第007話 神社、貰いました。

「辻堂先輩、何してるんですか!?」

「伽羅、お前も跪け。この方から溢れ出る清浄なるお力が見えないのか!!」

「ぷぎゃっ」

「申し訳ございません。部下は少々力を感じるのが苦手でして……あはははっ」


 女がしゃがんで男の土下座を止めようとするが、逆に頭を押さえつけられ、強制的に床に伏せさせられてしまった。


 光聖は目の前の光景に言葉が失う。


 三十代後半から四十代のタバコが似合いそうな中年の男が、二十代前半程度の茶髪のボブカットの顔立ちの整った女性の頭を地面に押さえつけている。


 知り合いにしてもやりすぎだろう。


 ドッキリか何かだろうか。それとも新手の詐欺か。


 脳内で色々な単語がグルグルと周り、答えが出ない。


「ふぅ……」


 ひとまず状況を理解するためにも情報が必要だ。


 深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、二人と会話を試みる。


「えっと、頭を上げてください。どういうことですか? 俺は昔ここに住んでいた者なんですが……」

「なんと、幽現神社で祀られている神様でしたか。まさか現実に降臨なされるとは思いもしませんでした」


 辻堂は少しだけ頭を上げて答える。しかし、その答えは少しずれていた。


 辻堂は光聖が異世界で培った力に充てられ、いる場所も相まって、光聖をすっかり神と認識している。


 光聖は誤解を解くために口を開く。


「いや、違いますって。俺はここで神主をしていた清神幸四郎の孫の清神光聖と言います。祖父が死んだって聞いて帰ってきたんです」

「なるほどなるほど。そういう設定なんですね?」


 辻堂はさもしたり顔で答える。


 光聖は普通に説明しているが、辻堂は全く聞く耳をもたなかった。


 こうなると、光聖もお手上げだ。


「ちょっと、辻堂先輩。ちゃんと人の話を聞いた方がいいですよ?」

「お前は黙ってろ」


 隣で頭を押さえつけられていた伽羅が、辻堂の力が緩んだのを見てググっと頭を上げて忠告をする。


 しかし、再び押さえつけられてしまった。


「黙ってません。私は幽現神社の宮司をしていた清神幸四郎さんが、行方不明になったお孫さんを探していたことを知っています」


 それでもなお伽羅は口を閉じなかった。なぜなら、伽羅は光聖の祖父を知っていたから。


「……な、に?」


 伽羅の話を聞いて、辻堂は顔を青くする。


「清神さんとお会いしたことがありますが、二人は良く似ているように思います。聞いた話よりずっとお若いように見えますが」

「……ううむ。どうやら我を失っていたですね。申し訳ございません」


 そして、辻堂は早合点を認めて頭を下げた。


 光聖はホッとため息を吐き、伽羅に感謝をしながら話を続ける。


「いえ、ちゃんと話を聞いてもらえればそれでいいです。それで神様っていうのはどういうことなんですか?」


 光聖は自分が神様扱いされている理由が分からなかった。


 確かに異世界では神官をしていたし、魔法も使えるが、今は何もしていない。


「はい。実は私たちは悪霊や妖などを退治する陰陽師という仕事をしているのですが、仕事中に凄まじい神気を感じまして。その神気を辿ってきたら、こちらにたどり着いた次第です」

「日本にはそういう職業があるんですね」


 まさか地球にも悪霊や妖怪が実在しているとは思わなかったが、異世界があるくらいなので、すんなりと受け入れる。


 それに、辻堂の言う神気という言葉を聞いてなんとなく察した。


 光聖には異世界で鍛えた有り余る魔力があるし、神官に向いていた光聖の魔力は清らかで穢れを祓う性質があった。


 その力を神気だと誤認している可能性が高い。


「はい。一般人には見えないので知られていませんが、迷宮入りの事件や事故、災害の多くは悪霊や悪妖が関わっています。それで、清神さん、でよろしいですか? 今までどちらにいらっしゃったんですか?」

「実は異世界に召喚されまして……今日ようやく帰ってこられたんです。残念ながら祖父の死に目には間に合いませんでしたが……」


 光聖は信じてもらえるとは思っていないが、自分が経験したことを包み隠さずに話した。


 二十年間も行方不明になっていた人間が、年齢に不釣り合いな若い容姿のまま急に帰ってきた理由としては、納得しやすいはずだ。


「……そうでしたか。にわかには信じがたいですが、お力は紛れもない本物です。できれば、この地で暮らしていただけると助かるのですが、これからどうなさるおつもりですか?」

