反逆の墓守～数奇な運命の死霊使いは皇帝の暴政を許せない～

死闘

　感動の気持ちを味わって後。探索を続ける。

　知恵で腹は膨れない。体が空腹で悲鳴をあげている。

　祠（ほこら）のすぐ近くに、かなり水量のある沢が流れていて、イワナが群れていた。

　木の枝を削って、即席の銛（もり）を作り、二匹ほど突いて捕らえた。

　第二の修行場へ戻る。火を起こして栗を茹で、遠火でイワナを気長に焼く。

　その傍らで、野イチゴをつまんでいた。

　そのとき、突然、精神に異常を感じた。地面が消失し、意識が奈落に落ちていく……気が抜けて自失してしまいそうな奇妙な感覚が繰り返し襲ってくる……その度ごとに、意志の力で耐え忍ぶ。

　――毒……なのか？

　しかし、僕は、墓戸の一族として、小さな頃から毒耐性を獲得する訓練も受けていた。何なんだ？　これは？

　視界の端に、迷彩服を着た二人連れが見えた。

　――カオス教団か？　まさか、ここまで追ってくるとは！

　浅黒い肌色と尖った耳からして、ダークエルフに違いない。人間より霊気への耐性があるから、ここまで来られたのだ。

　そのうちの一人が、呪文を詠唱している。それで、僕は閃（ひらめ）いた。

　毒ではなく、精神に作用する麻薬の類だ。それで精神を弱らせたところで、黒魔術か呪いのようなもので、僕の精神を支配しようという魂胆だ。

　聡明法で力を獲得した僕の精神を乗っ取り、操り人形として利用する狙いか？　なんとも卑劣なことを考えるものだ……。

　とにかくに、何か行動しないと、僕の精神が持たない。

　しかし、この精神状態で魔術は無理だ。肉弾戦をしようにも、隙だらけになってしまう。

　だが、敵は、二人ともふらついている。この高所まで登っては来たものの、限界なのだろう。ならば……

　イワナを捕るために作った木の銛（もり）を手に取り、詠唱している者へ向けて、力の限り投擲（とうてき）する。銛（もり）は、意表を突かれた敵の腹をみごとに貫いた。だが、自身の力では、これ以上、どうしようもない。

「マグナス！」

　漆黒の毛並みの双頭の犬が、僕の影から飛び出した。マグナスは、僕の意を察し、残る敵に狙いをつける。しかし……獲物は、横から強奪（ごうだつ）された。

　山上から唐突に下り降りてきた巨大な蛇、ギガントサーペントが、敵を頭から吞み込んだのだ。

　それでも一気呑みは無理だ。体を半分近く呑み込まれ、敵は苦しみのあまり、足をバタつかせている。ギガントサーペントは、牙を立て、ゆっくりと容赦なく呑み込んでいく。やがて、すべて呑み込まれた。

　ところが、それで終わりではなかった。二匹目、三匹目……次々とギガントサーペントが山を下り降りてくる。それらは、僕らを見つけると、鎌首をもたげ、キシャーッと威嚇音を放った。

