現人神様のその日暮らし〜異世界から帰ってきたら、二十年も経っていて何もかも失ったけど、悠々自適な神様生活を送ることになりました〜

ミポリオン

第001話 二十年の時の果てに

 荒れ果てた大地の中心で、怪物と四人の人間が対峙していた。


 草木もほとんど生えておらず、おおよそ生物も見当たらない。


 周囲には崩壊した建物や放置された瓦礫、そして、強い衝撃で抉れた地面。至るところに何者かに破壊された形跡が残っていて、かつては人の営みがあった場所だったことが窺える。


 怪物は至るところから体液を垂れ流し、浅い呼吸を繰り返していて満身創痍。一方で人間たちも衣服がボロボロになり、表情に疲労が色濃く出ていた。


 両者の間を乾いた風が通り抜け、枯れた草が絡まりあった屑がコロコロと転がる。


 草の屑が倒れた瞬間、キラキラと輝く白い甲冑を身に着けた金髪碧眼の偉丈夫が動いた。


「これで終わりだぁ!! セイントスラァッシュッ!!」


 偉丈夫は青白いオーラを纏わせた剣を振り下ろす。


 オーラがまるで衝撃波のように放出され、一直線に怪物に襲い掛かった。


 至近距離で放たれた攻撃は、回避の隙などなく、怪物に直撃。


「がぁぁっ……人間……ども……め……」


 怪物の体は真っ二つに斬り裂かれ、地面に倒れる。


 流れ出た体液が地面に水溜まりのように広がり、怪物の瞳からゆっくりと命の灯が消えていった。


「はぁ……はぁ……」


 怪物が倒れた直後、偉丈夫が地面に剣を突き刺し、膝をつく。


 激しい戦いだったが故に肩で息をしつつも、未だ油断なく怪物を見つめていた。


 死を確認するまでは安心できない。


 後ろにいた筋骨隆々で半裸の男が、怪物が動かなくなったのを見て口を開いた。


「……倒した……のか?」


 魔女めいた帽子とローブを纏う妖艶な雰囲気を纏う女性と、白を基調とした祭服を身に着けた男性が、怪物に近づいてその体を調べ始める。


「魔力反応は完全に消えてるわ」

「生命活動も停止してるぞ」


 その結果、怪物は完全に死んでいることを確認した。


 金髪碧眼の偉丈夫が息を整えて、万感の思いを載せて呟く。


「そうか……やっと……やっとか……ふぅ」

「だぁーはっはっはっ!! 長かったなぁ!! 二十年、二十年だぞ!! 二十年経ってようやく魔王を倒すことができた。もう俺たちはすっかりおっさんとおばさんだ!! 体もギリギリだったな!!」


