第002話 浦島太郎
「ん? ここはどこだ?」
辺りを見回すと、光聖は見覚えのない細い路地裏に立っていた。
薄暗く、人通りが少ないおかげで異世界から転移してきたことを誰かに悟られた様子はない。
今の祭服では、立っているだけで徐々に汗が滲んでくる。穏やかな風が頬を撫で、これから夏に向かう季節である気配が感じられた。
路地裏から見える通りは明るく、まだ日が高い時間帯であることが窺える。
「ようやく帰ってきたんだな……」
周りの建物や路地裏の先に見える大通りに歩く人たち。ジメジメとした日本特有の湿気や空気感。
そのどれもが日本に帰ってきたことを実感させた。ただ、街の様子が以前とは何もかもが変わっている。
「とにかく状況を確認しないと……」
光聖はすぐに大通りの方に歩き出した。
日本に帰りたかったのは、祖父に会いたかったからだ。
光聖は小さい頃に両親を亡くし、母方の祖父に引き取とられた。祖母はすでに亡くなっていて、祖父が男手一つで育ててくれた。
光聖が今まで生きてこられたのは祖父の教えのおかげだ。
祖父を一人残して異世界で暮らすという考えはなかった。
ひとまず誰かに話を聞いてみることにする。
「あの、すいません」
「え、は? 誰?」
光聖は路地裏から出た時にちょうど通りかかった人に声を掛けた。しかし、光聖を見るなり困惑し、足を止めることなく、そそくさと去っていく。
何人かに話しかけたが、誰もが同じような反応を見せた。
それはコスプレ紛いの祭服によるところが大きい。
しかし、光聖は気づかないまま、続けて話しかける。
「あの、すいません」
「え? な、なんですか?」
そして、高校の制服を着た女の子に話しかけた時、ようやく立ち止ってもらえた。
女の子は困惑の表情を浮かべていたが、光聖はそのまま話を切り出す。
「つかぬ事をお聞きしますが、今って西暦何年の何月ですか?」
「えっと、二〇二四年の五月ですよ。それがどうかしたんですか?」
光聖が召喚されたのは二〇〇四年。
異世界に行っている間に地球も同じように二十年経っていたらしい。
異世界と地球の時間の流れが違ったり、神様が召喚された時に戻してくれるなんて都合の良い話はなかった。
つまり、異世界に行っている二十年の間、光聖はずっと行方不明になっていたことになる。
一刻も早く祖父に会って安心させなければならない。
光聖は急いで家に帰るため、逸る気持ちをグッと抑えて尋ねた。
「……いえ、ありがとうございます。追加で申し訳ないんですけど、この辺りに交番ってないですかね?」
「え、あ、ちょっと待ってくださいね」
女の子は慌てながらもポケットからスマホを取り出して操作をする。
光聖は見たことのない小さな板を不思議そうに見つめた。
「あ、割と近くにあるんですけど、ちょっと説明が難しいんですよね……」
女の子が顔を上げ、申し訳なさそうに答える。
あまり迷惑をかけるわけにもいかない。
方角だけ聞いて自分で探すことにする。
「分かりました。それでは方角だけ教えてもらえますか?」
「あ、今時間があるので、もしよかったらそこまで案内しますよ?」
しかし、女の子は別の提案をした。
「え、本当ですか?」
思いがけない提案に光聖は目を丸くする。
まさに渡りに船だ。
二十年の時を経て、まるで知らない街にでもなってしまったようで、道が全然分からなかった。彼女が案内してくれるのなら断る理由はない。
「はい」
「それでしたら、お言葉に甘えてお願いしてもいいですか?」
光聖は迷うことなくその提案に飛びついた。
「分かりました。それではご案内しますね。こっちです」
「ありがとうございます。俺は清神光聖と言います。よろしくお願いします」
「辻堂静音です。よろしくお願いします。清神? どっかで聞いたような……」
女の子が先に歩き出し、光聖が彼女の横に並んで歩き出す。
祖父から人には自分から名乗るようにと教えられていた光聖。女の子もつられるように名乗り返した。
名前を聞いた女の子が考え込む仕草をするが、光聖は気にせずに女の子の手元を指さして問いかける。
「あの……それはなんですか?」
光聖は先ほどから女の子が持っている小さな板が気になっていた。
「えっと、これですか? スマホですけど?」
「スマホ?」
聞きなれない言葉に光聖は首を傾げる。
「はい、知りませんか?」
「えっと、はい。しばらく日本を離れていたので……」
不審そうな視線を受け、慌てて適当な言い訳をしてごまかした。
嘘はついていない。
「あ、そうなんですね。そうですねぇ……分かりやすく言うと、パソコンに携帯電話がくっついたもの、でしょうか?」
「え、これがパソコンなんですか!? それも通話ができる!?」
光聖は話を聞いて衝撃を受けた。
彼が高校生の頃は、デスクトップパソコンが当たり前で、こんなに小さいパソコンなんてありえなかった。
携帯電話もガラケーが主流。まさか携帯電話がこのような進化を遂げるとは想像もしていなかった。
「はい。ものすごく簡単に言えば、ですけど」
「へぇ~、それじゃあ、さっき道を聞いた時にいじっていたのも?」
「はい。地図を調べて、今自分のいる場所から目的地までナビしてもらえるんです」
「へぇ~、本当に凄いですね」
謎が解けた光聖は感心しながらしきりに頷く。
二十年は日本の技術をここまで進歩させたのか、と。
「あ、あそこが交番ですよ」
「本当ですね。案内してもらってありがとうございました」
女の子が指をさした先に交番があるのを見て、光聖が頭を下げた。
「いえいえ、それでは失礼しますね」
「あ、お礼をしたいと思うのですが、ご連絡先を教えてもらえますか?」
すぐ帰ろうとする女の子を引き留める。
祖父から誰かに何かをしてもらったら、きちんと礼をするように教わっていた。わざわざ交番まで案内してもらったのに何もしないわけにはいかない。
「いえ、そんな、お礼だなんて。時間があっただけですから。お気になさらず」
「いえいえ、何もお礼をしないだなんて俺の気が済みません。どうかお願いします」
「いえいえ、そんな……」
お互いに譲らず「いえいえ」の応酬を続ける二人。
だが、彼らはここがどこなのか忘れていた。
青を基調とする服をきた男が近づいてきて二人に声を掛ける。
「ちょっとお話いいですか?」
「えっと、俺……ですか?」
「えぇ、交番の前で堂々と何をしているのかな、と」
その男は、静音が案内した交番に駐在する警察官だった。
光聖は何もやましいことはないので説明しようと口を開く。
「私はここまで案内してもらったお礼をしたいと――」
「いいからこっち来て。君も一緒に」
「は、はい……」
しかし、有無を言わさず二人は連行された。
女子高生とコスプレ紛いの服装をした成人男性が何やら揉めている。
話を聞くには十分だ。
二人は交番で聞き込みを受けることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます