第5話
小娘が自信満々に“許可はすぐに貰える” と豪語した後。
我と小娘、鷹峰の三人はすぐに執事長室へと向かった。そこには前当主から宝条院宗家の管理を任されたという、波多野という名前の執事長がいるからだ。
向かった理由はもちろん我が屋敷に住む許可を得る為である。
執事長室へ入り、早速小娘が中にいた男に証拠付きで経緯を説明した。
ロマンスグレーの髪。年代物の片眼鏡。鷲のように鋭い表情。ピシッと整えられた執事服。如何にも出来る雰囲気を纏った老年の男。
――宝条院家家令兼執事長、波多野実光。
道中小娘から説明された。“彼はあたしの実父から宝条院宗家の管理を預かっているの。あたしが次期当主になれる成人年齢に至るまでの繋ぎとしてね”、と。
「彼はあたしに甘いからすぐに許可が貰えるわ!」
小娘はまたもや胸を張り、自信満々にそう言った。
しかし――。
「ダメです。そこにいる男性を屋敷に住まわせる事は出来ません」
「えぇー!? なんでダメなのっ? どうしてぇ!?」
鋭い眼光の執事は、即座に小娘の要望を却下した。
「いつもはあたしのお願いをすぐに聞いてくれるじゃない! どうして今日に限って断るの!? あたし、何かあなたの気に障る事でもしてしまったかしら!?」
“いいえ。そんな事はありませんよ美咲お嬢様”。
小娘の疑問を丁寧に否定する波多野。言葉を続ける。
“私がお断りしたのは――”。
「そこの彼が身分不確かな者だからです、お嬢様。仮にも当家は天下の大財閥たる宝条院グループを率いる宝条院家、その宗家にあたるお家柄なのです。信頼の置けぬ人間、それもどこの誰とも知れぬ者を内側に迎え入れる事など、出来ません」
妥当な判断だな、と我は内心執事の言葉に同意した。
信頼の置けぬ者を傍にいさせると大抵は碌な事にならん。ならばそういった輩が来てしまわないよう、最初から怪しい者を弾くのは一つの選択として正しい。
……だが。どうも小娘にはそれが理解できなかったようだ。
「身分が不確かだから、って……。でもそれは、彼が異世界人だからで……!」
「そもそも異世界という単語が出てくる事が異常なのです、お嬢様。現実に本物の異世界と関わるような機会などありません。それはあくまでも創作物の中でのみ起きる空想の出来事なのです。貴女は騙されているのですよ」
「あたしが騙されてる、ですって!? そんな事あるわけないでしょう……!!」
なるほど。騙す、か。確かにそういう発想に至るのも無理はない。
この執事からすれば我は、自身が仕える家の次期当主の傍に突如として姿を現した不審人物。そのうえ次期当主が急に異世界などと言い出せば、何か良からぬ事を吹き込んでいると考えるのは自然な事。
しかし実際、我が小娘を騙した事実など存在していない訳だが。
「第一、波多野だって彼に魔法を見せてもらったじゃない! 今の科学では起こせないあの非現実的な光景を! アレを見ても異世界がないと言うつもりなの!?」
「何度だって言いましょう。異世界などないし、魔法もないのです。彼に見せて頂いたアレは確かに素晴らしいものでしたが、所詮は手品の域を出ないもの。なんなら私の方でマジシャン業界の方へ斡旋します。彼も仕事を得られて万々歳でしょう」
「はあ!? アレが手品!? 波多野あんた、本当に目が付いてる訳!? 一体どう解釈したらアレが手品に見えるのよ! 目ん玉交換してもらったら!?」
うーむ。新鮮だな、まさか魔法の実在有無で口論する者がいるとは。
我の世界では魔法が現実のものとして確かに認知されておるから、それの実在有無で口論になる事がそもそもない。魔法について口論するとすれば、“世界で最も優れた魔法とは!?” や、“今一番熱い推し魔法はどれだ!?” になるだろうか。
ある意味、この光景は魔法が存在しない世界ならではのものだ。
魔法が実在するかどうかで口論する者など、初めて見た。
「やれやれ。相変わらずお嬢様はお口が悪い。……それに、今はただでさえあの豚からちょっかいを掛けられているのです。美咲お嬢様の妄言には付き合えません」
小娘の目の前で露骨に溜息を吐く波多野。明らかな挑発だ。
ピキピキ、と。小娘のこめかみに青筋が浮かんだ。
……しかし我としては、波多野とやらが小さく呟いた言葉が気になった。
豚……か。その言葉にどのような意味が込められているかは定かでないが、何か重要な意味がある事は分かる。後々使えるかもしれん。覚えておくとしよう。
「――とにかく。亡き旦那様から宝条院家の運営を任された者として、そちらの彼をお屋敷に泊める事は認められません。今晩に限ってのみお客人として遇しますが、明日になればお帰り頂いてください。それが貴女の為なのです、お嬢様」
波多野がそう言うと、小娘はがーッ、と怒鳴った。
「あたしの為って何よ!? この、波多野の分からず屋ーっ!!!」
「お、お嬢様!? 執事長、すみませんが私はこれで失礼します! ――待ってくださいお嬢様! 護衛の私を置いて行かないでください!?」
……なんと言うべきか。あの二人――特に小娘――は常に騒がしいな?
