第028話 静まれ、俺の右腕!!

「どうしてこうなった……」


 光聖は信じられない話にガックリと肩を落とす。


「いえ、本部の人間に鑑定してもらったら、私の目が節穴だったようでして……」

「いや、だからって一億円はないだろ、一億円は!?」


 手渡された紙を見て辻堂に詰め寄った。


 そこにはお守り一個に対する金額が書いてあったが、信じられない金額だった。


 一個当たり一億円。合計で十億円になるという旨が記載されている。安価になるはずだったのに、さらに高額な金額になって返ってきた。


 光聖はたった三時間で十億円稼いだ人間、いや現人神かみになった。


 本当に大した作業はしていないので、全く納得がいかない。


 もし、これで魔法を付与したお守りを作ったりなんてしたら、一体どうなってしまうんだろうか。


 ――ブルッ


 背筋に寒気が走ったのでこれ以上考えるのを止めた。


「上層部の判断なので、できればお受け取りいただけると助かるのですが……」

「いや、これは流石に受け取れないよ。値下げを要求します!!」


 お金を受け取ってもらえないとなると、辻堂としても立場上困るに違いない。勿論光聖もそれは分かっているが、労力に見合わないお金はもらいたくなかった。


 ほんの十五分程度で作ったものが大金になるなんて、ただただ恐怖でしかない。


 求人で、何の変哲もない場所に行っただけで百万円もらえる、という仕事があったら、誰もがすごく怪しがることだろう。


 そんな仕事を受けてしまったような、落ち着かない気持ちになった。


「そこは普通こちらが値下げをお願いする立場なのでは?」

「いいんだよ。できるだけ金額を下げてくれ、頼む!!」

「は、はい。分かりました……」


 光聖が頭を下げると、辻堂は辛そうな顔をしながらも要求を受け入れた。


 おそらく上司と辻堂との間でこれから激しいやり取りがあるのだろうが、精神の安寧のためにも、彼にはぜひ頑張ってもらいたい。


「それで、このようなお守りが一般に出回ると騒ぎになるので、やはり仕事はなしということでお願いできればと思うのですが……」


 辻堂が申し訳なさげに言うが、その話を受け入れることはできない。


 せっかくもらった仕事だ。このまま逃してなるものか。


「うーん、どうにかして効力の小さなお守りって作れないかな」

「魔力を抑えて作るのはどうですか? それなら、そこまで効果が高くならないんじゃ? それでも普通のお守りよりは効果が高いかもしれませんが」


 悩む光聖に静音が答えた。


「そうか。なんで思いつかなかったんだろう。試したことないけどやってみるよ」


 彼女の言葉にハッとする。


 異世界では自分の力を抑えるようなことはしなかったし、発想もなかった。


 抑えていたら、助けられるものも助けられなかったからだ。まさか日本に帰ってきてから力を抑制する方法が必要になるとは思わなかった。


 ただ、抑制する方法が全く分からない。


「ふぅ……」


 光聖は、ひとまず瞑想しながら、自分が普段垂れ流している力を自分の内側に押し込めていくようなイメージで力を圧縮していく。


 数分後、光聖は今できる限界まで力を自分の中に押し込むことができた。


「うぅ……これ、かなりきついな」


 しかし、体内からすぐにでも飛び出そうとしている感覚がある。無理やり抑えているので当然だ。


 意識しないとすぐに抑制が解けそうになる。


「無理しなくても……」


 辻堂が心配そうな声色で話しかけてくるが、そのまま瞑想を続けた。


 仕事を続けるためにもどうにかして作れるようになりたい。


「た、多分いけそう」

「分かりました。よろしくお願いします」


 先ほどより少し楽になったので、再度お守りを縫い始める。


 しかし、針を持って縫おうとした途端、押し込めていた魔力が急速に右手に集まり、ガタガタと右腕が暴れ始めた。


 うぉおおおおおおおっ、静まれ、俺の右腕!!


 光聖はすぐに右手を押さえつけたが、時すでに遅し。抵抗むなしく、一度流れ込んで暴走し始めた魔力を抑えることができなかった。


 ―パァンッ


 抑え込んでいた魔力が一気に放出され、衝撃波となる。


「うぉっ!?」

「うぇっ!?」

「きゃっ!?」


 その結果、辻堂たちがひっくり返り、置いてあった物が壁に吹き飛んでしまった。


「ご、ごめん!! 大丈夫か!?」


 光聖はすぐに三人の許に駆け寄った。


「いたたたっ、は、はい。大丈夫です」

「わ、私もなんとか……」

「だ、大丈夫です」


 幸い三人はすぐに起き出したので大事はなさそうだ。


「念のため、回復しておくから。ヒール!!」


 頭を打って脳内が損傷していたら大変なので、全力で回復魔法を掛けておいた。


「あ、ありがとうございます」

「いや、悪いのは無理をした俺だから……むしろ、すまなかった」

「いえいえ」


 全員に頭を下げ、それぞれを立たせる。


「はぁ……練習が必要そうだな」


 どうにかなると思ったが、すぐには安価なお守りは作れそうにない。


 まずは魔力を抑えられるようにならなければならないようだ。


「気長にやりましょう。期限が決まってるわけでもありませんし」

「そうだな。俺はしばらく魔力を抑える修業をするよ」


 辻堂が励ましてくれるが、参拝客のためにも早く作れるようになりたい。


 できるだけ早く作れるようにすぐに練習に入ろうと思う。


「分かりました。他の授与品の作成や社務所の営業の準備を進めておきますね」

「ありがとう。よろしく」


 他のことは辻堂たちに任せ、光聖は魔力を抑える訓練を始めた。



 ◆   ◆   ◆



 その日の夜。辻堂家。


「お父さーん!!」


 静音が血相を変えてリビングに飛び込んできた。


「なんだ?」

「ここ見てよ、ここ」


 辻堂が振り返ると、静音は自身のふくらはぎを指さす。


「そこって確か傷跡があったはずだよな?」


 静音は昔遊んでいた時、不注意で大きな怪我を負った。その時の傷は深く、傷跡が残ってしまっていたはずだ。


 しかし、その跡がどこにも見当たらない。綺麗さっぱり消えていた。


「うん、さっき鏡を見た時消えてることに気づいたの」

「ちょっと待て……なくなってる……」


 自分も服をめくって昔妖退治中に受けた傷を確認すると、まるで最初から傷なんてなかったように綺麗な状態になっている。


「これってもしかして?」

「だろうな」


 そんなことができるのは光聖しかいない。


 彼の神気に触れていると、怪我や体調がよくなることは分かっていたが、傷跡までは治っていなかった。


 つまり、何か別の要因があるはずだ。


 思い当たるのは一つ。


「あの魔法だよね?」

「そうとしか考えられないな。いいか、静音。このことは誰も言うんじゃないぞ?」


 回復魔法を実際に受けた辻堂は、その力に対する認識の甘さを実感し、静音を口留めしておく。


「分かった」


 静音は神妙に頷いた。

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