第20話 大作戦

 ◇


 ――光乃視点――


「……わかった。協力してやる。協力してやるが、オレは危険はおかさねえぞ。お前はなんどでもやり直せるのか知らないが、オレがどうかはわからないからな」


 苛立ったような少年の言葉を聞いて、光乃はふう、とため息をついた。

 一難去ってまた一難とはこのことだ。

 信乃だけではなく、モレイまでも……。


「で、どうするんだ? なんか計画はあるのか?」


「まだない。そもそもなんでモレイが私や母上を殺したのかもわからないの」


「ふーん。おおかた敵対する貴族にそそのかされて裏切ったとかそういうんじゃないのか。ヒトはしょっちゅうやってるじゃないか」


「それはないわ。私が生まれる前から織路の家に仕えているし、家中での地位も高いし、裏切る理由がないもの」


「じゃあなんだろうな」


「信乃とおなじようになんかあやかしが憑いているってことは?」


「それはないね。この荘内に強力な妖はもういないし、あやかしが憑いたら弓馬の術は使えなくなる。弓馬をあやつる妖なんていないからな」


「じゃあ、呪い?」


「無理だね。呪いってのはそんな便利なもんじゃない。あやつって殺しをやらせるなんて複雑なことはできない」


「とすると怨霊か、神懸かりか、ってところかしら」


「まあそうなるね。怨霊にしても神がかりにしても、よっぽどの武芸に秀でたなにかが取りついたのは間違いない」


「うーん、どっちかわからないのはつらいところだけど、どっちも試せばいいか」


 怨霊払いをして駄目だったらやりなおして神懸かりで処理すればいい、そう光乃は考えている。


「とりあえずこの洞窟で時間を無駄にしていてももったいないぜ。朝日がでちまう。さっさと館に向かおう」


 よいしょ、と若藻は立ち上がり、洞窟の出口に向かう。


 そういえばさ、と光乃が口を開いた。


「現世と幽世の狭間ってどういうことなの? 最初にここに連れてきたときに言ってたけど」


「ああ、あれはお前をビビらせようと思って適当にこいた嘘だ」


 なんてことはないようにさらっと若藻が言う。


「……あなたのいうことってなにひとつ信用できないわね」


 光乃はしかめっ面を隠さなかった。



 ◇


 洞窟から出ると、木の葉のあいだからのぞく満月のまぶしさに一瞬二人は目を奪われる。

 星空も見えない。満月の明るさに負けてしまっているからだ。


「で、ぐたい、どういう段取りですすめるんだ? なにか考えは?」

 若藻は、馬の鞍をゆすって固定を確認している光乃に聞いた。


「うーん、怨霊とか神がかりって、あなたどうにかできる? さっき信乃から荒々丸を引っこ抜いていたみたいに」


 光乃は、「よしっ」というふうにぱんぱん、と鞍をたたく。


「いや、自分よりだいぶ格の低いあやかし以外には通用しない技だ、あれは。モレイについていたのは、いまのオレと同格くらいのなにかだろう」


「なら取り押さえて源建法師に法術をかけてもらう。これしかないわね。さ、いくわよ」


 馬上の人となった光乃が若藻を見下ろしながらいった。


「どうやって取り押さえるんだ?」


「あなた、呪縛の法とか使えないの? そういうのでモレイ姉を取り押さえられないかしら。」


「ヒトを呪縛することはできるが、あやかし怨霊の類の怪異には効かないな。ヒトがヒトを呪縛できないのと同じだ。怪異は怪異を呪縛できない。母屋にあつまっていた坊さん連中に任せればいいじゃないか? それが坊主の役割だろ」


 あやかし退治は、武者が動き回りながらあやかしの注意を引いた隙に、坊主があやかしを拘束・足止めし、陰陽師や武者が渾身の一撃を叩き込む、という流れをとることがおおい。