「えっと、これも信じてもらえるか分かりませんが、先程ここで祖父の霊に会いまして。最後の挨拶を済ませたんですが、その時、幽現神社の神様から神社をやると伝言されたんです。ですので、この神社に住めると嬉しいんですが……」


 光聖はあっさりと信じてもらえたことに少々戸惑いを覚えるが、これ幸いとダメで元々の気持ちで要望を伝える。


 光聖は、できれば祖父と過ごした思い出が残る神社で暮らしたかった。


「なんと、神が自ら神社を譲られたのですか!? 信じがたいですね。でも、確かにおっしゃる通り、ここの神様の気配がなくなっていますし、清神様にその残滓ざんしがあります。間違いないでしょう。幽現神社はぜひ清神様がお使いください」

「えっと、宮司にならないといけないのでは?」


 あっさりと許可されてしまったが、色々な手続きが必要だったはずだ。それに、なぜか光聖の呼び方が様付けになっている。


 しかし、光聖はツッコミを入れるどころではなかったため、気に掛けることができなかった。


「問題ありません。神様から神社を譲られたということは、清神様ご自身が、この神社の御神体になられたということ。現人神かみご自身が自分の社を管理されるのに資格など必要ありません。雑事は全てこちらで済まさせていただきます」

「えっと、本当にいいんですか? 俺はここに不法侵入しているんですよ?」


 あまりにとんとん拍子に進む話に、何か裏があるのではないかと疑う光聖。


 美味い話には裏がある。


 異世界の旅の中で嫌というほど思い知らされていた。


「ここの持ち主になられたんですから無効ですよ。そういえば、今日の宿はお決まりですか?」

「えっと、異世界から帰ってきたばかりで何も決まってないですね」


 しかし、光聖の心配を辻堂が朗らかに笑い飛ばした。


 その表情に嘘は見えない。


 祖父は生きていると思っていたし、祖父に会うことしか考えていなかったので、当然ホテルや宿なんてとっているはずがないし、二十年間失踪していたので無一文だ。


 それに親戚や二十年前の友人の連絡先も住所も何も知らない。


 光聖は今、何もかも失っていた。


 この状況で辻堂の話は願ってもない話だ。


 もし何かあったとしても異世界で培った力で逃るくらいはできるだろう。


 リスクを考えた上で、光聖は素直にここに住まわせてもらうことにした。


「そうですか。それでしたら、ホテルをお取りしますので、数日間はそちらをお使いください。それまでにこちらの神社を綺麗に整えておきますので」

「いえ、草むしりや掃除は自分でやりたいので、社務所の居住区以外はできればそのままにしていただけると助かります」


 荒れた神社を綺麗に整えるのは、神社を引き継いだ自分の役目ような気がして、他人に任せたくなかった。


「そうですか……分かりました。一旦社務所のライフラインをすぐに使えるように手配いたします。ひとまず生活に必要そうなものを手配してきますので、少々お待ちいただけますか?」

「は、はぁ、俺としてはありがたいんですが……なんでここまでしていただけるんですか?」


 光聖はあまりに良い待遇をしてもらいすぎてますます不安になる。


 確かに自分には異世界の魔法を使えるが、ここまで丁重に扱われる程の価値はないはずだ。だから、その理由が知りたかった。


「はい。清神様ほどの力をお持ちの方がこの神社に留まっているだけでこの地域にとって物凄い恩恵があるのです。ひいては日本にとっても非常に大きな利益をもたらすことになるでしょう。そのために協力は惜しみません」

「……そうですか。分かりました。それではお言葉に甘えて住ませてもらいます。ありがとうございます」


 辻堂からどうしてもここにいて欲しいという強い思いを感じる。


 自分ではなんのことかさっぱり分からないが、これ以上質問を重ねたところで、納得のいく答えは得られないだろう。


 辻堂が価値があるというのなら、そうなのだろうと、考えることをやめてそのまま受け入れることにした。


「いえいえ、当然の対応ですから。礼など不要ですよ。それでは、今すぐ手配いたしますので、私たちは失礼します。伽羅、行くぞ!!」

「え? は、はい!! し、失礼します!!」


 辻堂が急に立ち上がり、伽羅の腕をつかんで強引に連れて行った。


 伽羅の顔は引きつっている。


 嵐のような人だった。


 そして、あれよあれよという間に、社務所で生活できるだけの環境が整えられた。


「俺は夢でも見ているんだろうか」


 なんか……神社、貰いました。

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