一分一秒を全力で生きているというか、己が興味を抱いた事に全力投球と言うべきか。まるで身の内から常に活力が沸き上がっているかのような騒がしさだ。
まあ、元気なのはよい事だとは思うがな。子供は元気であるべきだ。
「では、我も失礼する。騒がせたな、執事」
「えぇ。さようなら、お客人」
執事長室から幾らか離れた屋敷の廊下。
我は先に出て行った二人を追い掛けた。
「もう、なによ波多野ってば! いつもなら簡単に許可をくれるのに!」
「本当に。まさか執事長がお嬢様に対して厳しい態度を取るなんて、夢にも思いませんでした……。どうしますか? 執事長から許可が得られないとなると……」
「難しい事になるわよね。せめてあたしが成人を迎えて入ればよかったのに」
小娘と鷹峰に追い付くと、二人はなにやら話していた。
どうすればあの執事から許可を得られるか相談していたようだ。とはいえ、話をしつつも成果らしい成果は何も出ていない様子だったが。
「ごめんなさいアラクさん、こんな事になって。アタシから誘ったのに……」
「構わん。元より流れ星が偶然夜空に浮かび上がっただけの事。本来我の予定に他者に力を借りる想定はなかったのだ、元に戻ったとて自力でどうとでもするとも」
“あ、あの~。ちなみになんだけど……?”
何故だか小娘が恐る恐るといった様子でそう切り出してきた。
「約束の方はどうなる、かな……?」
「随分とおかしなことを聞くな?」
その程度、考えずとも分かる事であろうに。
「あれは口約束とはいえ契約だった。そして契約とは、お互いが約束を果たさねば意味を成さないものだ。貴様が約束を果たせなくなった以上、我が貴様に対して何かをする事はない。それが契約、というものだろう?」
そう伝えた途端、小娘は顔を真っ青にさせた。
そして次の瞬間には覚悟を決めた表情になった。
「こうなったら悠長に手段なんて選んでいられないわ、なんとしてでも許可をもぎ取るの! せっかく大きな商機を勝ち取れるチャンスだっていうのに、こんな事で台無しになったら堪らないもの! 霧江、今から作戦会議よ! どんな方法でもいいからあの頭でっかちを説得する方法を考えるの! いいわね、分かった!?」
「えぇ!? 今からって、今からですか!? もういい時間なのにこんな時間から会議なんてやり始めたら、終わる頃には真夜中になってしまいますよ!?」
「言い訳は無用! あたしがやると言ったらやるの! さあ、行くわよ霧江!」
“お~た~す~け~っ!?” と間の抜けた声が屋敷の廊下に木霊する。
鷹峰は小娘に力尽くで引き摺られていき、そして見えなくなった。
「…………さて、我はどうするべきか」
実のところ、あんなものは小娘に対する発破に過ぎん。
せっかく得た協力者。それもこちらの世界における大財閥の人間だ。たった一つ契約を果たせなかった程度で切るのは、あまりにも勿体なさ過ぎるというもの。
例えこの契約が不本意な形で終わっても、関係は継続したい。
小娘が契約を果たせなかったのは事実である為、脅すような事は言ったが。
「ふむ。今宵は大人しくしておくか?」
我の予想では、今夜は面白い事が起きる。
大人しく用意された部屋に居るのが吉。
そう判断した我は、自身に宛がわれた部屋へと向かう為、偶然廊下を通り掛かった使用人を引き留め、我の為に用意された部屋へと案内してもらった。
深夜。闇が深まり、月すらもが雲で顔を隠してしまった頃。
――音もなく我のいる部屋に侵入してきた者がいた。
「このような時間に一体何用だ?」
「!? なっ……!?」
侵入者に声を掛けるが――我は思わず笑ってしまいそうになった。
どうして如何にも「私は不審者です」と全身で自己主張するような黒尽くめの恰好をしているのだ? 姿を隠す、気配を消すというのなら、よりその場に溶け込める衣装を着るべきであろうが。それでは怪しんでくださいと言っているようなものだ。
まあ姿を隠していたところで、この侵入者の正体は分かっているのだが。
くっ、保て我が腹筋。限界を超えろ! 今は真面目な時間なのだ。
「くっ……!!」
「仕掛けてくるか。刺客の反応としては正しいが」
だが――我を相手とするにはあまりにも遅い。
鷹峰と遊んだ時も真面目に手加減せねばならんほどの力の差があったが、この侵入者にもやはり、我と戦闘が出来るほどの実力はないようだ。
ここが大財閥の屋敷である事を考えれば、恐らくはこれが上澄み。
とすると……この世界の人類はもしや魔族よりも弱かったりするのか?
「ぐぅ……!? がはっ!!」
侵入者の首根っこを掴み、カーペットの敷かれた床へと叩き付けた。
中々保ちはしたが、我が楽しめるほどではなかったな。その点で言えば、この侵入者よりも鷹峰との遊びの方が遥かに楽しめた。あちらは美女で目にもよかった。しかしこちらは男。男など見たところで何も楽しくはない。チェンジを要求したい。
「どれ。顔を見せてみよ」
顔を隠している布を引き剝がす。
すると――出てきたのは昼に会った執事長の顔だった。
「やはり貴様か、波多野とやら」
「このっ、美咲お嬢様を誑かすゴミ屑め……!」
顔が割れた途端、憎しみを込めた声音で波多野は我を罵った。
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