第8話 10年後、誰もいないお店で

(ドアベルが鳴る音)


「ご主人様~、ただいま帰りました」


「って、誰もお客さん来てないじゃないですか。

 ……まぁいつもこんな感じですけど」


(レジの中にある丸椅子に座る。

 ご主人様の特等席の隣)


「――最近は全く売れませんね。

 やっぱり獣人が一斉に戦争へと駆り出されたからでしょうか?

 何かあれば、獣人を呼びつける上流階級は本当におバカですよね」


「――あんまりそういうことを言ってはいけない?

 フフッ、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。

 だって、ここには誰もいませんから、ね?」


(椅子を近づけて、ぴたりとくっつく)


「だから、私と一緒にここで遊んでも、ぜったいにバレませんよ?」


(耳に吐息を吐く)


「――やめてほしいんですか? 本当に?

 でも、全然逃げようとしませんよね?」


(耳に鋭く息を吹きかける)


「ゾワゾワしますか? ……ふふっ、おててを膝の上に置いちゃって、ご主人様って分かりやすいですよね」


(彼女の腕をつかむ)


「――いっけないんだ~、店長なのに、アルバイトで居候の私に、暴力ですか?

 もしかして、ここでいやらしいことしようとしてるんですか~?」


(腕をつかみ返される)


「私は、ぜーんぜんいいですよ。だって私はご主人様のものですから。

 ご主人様が私に命令したことは絶・対、でしょ?」


「犬のまねをしろと言われたら、下品な格好で下品に舌を出しますし、猫のまねをしろと言われたら、語尾にニャ―なんて取ってつけた甘い言葉を口にしてあげますよ」


「――そんな命令しませんか。……もっと求めてくれてもいいのに」


「……」


(二人の顔がどんどん近づく)

(二人の息がかかるほど近づく)


「――ご、ご主人様……」


「……誰か来ます」


(とっさに彼女の頭を優しく持ち、勢いよく自分の膝に頭を持ってくる)

(ドアベルが鳴る)


「獣人の道具屋とはここにあったのか。

 そこのお前が、店主だな?」


「――がぁはっはっは! お前さんは本当に大バカ者だな。

 こんなこと想像に難くないだろうに、これじゃあ商売あがったりだなぁ!」


「――用なんてない。

 ……お前さん、その顔面、異世界人か?

 がぁはっはっは! なおさら理解できんわ」


「邪魔したな! いや、邪魔する客など最初からいなかったな!」


(ドアベルが鳴る)


「……あの傭兵、後でぶっ殺しておきましょうか?」


(彼女の頭をなでる)


「――ご主人様は甘すぎます」


(布擦れの音)


「だから、ご主人様を甘やかすのは、この私の仕事です」


「――そうですね、今からお店は臨時休業です」


「今日は、私とご主人様だけの特別な一日にしましょう」(囁き声)

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