
『拉致や誘拐事件に巻き込まれたと思ったんだぞ!!』
『一カ月どこを探しても見つからなかった時の俺の絶望が分かるのか!!』
『もう死んだと思って諦めていたんだぞ!!』
『二十年間、一日だってお前のことを忘れたことはなかった!!』
酔い始めてから守が話したのは二十年分の愚痴ばかり。聞いていて自分が守にどれだけ心配をかけ、絶望を与えていたのかを思い知った。
自分のせいではないとはいえ、こんな思いをさせてしまった自分が心苦しい。
甘んじて愚痴を受け入れた。
しかも、祖父や守以外にも大なり小なり親しかった人物たちはいる。彼らにも同じような想いをさせていたと思うと心が痛い。
「それはもう大丈夫でしょう。また清神様に出会えたんですから」
女将はニッコリと微笑んだ。
もうずいぶんと時間が経ったが、店内はずっと三人のままだった。
そのおかげで女将は料理をしながらも会話を聞いていたらしい。
途中から踏み込んだ話もしていたので、ところどころ分からないところがあっても、ある程度内容は理解できただろう。
守も辛うじて理性が残っていたのか、話してはいけないことは言わなかったが。
「そうだといいんですけどね」
光聖はむにゃむにゃと気持ちよさそうに眠る守の顔を見て肩を竦める。
ただ、呆れつつも頬が緩むのを感じた。
あれから、どうにか一杯目のビールを気合で飲み干した光聖。
女将に勧められてワインや日本酒、焼酎などを少しずつ舐めさせてもらった結果、日本酒が一番飲みやすかったので、冷酒をちびちび飲むことに。
この店は守が常連として勧めるだけあって、料理も酒も絶品だった。
美味いおつまみがあれば、酒も進む。二人してブレーキを掛けることなく、食べて飲んだ結果、守が酔いつぶれてしまったというわけだ。
しかし、光聖は持っている魔力の性質のせいか、どれだけ飲んでもそれほど酔うことはなかった。
「それにしてもお酒、お強いんですね? あれだけ飲んで酔わない方なんてなかなかお見かけしませんよ」
「お酒を飲んだのは今日が初めてですし、自分も初めて知りました。まぁ、祖父も強かったので遺伝じゃないですかね」
分かりやすい言い訳をしておく。
「これからますます美味しく飲めるようになりますよ」
「だと良いですね。それじゃあ、そろそろお勘定していただけますか?」
もう少し話をしたいところだが、守をこのままにしておくわけにもいかないので帰ることにした。
社務所に連れて行って、もう寝かせた方がいいだろう。
「かしこまりました」
支払いを済ませ、守を抱えて外に向かう。
「タクシー、呼ばなくてもよろしいのですか?」
「あ、はい。大丈夫です。今日はありがとうございました」
守を支える俺を見て女将が尋ねたが、光聖は断った。
少し余韻に浸りたかったから。
「こちらこそ、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
「ぜひ、来させていただきます。あっ、一つお聞きしたいんですが、いいですか?」
このお店にいる間、少しだけ気になったことがある。
「なんでしょうか?」
「女将さんは
「あら、バレてしまいましたか。これでも人の姿には自信があったのですが」
光聖の問いに、女将は少しハッとした後、柔らかい表情になった。
「まぁ、なんとなくは」
雨が降っていても、営業時間になってから何時間も一人も客が来ないなんて違和感があった。
なにかしらの力が働いているのではないかと思って探ってみれば、店内には蝦蟇や化狸に近い気配が。
返ってきた答えは予想通りだった。
「流石は今話題の現人神様ですね。ここは小料理屋『
女将はニッコリと笑った後、深々と頭を下げた。
店の外に出ると、夜の空気が心地いい。
「リーンフォース、ストレングス」
小さい頃以来こいつを背負ったことはなかったけど、重くなった気がする。
身体強化をして片手で守を支えて傘をさすと、神社に向けて歩き出した。
背中に守の重さと温かさを感じながら、今日の出来事を振り返る。
まさか買い物に出かけて守と再会することになるとは思わなかった。でも、再び守と縁を結ぶことができて本当に良かったと思う。
「う……ううっ……」
しんみりとしながら郊外までやってきたところで守が目を覚ます。
「おっ、守、大丈夫か?」
「……揺れる……気持ち悪い……うっ」
質問に答えることなく、後ろで守が手を口元に持っていった気配がした。
嫌な想像が脳裏を
「おい、守!! 下ろすからちょっと待て!!」
「ヴォェエエ……」
急いで守を背中から下ろそうとするが、時すでに遅し。
「うぎゃああああっ!!」
背中に生暖かいモノの感触が広がった。
「ピュリフィケイション!!」
すぐに全身に浄化魔法を掛けて汚物を消す。
「はぁ……最悪な気分だ」
だが、一度受けた感触というのは魔法で消しても記憶からは消えてくれない。
せっかくのしんみりした雰囲気が台無しだ。
帰る前に守の酔いを魔法で浄化しておけばよかったことに気づき、光聖はガックリと肩を落とした。
光聖は少々呆れた顔をしながら、スッキリとした表情で寝息を立てる守を再び背負い直し、神社を目指して雨の中を走りだす。
帰ったら、絶対にお風呂に入ると、固く心に誓った。
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