第21話 決戦

 ◇


 空から見ると、こうこうとかがり火がたかれた館だけが、夜の海に浮かぶ一艘の船のように際立って見えたことだろう。

 館の回りをかこむ、きれいに刈られた下草は、風が通り抜けるたびに、月明かりを反射しながら波打つ。


 一人の騎馬武者が音もたてずに館に向かっている。

 あまりにも静まり返っている館の様子に、きっと不信感を覚えているに違いない。


 ゆっくりと騎馬武者は館に近寄っていく。

 かがり火をたいた館の中は、崩れかけた塀の外からは丸見えだ。一方で、かがり火のせいで、館の中からは外の暗闇を見通すことはできないだろう。


 ふと、騎馬武者がたちどまる。きっとがれきの隙間から、首を失って庭に倒れふす荒々丸が見えたのに違いない。

 庭にはだれもいない。それも騎馬武者には不審におもわれたはずだ。


 騎馬武者は、ゆっくりと弓を弾き絞る。

 神力をこめていく。

 蛍ほどの光をはなつだけだった矢は、またたくまに明るさを増し、朝日ほどにこうこうとかがやく。


 瞬間、光が放たれた。

 少し遅れて、空気がはじけた。


 轟音。

 矢は、塀を崩し、庭に地割れを作り、館の柱を数本へし折り、檜皮ひわだ葺きの屋根に巨大な穴をあけながらそのまま貫通して宙へときえていった。


 空から見るとまるで、いたずら好きの童が、館のえがかれた絵図面を、なかばまで引きちぎったように、二つに裂けて見えたにちがいない。



 ◇


 ――若藻視点――


 オレ(と光乃)のたてた作戦は完膚なきまでに崩壊した。

 矢の直撃を受けた塀くらい、がたがただ。


 まず、塀の向こうから、夜明けか?と間違えそうになるほどの神力の輝きが見えた瞬間に、「やばいな」と思った。

 そう思ったときにすぐ逃げるとか何かすればよかったのだろう。

 だが、オレは一瞬悩んでしまった。戦う前から逃げるというのはどうなんだ、と思ってしまったわけだ。


 次の瞬間、塀をぶち壊したモレイの初撃はそのままオレにぶちあたり、オレの体を爆発四散させた。


 これで残りの尾は二本だ。


 オレは一瞬意識を失った。

 尾をうしなってから復活するまではどうしても一瞬のずれがある。

 特に大きな攻撃を受けた後は、復活するまでにも多少の時間がかかる。

 オレがようやくかぶりをふって、起き上がったときには、もう館は大破していた。


 くそ、目の焦点が合わねえ。頭がまだくらくらしてやがる。


 館から光乃の声が聞こえてくる。

 乃理香とかいうやつらの母親や、信乃、坊主たちの生存確認をしているらしい。

 ……どうやらみな無事だったようだ。幸先がいいね。


 強大な力がせまってくるのを感じる。


 ようやく目の焦点があってきた。

 矢がこじ開けた塀の裂け目をめがけて、一直線に騎馬武者がかけてくる。

 神力が鎧から、体からあふれ出していて、光輝いて見える。武と力の化身、八幡大菩薩もかくやの大迫力だ。

 もはやモレイは、というかその身にとりついた怨霊は、己の力を隠さないことにしたらしい。


 まさか塀をぶち壊してそこから突入してくるとは、完全に想定外だ。

 欲情した猪妖みたいな攻撃をしてくるとは……。


 オレはチラリと、葵ちゃんの隠れ潜んでいるがれきの隙間を見た。

 二十間(40m弱)ほどは離れている。葵ちゃんの術の間合いの外だ。


 作戦通りに行くなら、突入してきたバケモン大菩薩くんを葵ちゃんの前まで誘導しなければいけない。


 どうやって? 誘導している間にブチ抜かれるのがオチだ。

 