　その間にも、ギガントサーペントの数は増える。計三〇匹は下らないだろう。

　通常、ギガントサーペントは単独行動で、群れることはない。例外は、繁殖期だ。雄は、優秀な雌へ受精するため、数十匹もが群がり、絡みあって争奪戦を繰り広げる。

　運の悪いことに、ギガントサーペントの繁殖期は秋。今が真っ盛りだった。

　敵の詠唱がなくなって楽にはなったが、麻薬の影響が消えず、意識が自失しそうな脈動は続いている。とにかく、今はあらゆる手段を使って対抗するしかない。

「マグナス！　フェロックス！」

　漆黒のダイアウルフのフェロックスが、僕の影から飛び出る。さらに、二匹とも率いる群を呼びだした。

　グルルーッ！　低い唸り声で威嚇しながら、双頭の犬とダイアウルフの群れが、ギガントサーペントへ勇猛に襲い掛かる。

　だが、これでは足りない。相手は長大な体躯（たいく）で、数も多い。脈動する意識に苦しみながらも、やっとの思いで死霊魔術（ネクロマンシー）を詠唱する。

「骸（むくろ）となりし戦士たちよ。冥界の門より、我が声を聴け！

　我が呼び声に応じ、冥府の深淵より、闘いに舞い戻れ！

　骸骨兵（スケルトン）、屍鬼（グール）、復讐の怨霊（レヴァナント）、不死の魔術師（リッチ）の冷酷なる死者の軍勢よ。我は汝らの友であり、汝らは我が味方である。

　今ここに集（つど）い、敵に恐怖と混乱をもたらし、これを駆逐（くちく）せよ！

　世々限りなきエレシアと神々の統合のもと、実存し、 君臨する冥界女王へサロアを通じ、ルカが命ずる。喚起（エヴォカティオ）！」

　前駆物質（アストラル）から創造した魔法陣が、地面で不気味な暗赤色に発光する。そこに黒い靄（もや）が生じ、アンデッドたちの軍団が顕現した。その数、およそ一〇〇体。

　オォォォーッ！　不気味な雄叫びをあげながら、冷酷なる死者の軍勢は、ギガントサーペントの群れへ突撃する。

　たちまち凄まじい乱戦となった。複数で襲い掛かるも、ギガントサーペントの巨躯に跳ね飛ばされ、巻き付いて締め付けられ、鋭い牙に覆われた大きな口で食いちぎられる。

　蛇の生命力は無尽蔵に思えた。多少の傷を負わせても、ものともしない。

　僕の体は聡明法で弱り、麻薬の影響も抜けないが、参戦しないわけにはいかない。

　黒炎（ニグラフランマ）を抜刀すると、僕の魔力に反応して、暗赤色に発光する。さらに魔力を込めると熱を帯びた。闘気を練り、身体能力を強化すると、フェロックスらが三頭がかりで噛みついているギガントサーペントを、大上段から切りつけた。

　黒炎（ニグラフランマ）の引いた残像が、灼熱の扇のように見える。固い鱗（うろこ）も難なく切り裂き、ギガントサーペントを一刀両断にした。が、蛇の生命力は凄（すさ）まじい。頭を失っても、切り離された下半身は、バタバタと動いて抵抗を続ける。頭のある上半身は、動きは鈍っても、戦意が衰える様子はない。切り口からは、ドクドクと大量に出血しているというのに……。

　剣を振るう傍ら、並行して風刀（ヴェントゥス・グラディウス）で切りつける。こちらは両断するほどの威力はない。今の精神状態では、半分の三つを操るのが精一杯だ。

　ギリギリの状態で命のやり取りが続く中、僕は、ニヤリと笑っていた。愉悦を感じているのだ。本能を自覚した今、もはや違和感はない。

　――ここは、欲望の発散にとことん付き合ってもらうさ……。

　こんなチャンスは滅多にない。

　そして、ギガントサーペントは、ジリジリと数を減らしていった。

　あと数匹となり、終わりが見えたとき。愉悦の感情がなくなることを、僕は惜しんだ。

　あえて急所を狙わず、黒炎（ニグラフランマ）でギガントサーペントを切り刻んでいく。もがき苦しむ様子に無上の快楽を覚える。

「はっ、はっ、はっ……」

　気づけば、僕は声をあげて笑っていた。

　これに危機感を覚えたのか、マグナスとフェロックスは、残る敵を早々に始末していた。もはや、僕が相手をしている個体が最後だ。

　惜しみながら、黒炎（ニグラフランマ）をギガントサーペントの頭頂部へ突き立てた。それでもなお、ギガントサーペントはモゾモゾと動きを止めない。

　しかし、それも時間の問題。ここから復活することはあり得ない。

　そう思ったとき、緊張の糸がプッツリと切れた。

　もはや、精も根も尽き果てた。

　目の前が真っ暗となり、僕は、その場にドサリと倒れ込んだ。