 若藻がいっているのはそういうことだ。


「うーん、戦慣れしてないからねえ。あの人たちに呪縛できるかしら……」


 動き回って攻撃をしかけてくるあやかしを法術で呪縛する立ち回りには一定の訓練や戦慣れが必要となる。

 いま赤名荘にいる僧侶たちには到底できることではない。

 源建は荘園経営の専門家だし、荘内からかきあつめた僧侶たちも、村人の冠婚葬祭にたちあうのが本分である。

 バケネズミとたたかった経験くらいはあるにしても、中妖以上には太刀打ちできないだろう。


「じゃあオレたちで何とか取り押さえるしかないってことか……。悪いけどオレは……」

 危険はおかさないぜ、とでも続けようとしたのだろうか。


 だが若藻のことばをさえぎって光乃が言った。


「あ、まって。弓削氏ゆげのうじの葵ちゃんっていう陰陽師の子が館にいるわ。あの子なら呪縛できるんじゃないかしら」


「……わかった。じゃあ、オレたちで足止め、その葵ちゃんとかいう子が呪縛して、坊主たちが怨霊調伏、って段取りだな」


「まあ気長にやりましょ。今度は若藻がいるから50回くらいやり直せばいけるかも」

 

 馬を駆けさせながら光乃がのんきに言うのを、若藻はうんざりとした表情で聞いていた。



 ◇


「いやあ、二度目となるとらくちんだな!」


 ニコニコしながら若藻が狼の首を投げ捨てた。


 貴公子然とした衣服は、光乃の指摘を受けて当世風に合わせている。じじむさい、とバカにされたのが相当に恥ずかしかったと見える。

 軽快で身動きのしやすい狩衣(トップス)は、白い表地に紅梅色の裏地を合わせて、春の訪れがほど近い朝のおもむき、そこにあえて暗い色調の指貫(ボトムス)をあわせて、冬の名残を表現しているのだろうか。

 そこに、合わせる柄は、このころ都の洒落者の間で流行っていると光乃が太鼓判をおした龍胆唐草文様りんどうからくさもんよう。ところどころ唐草が狐の尾のように見えるところが、こだわりかもしれない。


 が、それも全面が血にそまって何も見えなくなっている。


 庭には首を失った狼妖が倒れ伏していた。

 特に狐の姿に戻ったりすることなく妖力を節約して、にっくき狼を倒すことができたからか、若藻はすこぶる上機嫌だ。


 二度目の狼退治は一瞬でけりが付いた。

 若藻があやかしをひっつかんで庭に投げ捨て、実体化した瞬間に即座に狐火をぶつける。

 吹き飛ばされたところにとびついて足で踏みつけ、そのまま首をひっこ抜く。


 あやかしと戦っている時間よりも、事情を家族や僧侶たちに説明する時間のほうがかかったくらいである。


 説明を聞いた源建は眉間を強く揉む。


「つまり、狐のあやかしはかの九尾の狐で、信乃様にかけられたのは狐の呪いかと思ったらそうではなくて、狼のあやかしが取りついていて、しかもモレイ殿にまで何かが憑いているんですか……?」


「まとめると、そういうことになりますね」


「つまるところ、オレたちは、これから襲ってくるモレイをどうにかしないと無事朝を迎えることはできないってワケさ」


 血まみれの若藻がにこやかな笑みを浮かべながら話に加わる。

 彼の妖術であれば血まみれの衣服など、一瞬できれいなものに変えられるはずだが、それをしないのは威圧の意味合いもあるのか。


「それも光乃様のくだんのお告げですか……。」


「そういうこと。でだ、オレの見立てではモレイは怨霊に憑かれている。それもとびっきり強力な武人の怨霊にな。そこで、あんたらには怨霊を調伏してほしい。」


「光乃様、このあやかしは本当に信頼できるのですか。いいたくはないが、光乃様が九尾の狐の幻術に化かされているのではないですか。そのお告げ、というやつもよくわからない幻術で謀られているのではないですか。」