 迷わずオレはバケモノに背を向け、遁走を開始した。

 だがまたしても手遅れだった。


 バケモノの放った矢がオレのどてっぱらに大穴をあけた。


 意識が暗転。

 尾は残り一本だ。


 ◇


 ――光乃視点――


 ふたたび、若藻の体がちぎれ飛んだ。

逃げようとした瞬間に、少年の腹あたりに矢が直撃、そのまま上半身と下半身をきれいに真っ二つに引きちぎった。

館の縁からも尾が宙を舞うのが見える。


 光乃は動揺を抑えようと必死だ。モレイについているなにものかは、想像以上に強力だった。

 立て続けに二本、若藻は尾を失った。

 尾は残り一本だ。

 これで若藻は完全に戦力外だろう。


 だが、と光乃は思う。

 ”館は破壊されても作戦はまだ破壊されていない。葵ちゃんも、源建法師殿も、家族もみな無事だったんだから、まだいけるはず”


「みんな、おちついて! まだ大丈夫! 事前に段取りした通りやれば大丈夫よ!」


 光乃は叫んだ。

 崩れかけた館でしりもちをついている僧侶たちに、がれきの隙間でがたがたふるえているであろう葵に、そしてなによりも光乃自身に聞かせるように。


 深く息を吸い、吐く。次第に冷静になっていくのを光乃は感じる。


 ”モレイの、というかモレイについている怨霊の次の一手はなに? 次はどう出る?”


 怨霊の狙いは、織路の家族の抹殺だ。

 間違いない。光乃は確信していた。

 さっきの荒々丸こと狼妖も、モレイに取りついた怨霊も、今晩のすべての異変は、明らかに織路氏おりじのうじを狙った攻撃だ。

 織路氏の棟梁にして、最高戦力である満道と、その郎党たちが出払っている隙をついて、乃理香と跡取りとなる姫たちを殺そうという魂胆だ。


 ”ならば、これでは終わらない。絶対に怨霊は館に飛び込んでくる。それも、さっき自分がこじ開けた塀から”


 おそらくは葵も同じ結論に至ったのだろう。がれきの隙間から、小柄な体が抜けだして、崩れ落ちた塀を横目に駆け出していく。呪縛に最適な位置取りへと動いているのだ。


 光乃も廂につないでいた黒毛の馬に飛び乗る。


 瞬間、騎馬武者が、モレイの姿をした怨霊が庭に乗り込んできた。


 ”まずい!”

 葵はまだ隠れきれていない。


――シュッ

 怨霊の注意をこちらに向けるために、光乃は素早く矢を放った。

 と同時に馬を走らせる。


 光乃と怨霊の距離は二十間(40m弱)ほども離れている。

 この二十間(40m弱)という距離は、武者にとっては有効射程ではない。なぜなら、矢が放たれたのを見て、避ける余裕のある距離だからだ。

 だから、今の光乃の攻撃はただの牽制である。


 だが、怨霊は避けるそぶりを見せない。

 どころか、そのまま光乃に向かって馬を馳せさせてきた。


――ガギッ

 大袖(※大鎧の肩につけた楯)で光乃の矢を弾き飛ばす。


 ”……っ。なんで?”

 光乃は内心混乱していた。

 なぜ、神力が乗っていないとばれたのか。

 矢をよけさせて、そのすきに接近するつもりが、むしろ光乃がすきをさらしてしまっている。


 この一瞬で二人の相対距離は十間(20m)ほどまでつまった。


 ”でも、葵ちゃんを見つけさせないという狙いは達成できた。”


 まさにその葵が背後から怨霊を狙っている。

 モレイの姿の怨霊が矢籠に手を伸ばしたその瞬間、葵の体から神力が漏れる。


 ”作戦通りだ!”


 だが怨霊は気配を察したかのように背後を振り返る。


 ”ばれた……!?”


 気づかれたことは葵にもわかったはずだ。

 だがそのまま呪縛を執行した。今からではさしもの怨霊にも対処できないと踏んだのであろう。

 葵は霊符を怨霊に投げつける。

 青白い神力が鎖のような形をとりながら、怨霊に巻き付き……。


 ”よし、きまった!”

