エレンディルのエルフと秘術
ピスコポ家の人たちは、リリアが妊娠した経緯については、
僕も、責めるつもりはない。
お互いの意思を確認し合ったわけでもなし、交際していたとは胸を張って言えない。
ただ、プロテクテレシエの町は大都市ではないから、年頃の男女が連れ立って歩いていれば目立つ。
それを目撃していた人たちの憶測を呼んでしまっていたことは事実だ。
妹のソフィアに、問い詰められたこともある。
事実、「付き合っている」とは答えられなかった。
経緯はどうあれ、彼女は、もう僕のもとへは帰ってこない。
僕が落ち込んだ様子を見た母エレナの溺愛は、酷くなった。
「ルーちゃんは、我慢し過ぎよ。
まだ、子供なんだから、もっと甘えていいのよ」
抱きしめられて、胸に顔をうずめたこともある。
そのときは、幼児退行した気分になった。
そんなことを望むなんて、今さらだ。
だが、本当に許してくれそうで怖い。
残る
反面、フォンターナは、寂しがり屋だ。輪に入れないことを不安に思っているに違いない。
「フォンターナ。お願いがあるんだ。
僕に、膝枕をしてくれないかな?」
「ルカ様なら、もちろんかまわないわ」と、彼女は品の良い笑顔を浮かべた。
「なんだよ! おめえばっかり!」と、彼女と相性の悪いイグニータが、文句を言う。
「ありがとう。君には十分慰めてもらったから。
僕は、フォンターナにも慰めてほしいんだ。
「しょうもない、わがままだよ」と言い訳をすると、イグニータは引き下がってくれた。
フォンターナは、青い髪に紫の瞳の美しい少女だ。
青いドレスを着ている。髪は長くてサラサラで、風が吹くと水のようになびく。
肌も青みがかっていて滑らかで、触れるとひんやりしている。
身体は、ふっくらとして、柔らかい。性格は、穏やかで優しい。
さっそく、彼女の太ももに頭を預ける。ヒンヤリとして心地よい。
あれこれ思い悩んだ邪念が収まっていく思いがする。
もっと甘えたくて、膝上の素肌が出ている部分に、そっと頬ずりをした。
「んっ……」と、押し殺した声がした──ごめん。やっぱり恥ずかしかったか……。
ノアとの距離感は、ほとんど縮まっていなかった。
彼女への思いは変わらないが、口にしたことはない。
態度で示すのも恥ずかしく、一歩が踏み込めない。
もし、このままいなくなったら……考えたら寒気がした。
かといって、口にしたら、どうなるのだろう?
ノアから見て、僕は、子どもとは言わないまでも、年の離れた弟くらいのものだ。
愛だの恋だのに発展するとは思えない。
だが、僕の様子を見たノアは、慰めの言葉こそ口にしなかったが、そっと優しく抱きしめてくれた。
彼女との初めてのスキンシップだった。
胸が激しく高鳴る。
ノアに気付かれるのではと、気が気ではなかった。
たくさんの人に慰められた僕は、ようやく少し落ち着いた。
しかし、根本的な解決にはならない。
心に浮かんだ、あの問に答えを出さなければ、前へは進めない。
◆
歴代皇帝の陵墓の近くに、附属大図書館がある。
皇帝が
図書館は、帝国の最初期に建造されたものらしく、不思議な仕掛けになっている。古い時代の図書ほど地下深くにあるのだ。
皇帝が
このテクノロジーは失伝していてわからない。
また、下の階へは、上の階の書籍をすべて読み、理解した者しか扉が開かないと伝たわっている。
図書館には、皇室の血筋の者しか入れない。この仕掛けも謎だ。
このため、墓戸の一族には、代々皇室の血縁者が嫁入りすることになっている。
陵墓も同じで、その周りに結界が張ってあり、皇室の血縁者しか入ることができない。
僕は、答えを求めて、毎日午後は図書館へ入り浸る。そして、わかったことがある。
昔の哲学者たちも、似たような問いに悩んでいた。
世界とは何か?
世界が見えたり、聞こえたり、五感で認識するとは、どういうことか?
見えている世界は、本物か?
人は自由な存在ではないのか?
人は、なぜ現状に固執し、自由を選択しないのか?
とにかく、哲学者たちは、それぞれが独自の切り口で考えに考えた。
しかし、それをかき集めたとしても、究極の答えは出てきそうもない。
──ならば、どうすればいいのか?
僕は、行き詰った。
新しい場所を開拓してみたくなったのだ。
知らない場所は、どんな危険があるかわからない。
慎重に進むが、ルナリアは獰猛で物怖じしないから、不満そうだ。
かなり森の奥へ進んだとき、不思議な村が見えた。
どの家も樹上にあり、木と一体化している。
縄梯子が垂れているので、そこから出入りするようだ。猛獣対策なのだろうか?