 一方で半裸の男は涙を流しながら笑った。


 彼ら四人は魔王を倒すために、それぞれ別々の世界から集められた異世界人たちだった。


 魔王とは、異形の怪物であるモンスターを支配する王のことだ。魔王は二十数年前に突如現れ、人間の国に侵略を繰り返していた。


 統率されたモンスターの軍勢の力は恐ろしく、人間側は危機的状況へと追い詰められていった。


 このままでは世界はモンスターに蹂躙され、他の生命が駆逐されてしまう。


 世界存亡がかかった状況だと判断し、伝承に従い、別の世界から魔王に対抗できる勇者を召喚した。それが彼らだ。


 召喚されたのは二十年前。彼らが十五歳の時だった。


 彼らが元の世界に帰るための条件は魔王を倒すこと。


 それから今年で二十年、彼らはもう三十五歳になる。


 高い魔力のおかげで二十代半ば程度の肉体を維持できていたため、ギリギリの戦いを制してどうにか魔王を討伐することができた。


 ここで仕留めきれなければ、もうチャンスはなかっただろう。


「ちょっとおばさん呼ばわりは止めてくれる!? 私はまだピッチピチよ!!」

「三十五を越えておいて何言ってんだ!! この行き遅れが!!」

「うっさい!! より取り見取りだっての!!」


 先ほどまで静かだった半裸の男と魔女めいた女がお互いに罵り合う。


 魔王を倒したという達成感と、使命感から解放され、みな気が緩んでいた。


 これでようやく彼らは元の世界に帰ることができる。


 彼らは自分たちの仕事をやり遂げたのだ。


「はぁ……お前たち、元気だな。こっちはもう休みたいってのに」

「あんたは見た目は若いのに、すっかりおっさんが板についたわねぇ」


 白い祭服の男が地面に腰を下ろし、二人を見てため息を吐いた。


 その姿を見た魔女めいた女がしみじみと呟く。


 彼らはそれだけ長い年月を共に過ごしていた。


「ふぅ……そのくらいにしておけ。そろそろ国に凱旋と行こうじゃないか」

「おうよっ!!」「ええっ」「そうだな」


 息を整えた偉丈夫が立ち上がり、全員を宥めると、彼らは魔王討伐を知らせるため、彼らが召喚された国へと帰還するのであった。




 四人が魔王を倒して一カ月後。


「それではこれより、送還の儀式を執り行う」


 ついに元の世界に戻る時がやってきた。


「コウセイ、本当に日本に帰るのか?」

「ああ。俺にはこっちの世界は合わない」


 白い祭服の男は、地球の日本出身の男で清神光聖きよかみこうせいという。


 彼は未練を残していたので、二十年経った今も日本に帰りたかった。


 金髪の偉丈夫が引き留めるが、光聖の意思は固い。


「そうか。それなら仕方ないな」

「逆にお前たちはよく残ることにしたな」


 ただ、光聖以外はこの世界に残ることを決めていた。


 二十年という年月はあまりに大きかった。


「こっちの世界で地位も名誉も手に入れた。今更あっちに戻っても碌な生活はできないだろうからな」

「ホントホント。魔法が使えるし、こっちなら英雄の名声でいい仕事につけるしね」

「俺もこっちでモンスターをぶん殴ってる方が性に合ってる。この年になって誰かの下で働くとか無理だろ」


 彼らは各々がやって来た世界に未練はないし、そもそも元の世界に帰った時、どうなるのか分からない。


 召喚された時に戻るのか、それとも同じだけの時が経っているのか、はたまた異世界の方が時の流れが遅く、元の世界では何百年もの時が過ぎているのか――


 しかし、少なくともこの世界なら悠々自適な生活を送ることができる。


 彼らがどちらを選ぶかは必然だった。


「そろそろよろしいか?」


 四人で話していると、儀式を取り仕切っている老人から声を掛けられた。


 そろそろ時間だ。


 光聖は台形の祭壇の上に描かれた送還するための魔法陣の上に立つ。


「お前の強化魔法があったから俺は魔王に止めを刺すことができた」

「あなたの回復魔法が私たちは最後まであきらめずにいられたわ」

「お前が後ろにいることがとても頼もしかったぜ」


 各々が光聖に別れの言葉を掛け、


「「「ありがとう」」」


 そして、彼の働きに感謝を告げた。


「俺もお前たちとだから最後まで戦えた。こっちこそ、ありがとう。元気でな!!」


 光聖がグッと涙をこらえながら、無理やり作った笑顔で手を振る。


 彼らとはいろいろあった。


 最初はお互いに険悪な雰囲気だったが、ひょんなことから仲良くなった。たまには喧嘩して殴り合ったり、一晩飲み明かしてみたり。


 どれもがかけがえのない思い出だ。


 三人は涙を流して手を振り返す。


「送還!!」


 そして、老人が呪文を唱えた瞬間、光聖は光に包まれた。


 数秒後、光が消えた後には誰の姿も残っていなかった。


「行ってしまったな……」

「そうね……大丈夫かしら?」

「あいつならなんとかするだろ」


 残された三人は、別れを惜しむように光聖が立っていた場所を見つめていた。

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