「ああ、別に今は信じなくたっていいぜ、どうせモレイがじきにここにくる。オレらが取り押さえたら調伏してくれりゃいいんだ。 」


「ああ、そんなことより、そこのお嬢ちゃん、そうそう、お前だ。葵、とかいったか。」


「……え? はい?」


 いきなり声をかけられた葵は小心者の亀みたいにびくっと首をすくめた。


「念のため確認しておくが、お前さん、本当に呪縛は使えるんだろうな? 当て勘はどのていどある?」


「あてかん、ですか……?」


「そうだ。なんていうかな、的当ての技量はどの程度だ、と聞いている。モレイは騎馬武者だ。よく動くぞ。」


 すこし葵は考え込む。

「うーんと、そうですね。十間いっかん(20m弱)以内であれば間違いなく当てられます。十五間でもおそらくは。」


「相手がどんな動きをしていてもか?」


「はい、当て勘、ということばは初めて聞きましたけど、私はその当て勘、というのはあるんです。」


 若藻はひゅう、と口笛を鳴らす。


「そりゃお嬢ちゃん、大したもんだな。よし、わかった。おじょうちゃんはあそこの」

 若藻は崩れかけた塀をさす。

「くずれたがれきに潜んでいてくれ。がれきの前まで、光乃がうまいこと誘導する。モレイがきたら呪縛してくれ。」


「あ、はい。」


 葵は、いつのまにかあやかしが段取りを仕切っていることに、若干の戸惑いを隠せない。助けを求めるように光乃のほうをむく。


「その狐の言う通りの段取りよ。私たち二人で事前に話し合っている内容だから大丈夫よ。」


 光乃は安心させるように微笑む。


「どれくらいの間抑え込める? 相手は、そうだな、強めの中妖格といったところだろう。」


「本当に相手は怨霊、であっているんですよね?」


「そうだ。」

 若藻は自信たっぷりに答える。


「わかりました。であれば、いまののこりの神力でも、源建法師殿が調伏する時間くらいは稼げます。」


「怨霊だと呪縛がしやすい、とかそういうこと?」

 

「いや、そうじゃなくってですね、怨霊だから、というよりは正体がわかっている相手だから、ということですね。正体がわからないものを呪縛するのは恐ろしく神力を浪費するんです。仏法でもおなじことだとおもいます。」


「源建法師殿も、怨霊だとわかっていれば、調伏できますか……?」


「あー、わかりましたよ! ただ、私も昔習っただけですからね。実際に怨霊の調伏なんてしたことないんですから! 一回だけですよ。一回だけなら、どうにかやります。二回目はきっと無理です。」


 源建は頭を掻きむしりながらいった。



「段取りをもう一度確認だ! モレイ、というか怨霊はあそこのがれきのすきまのほうから館に来るはずだ。オレたちは外から狙われないように隠れておく。」


 若藻ががれきや館を指さしながら指示をとばす。


「外からは狙えないとわかった怨霊はかならず館のうちに侵入してくるはずだ。とうぜん、門から入るなんてまどろっこしいことをするわけがない。えっちらおっちら塀を乗り越えてくるなんてこともしない。崩れた塀の隙間から、水堀を馬で飛び越えて、侵入してくるはずだ。」


 一同の視線が崩れ落ちた塀に吸い込まれる。


「そして、怨霊が庭の中まできたら、戦闘開始だ! そこの光乃がうまいこと葵ちゃんの前まで怨霊を誘導するから、葵ちゃんは呪縛してくれ。」


 若藻は「このあたりまで誘導すればいいか?」と葵に身振りで確認する。葵は頷く。


「葵ちゃんが呪縛したら、坊さんたちの出番だ。怨霊調伏は任せたぞ。」


「はい。赤名荘の僧のみなさん、難しいことは抜き、定番の不動明王調伏法で行きます。手順と印、真言がわからない人はいますか?」


 源建がぐるりと僧たちを見渡す。大丈夫そうだ。


「よし!」


 若藻はぱんっ、と大きく手を打ち合わせる。


「もうじき来るぞ! お前ら隠れろ! 位置につけ!」



 




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