確かに、森は奥へ行くほど、凶暴な猛獣・怪物の類が棲んでいるとは言うが。
騎乗しながら村へ入るのは失礼だ。
僕は、ルナリアから降りて、徒歩で村へ向かう。
ルナリアは、そのままどこかへ遊びに行った。呼べば戻ってくるので、心配はない。
村から、少女が歩いてくる。僕を見つけたのだろう。
「こんにちは。あなた人間でしょう?
人間がここまでくるなんて、初めてよ」
「そうなんですか。おじゃまじゃありませんか?」
「珍しいから、みんな歓迎するわよ。村を案内するわ。
私はイリス。あなたは?」
「僕は、ルカだ」
「じゃあ、ルカ。行きましょう」
とりあえず、敵意はなさそうで安心した。
彼女と並んで歩く。
イリスは、金色の髪に緑の瞳の美しい少女だ。耳が尖っていることから見て、エルフなのだろう。
髪は長く、波打っている。瞳は、森のように深い緑だ。肌は白く、滑らか。身体は、細くて
緑色のドレスを着ているが、薄くて軽く、風になびいている。胸元や裾に花や葉の模様がついており、自然と調和している感じだ。銀色のネックレスとイヤリングを身につけている。
エルフらしく、弓と矢を背負っている。
村では歓迎され、食事を振舞われた。
魔術を使えると知り、見せてくれとせがまれた。
一番無難な風の魔術を披露することにする。
「
空の果てから、鋭き刃を呼べ!
我が敵を、一刀両断せよ!
世々限りなきエレシアと神々の統合のもと、実存し、 君臨する風と空の神カイラを通じ、ルカが命ずる。
風の刃が、目標の的を見事に真っ二つにした。
「おーっ!」と歓声が上がる。
セレスティアは、白い髪に青い瞳の美しい少女だ。肌は白く透きとおり、身体は細くて軽やかで、白いドレスを着ている。
火風水土の四元素の精霊には、生まれた星の巡りで相性がある。
僕は、風と最も相性がいい。
セレスティアは、魔術を使うときの、良き相棒だ。
村の人たちは、セレスティアの姿を見て驚いていた。どうやら、かなり上位の精霊らしい。他人と比較したことがなかった僕には、思いもよらなかった。
イリスも魔術を見せてくれた。
自然の力により、風、水、土や木を操ったり、癒したり、変化させたりするものだった。
村人に気に入られた僕は、度々村を訪れた。
エルフ族は、「森の守護者」と呼ばれる一族の一種で、部族が集まって「エレンディル部族連合」を結成している。
エレンディルは、エルフ語で「星の友」という意味。夜空で輝く星々に導かれて高い山々と深い谷に住む者たちの連合だ。
エレンディルのエルフは、冒険と探求に情熱を持ち、古代の秘密と知識を守っていると言われている。
村は、エレンディル部族連合に属しているということだった。
人見知りの激しい僕も、しだいにイリスとは気軽に話せるようになった。
エルフは長命で聡明だし、自然に対して鋭敏な感覚を持っている。
僕は、思い切って例の問いをイリスにぶつけてみた。
「それは、人それぞれなんじゃない。
生きる意味や目的なんて、他人に強制されるものではなくて、自分が選ぶものじゃないの?」
イリスには、逆に質問を返された。
なぜ、そんなことを悩むのかと言わんばかりだ。
エルフ族には、人間ほど複雑な身分制度はないし、貧富の差も大きくないようだ。だからこそ言えるのだと、僕は感じた。
人間は、生まれや境遇によって、生きる選択肢が大きく異なる。
ありがちなことに、恵まれない人ほど、自分には、この選択肢しかないと言い訳をする。そして困難な選択肢を見ぬふりをするのだ。
しかし、それを一概に怠惰だと
少なくとも、周囲に迎合して生きてきた僕には、その資格はないだろう。
その結果、苦しみ、悩んでいる。
苦しみから逃れるためには、自分が変わるしかないのか?
正しい選択をする努力を怠った結果の苦しみではないか?
少しわかりかけた気がする。
さらに村に出入りするうち、「コミモテノス
これを修することにより、記憶力が極限まで増進され、無限の知恵を得ることができる。
人里離れた清浄な地に修行場を作り、そこに「宇宙のごとき無限の知恵と慈悲の神コミモテノス」の像を安置して、神をお招きし、神を讃える真言を一日一〇〇万回唱える。
細かな作法もあるし、俗世との関係を完全に立ち、食事も制限して肉体を清浄に保つなど、過酷な条件のもとで一〇〇日あるいは二〇〇日間行う。
途方もない秘術ではあるが、僕には、とても魅力的に映った。
しかし、僕なんかにできるのか?
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