第003話 力の行方
「二人とも紛らわしい行為は慎むように」
「お騒がせしました」
「すみませんでした」
光聖と静音は交番で軽く事情を聞かれた後、厳重注意で解放された。
身分証明書の提出を求められなかったのは幸いだったと言わざるを得ない。話している最中に思い出して気が気じゃなかった。
もし求められていたら、非常に面倒なことになっていただろう。
「申し訳ありませんでした。恩人をこんな目に合わせてしまって……」
交番で色々な説明を受けて、自分が現在の日本ではありえないことをしていたことを知って深く反省する。
お礼に関しても、求めていない相手に無理に返そうとする行為は迷惑だと知った。
光聖は日本で二十年過ごすことで得られたはずの常識が欠落している。
警察官の助言は非常に助かった。
「いえいえ、私の方こそご迷惑おかけしまして。それでは私はこれで失礼しますね」
静音は頭を軽く下げて去っていく。
「いい子だったな。それじゃあ、家の場所も分かったし、急いで帰ろう」
その背中を見送った光聖は、警察官に描いてもらった地図を頼りに走り始める。
「本当に何から何まで変わったなぁ」
改めて見る街の景色は、二十年前とは別物だった。
二十年前は低い建物ばかりだったのに、今では高い建物が乱立している。人通りも増えているように見えた。
街並みを見ながら走っていく。
自分の前方から来る人たちに何度も見返されたが、もう気にしないことに決めた。
「ん?」
途中で薄暗い路地裏に横たわる動物を目端で捉えて立ち止る。
その動物は白い子狐で、体から血を流し、傷だらけで薄汚れていた。
放っておくことができず、狐に駆け寄っていく。
「シャアアアアアッ」
子狐は顔だけを起こして近づいてきた光聖を威嚇した。
その顔は苦痛に歪んでいる。
自然と怪我を治せる気でいたが、ここが異世界ではないことを思い出した。
異世界に召喚された際、神官として適性があることが判明した光聖。
神官は怪我を治し、毒、麻痺などの体の異常を浄化する魔法が得意で、光聖はその中でも史上最高の力を持っている。
ただ、地球でその力を使えるのか分からなかった。だが、他に救う手段がない今、迷っている暇はない。
「ヒール」
子狐に手を翳して魔法を唱えた。
「キュウ?」
青白い淡い光に包まれた子狐の体がみるみる治っていく。そして、十秒も経たないうちに怪我は全て消えていた。
子狐は体から痛みが消えたことが不思議で首を傾げている。
地球に戻ってきても魔法が使用できることを知れたのは大きな発見だ。
「ピュリフィケイション」
光聖はさらに浄化魔法を重ねた。
浄化魔法は毒や麻痺などの体の異常を浄化し、副次効果として汚れも綺麗になる。その効果は使う人間の力量に左右され、光聖の魔法はほぼ全ての異常を浄化する。
魔法を掛け終わると、真っ白でどこか神々しい雰囲気を感じさせる子狐が姿を現した。
子狐は、その場で飛び跳ねたり、軽く走り回ったりして体の調子を確認する。
とても元気に体を動かしているので問題なさそうだ。
「なんで怪我をしたのか知らないけど、達者で暮らせよ」
「キュゥッ」
役目を終えた光聖は子狐に別れを告げ、再び家を目指して走る。
「うーん、迷った……方向は合っていると思うんだけどな……」
ただ、数分ほどすると、今いる場所がよく分からなくなってしまった。
スマホを使って地図でナビできるのであれば、静音に家まで案内してもらえばよかったのではないか、と思ったが、警察に釘を刺されたのを思い出して首を振る。
また誰かに尋ねることにした。
「あの、すみません」
「あら、可愛いわね。ナンパかしら?」
今回立ち止まってくれたのは、自分よりも年上の女性。
その女性は光聖の顔を見て立ち止った。
光聖の顔は童顔で、元々それなりに整っている。それに、異世界という過酷な世界で歳を重ねたことで精悍さが伴っていた。
好む人間も多いだろう。
「いえ、
光聖の祖父はこの街の郊外にある幽現神社の神主をしていた。
そのため、幽現神社の社務所が二人の住居になっている。
祖父はそこにいるはずだ。
「あら、幽現神社に行きたいの?」
「はい」
「スマホは持っていないの?」
「日本に帰ってきてばかりでして……」
静音に引き続き、この女性からも似た質問された。
やはりスマホを持っていない人はあまり多くないらしい。
光聖は苦笑いを浮かべて頭を掻きながら先程と同じ言い訳を繰り返す。
「あぁ、だからそんな恰好をしているのね?」
「あはははっ。まぁそうです」
交番で警察官に言われて自分の服装が浮いていることはすでに知っていた。
改めて街の人に指摘されて、より恥ずかしさが増す。
「書いてもらった地図はあるのかしら?」
「これです」
「あぁ~、なるほどね。ここがあそこで――」
女性は地図を見て現在地の建物と比較しながら丁寧に説明してくれた。
非常に分かりやすく、神社までの道のりが良く分かった。
これなら神社までたどり着けるはずだ。
「ありがとうございます。何かお礼でも」
「いいえ、いいのよ、いい男と話せたしね。私がお礼しなきゃいけないくらいだわ」
「それでは申し訳ないのですが……」
「いいのいいの。そういえば、幽現神社も大変よね……」
女性は光聖を適当にあしらって話題を変える。
ただ、その話は光聖にとって聞き捨てならならない内容だった。
「えっと、どういうことですか?」
「なかなか後継者が見つからなくて今は誰も管理していないのよね。神職は今時人手不足で、他の神社を管理している宮司さんも手が回らないみたいなの」
思いがけない話を聞き、心臓がドクンと一際大きく鼓動する。
幽現神社は光聖の祖父が管理していたはずだ。祖父がいるなら他の人なんて探す必要はない。
「神社には神主がいたはずですが……」
「ああ、清神のお爺さんなら――」
女性の答えは、到底信じがたいものだった。
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