 そう光乃は思った。


 しかし、呪縛の鎖は空を切って雲散霧消した。

 葵は狼狽している。


「避けて! 飛んで!」

 光乃は思いっきり叫ぶが、葵は蛇ににらまれた蛙のように縮こまっている。


 怨霊はそのまま矢をつがえ、押し捩り(バックショット)で放とうとした。

 怨霊と目があったのだろうか、葵の顔が絶望に包まれる。もう間に合わない。


 瞬間、右横から鎖が飛びだしてきた。赤い妖力をはなちながら、怨霊に巻き付く。

 突然の攻撃に怨霊は体勢を崩し、矢はあらぬ方向に飛んでいく。


 ”若藻だ! 若藻が取り押さえたんだ!”


「源建法師! 今です!」

 光乃は大声で館のほうに合図を出す。

 まさか初回でどうにかなるとは! 興奮に身を包まれる。


「間抜け! 違う! 坊主ども、やめろ!」

 姿を見せた玉藻は慌てて叫んでいる。

「ちがうぞ! やめろ! それは意味がない!」


 源建法師と僧侶たちが高らかに真言を唱える。

 僧たちの法力が館にみちる。


「「「「ノゾメルツワモノタタカウモノミナジンヤブレテマエニアリ」」」」


 怨霊が身を揺らすたび、縛り付けている若藻の妖力でできた鎖が、ばりばりと音を立ててちぎれる。


「呪縛がちぎれる! 源建法師どの、急い……」

 そこまで叫びかけて光乃は口をつぐんだ。


 ”いやまて、若藻はさっきなんて言っていた?”


 ――『ヒトがヒトを呪縛できないのと同じだ。怪異は怪異を呪縛できない』

 洞窟を出た後、馬に揺られながら、若藻はそう言っていなかったか。


 


「「「「ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダヤソハタヤ ウンタラタ カンマン」」」」


 モレイが、妖力のくびきから解放されるよりも一瞬早く、坊主たちが真言を唱えおわる。

 ほんとうなら、怨霊をモレイの体から引きずり出し、縛り付けるはずだったその真言は、しかしむなしく宙に消えていく。


 

 あやかしでも怨霊でも神懸かりでもない、織路氏の筆頭武者モレイなのだから。


「まずい」

 光乃はつぶやくと馬を馳せさせる。

 太刀を抜き払う。

 どうにかモレイを食い止めなくては。

 どうにか近寄って、光乃の得意の打ちもの戦に持ち込まなくては。

 そう焦る気持ちのままに飛び出していく。


 バリバリバリと音を立て、モレイを縛り付けていた赤い鎖がはじけ飛ぶ。

 その瞬間からモレイとその馬は、最高速度で飛び出した。


 ぐんぐんとモレイが光乃にせまってくる。光乃もモレイにせまっていく。

 光乃とモレイのあいだの距離は七、八間(15m強)。

 騎馬武者にとっては必中の距離だ。

 放たれた矢を見て避けることのできない距離だ。


 モレイが矢をつがえる。


 ”いちかばちかで避けるしかない。”

 この一撃さえ避ければ、モレイに取りつく余裕はあるはずだ。

 取りついたあとモレイを取り押さえられるかはわからないけれども、それ以外に道はない。


 モレイと目が合った。


 その瞬間、


 ――くるり。


 光乃は馬上で、鞍からころげるぎりぎりのところまで身を左に倒しこんだ。


 ――ごおっ。

 ついさっきまで光乃の頭があったところをうなりをあげて矢が通り過ぎていく。


 ”賭けに勝った!”

 光乃は太刀に神力をまわしながら、再び身を起こし……。

 

 ――ばつん


 続けざまにモレイの放った矢が光乃の首から上を吹き飛ばした。

 意識は暗い底へと沈んでいった。



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